71話 縮まらない差
暇だ。
暇すぎる。どうやら俺には『釣り』という娯楽は向いていないようだった。糸を垂らしてじっと待つ。その間、なにもすべき行為がないというのは、俺に取って苦痛の時間だった。こればらば、クロタカさんと弓術の訓練をしている方がまだ楽しかったな……。
俺がいる場所は、海に向かって突き出した岩の上。波が高くなると俺が立つ場所まで到達してくるのか、凹凸の激しい岩場である。
そんな場所でアイリさんと二人。
会話することもなく、ただ座って魚が掛るのを待っていた。
最初のうちは暇を持て余した俺はアイリさんに話しかけていたりしたのだが、流石に一時間もそんな状況が続けば反応が薄くなっていった。
最終的には、
「『釣り』は静かにやるものだよー。おさかなさんが逃げちゃうから」
と、会話を拒まれた。
本当に海の中に居る魚に声が聞こえると思ってるのかと、反論しようともしたが、二人きりの場で空気が悪くなるのも嫌だ。
俺は黙って頷いた。
それにしてもいい天気だな。
冬場の乾いた空気に日差しが澄んでいた。気温も冬場とは思えないほど温かい。地球温暖化の影響かな?
なんて考えてみたけど、そうだった。
ここは異世界だった。
地球がどれだけ二酸化炭素に苦しめられようと、この世界には全く関係なかった。
「この世界には車とかもないし、だからこそ、ここまで自然が綺麗なんだろうな」
人が生み出した機器は存在しない。スマホも車もテレビもエアコンもない。そのことに対して異世界に来た当初は、すべきことがないと感じていたけど、暮らしていけばなれるもので、今では、自分が何故、暇さえあればスマホを触っていたのか分からないくらいである。
「うーん! 今日はあまり釣れないねー。ちょっと、休憩しよっかー」
ぐっと腕を組んで空に伸ばすアイリさん。
「いつもはもっと釣れるんだけどねー。今日は全然、駄目みたい。あれだけ偉そうなことを言ったのに恥ずかしいやー」
恥ずかしいというのは本当なのか、「へへへへ」と照れたように笑う。確かに『釣り』に対して難色を示した俺に向かって、
「絶対釣れるから、凄い楽しいよー」
とアイリさんは強引に誘ったのだった。直、その時は横にケインも居たのだけれど、「俺はちょっと仕事思い出した」とさっさと帰って行ってしまった。
普段は仕事せずに鍛錬ばかりのケインが、仕事なんて珍しいと感じたのだけど、まあ、そういうこともあるか。
ともかく、アイリさんの言葉に押された俺は、こうしてここまで来ているのである。
そりゃ、少しは釣れるかなと期待はしていたけれど、
「釣れないことも、楽しむための一種ですよね」
俺は余裕を持ってそう言った。
ここでアイリさんに「全然、釣れないじゃないですか! このウソツキ!!」
なんて言ったところで空気が悪くなるだけ。
そんなことしたら、俺がどんな目にあるのか分かったのもではない。彼女の太ももで首を絞められるのか。はたまた、抱き着いて背骨を折ろうとしてくるのか。
天国と地獄を味わえることは間違いないだろうが……。
「あ、そう言えば俺、お弁当作って来たので、良かったら一緒に食べましょうよ!」
「荷物の正体はお弁当なんだ。気が利くね、リョータ」
「ええ、まあ。俺に出来るのはこれくらいかなと」
折角誘われたのだから、俺もなにかしなければと脳を回転させた結果、「そうだ、お弁当を作ろう」と、良く分からない答えに辿り着いた。
この世界の素材は、見た目や形こそ違えど、いざ、食べてみれば「これは〇〇だ」と俺でも味が分かる程度に近い。
料理がさほど得意ではないが、なにかしら作れるはずだと考えた。
因みにカラマリ領の主食は肉とパン。
俺の分身が主に作っているのは小麦に近い穀物だ。見た目は身が赤黒い不気味な果実のようなのだけれど、それを加工すると俺のよく知る小麦粉にへと変化するのであった。
「うーん。美味しいよー!」
俺の作った料理は喜んで貰えるようだった。
こっちの世界とは、また違った料理を振舞いたいと、俺の薄い知識で色々頑張った甲斐があった。一人暮らしで培った経験が異世界で生きるとはな。
なるほど。
そう考えれば、一人暮らしを進めたがる人がいるのも分かる気がするな。
◇
領に戻ると俺はカナツさんに掴まった。
「駄目だー! ハクハとの順位が全然縮まらないよ!」
メイル領との戦いから一か月。
互いの領が戦を終えた頃だとカナツさんは順位の変動がないかを〈戦柱〉で確認しにきていた。
黒い石碑に手を触れて、何度か席の表面をスクロールさせる。まるで、巨大なタブレットみたいだと思うが、(戦柱)は充電式ではないし、どこかにメーカーのマークが刻まれている訳でもない。
ただ、俺がそういうふうに解釈しているだけだ。
目当ての画面に辿り着いたカナツさんが、全く変化していない順位に声を上げたのだった。
「あ、でも、メイル領とクガン領の順位は変わってますよ?」
そう言えば、俺は順位画面を見たことがない。
俺が触れると自分の力しか見れないからな……。〈戦柱〉に表示される順位は、3位までは俺が聞いていたものと同じだったが、その下――4位と5位の順位が動いていた。
「私達がメイル領を倒したことと――クガン領は勝ったからじゃないかな? って、別に下の領の順位なんていいじゃんか! 上を見ようよ! リョータ!」
「そういう訳にはいかないですけど……」
クガン領の勝利。
それを見て俺が思うのは――やはり、土通さんのことだった。
俺と同じ異世界人で、先輩の幼馴染で彼女。
至って普通の彼女は、この世界で人を殺した。
俺の目の前で、二人の兵士を殺して見せた。確かにこの世界ではそれが当たり前のことだし、責める理由もない。
それでも、同じ世界の俺としては――躊躇なく人を殺した土通さんが怖かった。
「……でも、諏訪さんも」
俺達と普通に戦った。しかも『爆弾』なんてものまで持ち出して。たまたま、死人がでなかっただけのこと。カラマリ領の皆が上手く逃げただけ。やろうとしたことは――人殺しだ。
「うん? どうしたんだ、リョータ?」
「いえ……、別に」
俺かカナツさんの答えに言葉を濁す。
同じ世界の人間が、人を殺すことに抵抗を覚える。などと言ったところで、変に思われるのは俺だ。
そう考えると――やはり、もう一度、先輩とどこかでゆっくりと話したいな。〈紫骨の亡霊〉の時は、それどころじゃなかったし。先輩は確か最下位の領に所属しているんだよね……?
改めて最下位の名前を確認しようとした時――「ぷつり」と強制的に表示されていた石碑の文字が切り替わった。
「なっ!?」
カナツさんが画面を切り替えたと思ったのだが、どうやら違うらしい。
緊張したように画面を睨む。
映し出された文字は――次回の戦における日時と項目。そして――対戦相手。
「一週間後で、内容は『団体戦』……ですか?」
俺は文字を読み上げる。
団体戦……?
今までの戦と同じってことだろうか。
「最悪だ……」
その結果を見て、カナツさんは呟いた。




