策士の本気
「ねぇ、アイリを返してくれないかな?」
カナツさんが試合場から降りたソウキに言う。
大好きな仲間が凌辱される姿を見せられたのだ、その声は怒りに満ちていた。
「あん? なんでだよ。これからお楽しみの続きをするんじゃねぇか。それとも、あれか? お前も混ざりたいってのか?」
「ふざけないでよ! もしも返さないなら、ここでお前を倒す!」
カナツさんは腰に差していた鞘から刀を抜き、そのままの勢いで斬りつける。
居合切りか。
初めて見た……。
剣道は見たことあるけど、抜刀術やら居合道は現代の日本ではマイナーだから、仕方ないけど。でも、実際に目にすると、その速度に驚いてしまう。
それは俺だけじゃなかったようだ。
ソウキも躱しきれなかったのか、胸元の衣服が裂かれていた。
「次は本気で斬るよ!」
「うわっ……。こいつ、やばっ……。なんだよ、カラマリ領にも強ぇやついるじゃんか。なら、ここでこいつと戦おうか――」
アイリさんを肩に担いでいたとはいえ、自身の衣服のみを狙ったカナツさんに興味を抱いたようだ。
場外での戦闘に次の対戦相手であるマキシは、何事もないかのように黙って立っていた。
こいつもこいつで底が知れない強さを持ってるな。
しかし、次の対戦を待っているのはマキシだけではない。
カラマリ領にも次鋒はいる。
「しゃあ! 次鋒は俺だ! さっさと試合場に上がって来いよ! アイリ姉さんの分まで俺がお前らをぶっ飛ばしてやるよ!」
先鋒が終わり、次は自分の番だとケインが気合を入れて叫ぶ。
試合場の中央で、マキシを指差し早く上がるように促す。
ケインの挑発にも動じることなく、ゆっくりとした足取りで試合場に上がる。
「へっ。なんだよ、レベルは俺より全然低いじゃんか」
「……ねぇ。そのレベルがさっきの戦いで役に立ったの?」
「なに……?」
それは――敵であるがマキシの言う通りだ。
俺にはこの世界にいる人間達のレベルやステータスは見れない。
だから、二人の間にどれだけの戦力差があるのか分からない。
もしかしたら、違うのはレベルだけで、全てケインが負けている可能性だってあるのだ。
『経験値』は要らない。
それは既に一回戦目で証明――いや、違うか。
本当はずっと前に気付いていた。
気付きかけていた。
ある程度のレベルになれば、俺は使い物にならないと。
「うるせぇ、だとしても、俺は負けねぇんだよ! おい、さっさと始めるぞ――」
ケインは槍を構えて戦おうとする。
マキシとの次鋒戦。
だが、その戦争を制止する声があった。
「ちょっと待ってください」
声の主は俺の横から聞こえてきた。
サキヒデさんだ。
眼鏡の位置を直して試合場に上がる。
え?
次鋒じゃないのに上がっていいのか?
カラマリ領の敗北が決定したんじゃないか?
一回戦目の結果を告げた柱を見るが、そこに文字は表示されない。
「お、おま、なんで……」
ケインも俺と同じことを思ったのか、サキヒデさんから視線を移す。
時間が経過しても敗北にはならない
でも、何で……?
ケインの肩に手を置き、前に立つマキシに言う。
「戦が始まる直前で申し訳ないのですが、この状況、ロゼ領は二人しか来てないということでいいんですよね?」
「そうだね……。僕とソウキの二人だけだよ……。それがどうかしたの?」
別に一人でも勝てると言いたげなロゼ領。
クロタカさんとケインは怒りを見せるが、サキヒデさんは冷静だった。
「いえ、人数が足りない場合――最低でもこの試合は中堅になるべきだと思います」
「はっ!? おい、何言ってんだ。先鋒の次は次鋒だろうが!」
「それは人数が揃っていた場合です。しかし、もしも人数が足りなかった場合、次鋒か副将戦は不戦勝になる。これまでの『統一杯』でのルールです」
それは俺達の世界でも似たようなルールだった気がする。
明確な決まりがあるのかと問われれば、自身を持って頷けないけど……。
「ああ。順番なんていいだろ? 次は俺なんだ」
「いえ、ケイン。違います。次は中堅なんです。そして、カラマリ領の中堅は私と――最初に決めたじゃないですか」
サキヒデさんは、まさか――こうなることを読んでいたのか?
ロゼ領は人数が少なく集まりが悪い。
ならば、確実に戦えるのは先鋒、中堅、大将だと。
「だから、ケインは下がっていてください。ここは私がやりますから」
サキヒデさんはそう言って試合場の隅に転がっていた『武器』を取る。
それはアイリさんが扱っていた糸と竿だ。
拾い上げたサキヒデさんは、「ひゅん」と軽く振るう。
すると、ケインの身体を縛り、試合場の外に放り投げた。
「……なるほど。少し手入れが甘いですね。制度が命の武器なのに、管理がなっていないとは……。目を覚ましたら説教です」
「え、サキヒデさん」
サキヒデさんが得意とする武器は弓。
遠距離からの射撃を戦で使用していた。
「アイリにあの武器を教えたのはサキヒデだよ……。あの武器、一瞬で思考して攻撃しなきゃいけないらしくてさ。戦場で指示する策士には向かないんだって」
強い相手を前に、愛用している武器とは異なる性能を持つ武器を扱うのかと、心配をしていた俺にクロタカさんが教えてくれた。
「そういうことです。私の一番の武器は『策』ですから。それに、弓も「これ」と同じようなもんですし」
糸と棒で出来ていることには変わりませんと――眼鏡を外すサキヒデさん。
あ、眼鏡外すの初めて見た。
だいぶ、イメージが変わる。
知的な印象が消え、殺気だった表情を浮かべる。
「あ、それともう一つ条件を良いですか?」
「いいけど……」
「私が勝ったらアイリさんを解放する。というのはどうでしょう」
外した眼鏡をソウキの足元に投げつける。
サキヒデさんが挑発しているのだ。
「あん? お前、マキシに勝てると思うのかよ。だとしたら、笑えない冗談だ」
ぐしゃりと眼鏡を踏みつける。
レンズが割れ、フレームが歪む。
「それは了承したということでよろしいんですか?」
「ああ。構わねぇよ。いいだろ、マキシ!」
「僕は別に……」
「了解しました――」
それでは――試合を始めましょうか。
策士としてではなく、一人の戦士としてのサキヒデさんの戦いが始まった。




