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獲物は神父さまに決定です

「この度はお助けいただき誠にありがとうございました」

 深々と、円卓(テーブル)に額がつくほどに頭を下げてヒルダは目の前の男に礼を言った。

 昼間だが薄暗い店内でもありありとわかるくらいに、ヒルダの目の前にいる男の表情は厳しかった。

 ほんの数刻前に、悪魔であるヒルダの力にあてられた男数人に追いかけ回されていたヒルダは、目の前の男に助けられた。

 男たちのことは追い返したものの、また追いかけてくるとも限らないためとりあえず身を隠すために少し単価の高そうなレストランに入った。

 高級感を出すためか、昼間だと言うのに店内は薄暗い。

 妖精に例えられるほど美しい容姿を持つヒルダは目を惹きやすいので、人の目を気にしなくて良いほど暗いこの店はとても都合が良かった。値段からか、昼間だからかわからないが客が少ないので、見てくるのはせいぜい店員くらいだ。これくらいなら、息も詰まることはない。

「さきほどのお礼と言うには細やかかもしれませんが、こちらの食事はぜひご馳走させてください」

 そう言って微笑みつつ、ヒルダは目の前の男にメニューを差し出す。だが目の前の男は受け取らなかった。

「…いや、いい。悪いが共に食事をするつもりはない。ここで失礼する」

「まぁ、一緒に食べてくださらないのですか?私、走り回ってお腹空いてしまって。…さっきのこともあるし、一人で食べるのはなんだか心許ないわ。」

 伏し目がちにさも寂しそうに言ってみるが、目の前の男は迷惑そうに顔を(しか)めるだけだった。

 ヒルダは絶世の美少女と言われる自分の容姿を最大限に活用しようと何度か試みてはいるが、どうも彼はヒルダの見た目には興味が無いようだ。人を魅了する淫魔としてデビューしたてで未熟なせいか、彼にはこの手が全く通用しないようだ。

「神父さまは何かお仕事などでお急ぎなのでしょうか?」

「…職務のためとある街に向かっている途中だ。時間がないわけではないが、暇を潰している時間があるわけでもない。」

「あら、でしたら食事は暇つぶしではないですから、ご飯を食べる時間はありますね」

 そう言ってにっこりと笑いかけると、ヒルダは店員を呼び二人分の食事を頼んだ。

「申し遅れましたがわたしはヒルダ・シューベルトと申します。十八歳になり、見聞を広めよという家族の意により旅をし始めたばかりです」

 淫魔としての成人を迎えたから人間を漁りに来ました、とは口が裂けても言えない。特に目の前の男には。でも言ってることは嘘でもない。

「神父さまのお名前をお伺いしても?」

「…クラウス・ヴァイツ。聖ハーゲン教会の司祭だ」

 はぁ、と小さくため息を吐いたのち、彼は低く名乗った。彼はさっきからため息を吐いてばかりだなと思いながら、ヒルダは以前習ったことを思い返そうと記憶を辿る。

 聖ハーゲン教会は、かつてこの地に最初に生まれついたとされる聖ハーゲンを神として祀る組織だ。そして聖ハーゲンに様々な苦難を強いた悪魔を敵としていると。かなり昔のことではあるが、少数の司祭が悪魔祓いと称して色々なことをしていたとも聞く。

 悪魔であるヒルダは、人間の中でも教会に属する人間は特に悪魔を忌み嫌い、その存在が知れれば必ずやただでは済まされないため、教会の人間は敵と思えと教えられてきた。そしてなるべく関わるなとも。

 だが故意ではないとは言え、ヒルダはもう神父であるクラウスと出会ってしまった。

 不可抗力なので仕方ない。誰に指摘されたわけでも無いのに、心の中で言い訳をする。

 そう言えば出会ってからというもの、一度もクラウスの笑顔を見ていないなとぼんやり思う。もしかしてヒルダが悪魔だとバレているのだろうかという考えがふと過ぎった。だから彼はずっと冷淡なのだろうかと。

「神父さまは、悪魔祓いとかなさるの?」

 もしヒルダの正体に気づいているなら、何か反応を示すかも。そんな思いで訊けば、クラウスはピクリと眼鏡の奥のすみれ色の瞳を揺らした。

「…悪魔祓いだと?何故そんなことを訊く。」

 元々鋭かった瞳がさらに鋭さを増し、ヒルダはやはり正体を気付かれているのかもしれないと焦った。

(旅に出始めたばかりなのにもう気付かれてしまったの?!わたしそんなに悪魔らしさ全開なのかしら?!)

「ええと…正直に言えば、神父さまのお仕事がどういうものかよくわかっていないというか。わたしが住んでた街にはいらっしゃらなかったので。昔読んだ物語にチラリと出てきた悪魔祓いを思い出したので、聞いてみた次第です」

 明らかにしどろもどろになりながら答える。とりあえずニコッと笑いかけてみるが、クラウスの視線は相変わらず突き刺すようなものだ。

「悪魔祓いなど、そんな馬鹿げたことは普通しない。基本的には街の教会の運営や管理をし、信者などに教えを説いたりするだけだ」

「そうなのですね」

「そもそもこの世に悪魔など居ない。くだらない。」

 馬鹿馬鹿しい、と彼は小さく呟いた。

 あら?とヒルダは首を傾げたくなった。

(悪魔など居ないって…わたしのことがバレたわけでは無いのかしら)

 てっきりヒルダの正体に気づいたから、ずっと冷たい態度なのかと思ったが。

 ただ単にヒルダが気に入らないのか、それとも元々の性格なのだろうかと考えているうちに、頼んでいたランチが運ばれてきた。

「わぁ、美味しそう。ほら、神父さまも召し上がって。これから別の街に向かうのであれば体力つけておかないと。わたしの奢りですし。」

「出立は明日だ。今すぐ向かうわけでは無い」

「そうなのですね。…ということは、本日はどこかの宿にお泊りになるのですか?」

「…あぁ。」

 そうとだけ言うと、彼は渋っていたくせにさっさと料理を口に運んで会話を切った。こちらと視線を合わせようともしない。

 どうやら嫌な予感を感じ取ったらしい。(さと)い人間だ。

「わたし、この街に今日来たばかりで全然この街のことが分からないのです」

「…」

「どこに宿があるとかも全然」

「…」

「しかも今日は変な方たちに追われて、不安は消えないですし。」

「…」

「でも神父さまがいらっしゃる宿なら、私も安心できるかしらって今ふと思って。」

「…」

「ということで、神父さまのお泊りの宿に私も連れてっていただけませんか?」

 お願いします、と不安げな顔をして彼の顔を覗き見る。

(そうも隠さず嫌そうな顔をするなんて)

 思わず笑ってしまいそうになるところ、歯を食いしばる。

 ニコリともしない、彼の端整な顔にはありありと『迷惑』の文字が浮かんでいる。だが神父という手前か、素気無(すげな)く断ることも出来ないようで押し黙って返事を考えあぐねているようだ。

(あぁ、わたし、この人の嫌そうにしている顔とっても好きだわ)

 ほとんどの人間が(とろ)けるような目でヒルダを見ては何でも言うことを聞いてくれるのに対し、目の前の男はとにかくヒルダと関わりたくないと言った具合で、そんな態度がなんだか新鮮で面白い。

(こちらに興味の無い人をその気にさせることができたら、悪魔としても箔がつくわよね…。しかも我らが悪魔の敵、教会の人間よ。)

 よし、とヒルダは心の中で拳を握る。

(悪魔として、最初のお仕事だわ!)

 このつれない男を、魅了してみせようではないか。そして生気をたんまりといただこう。


 ――新米悪魔ヒルダ、最初の獲物は神父さまに決定です。









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