69話 意味のなかった奪い合い
『旗』を奪った俺達をメイル領の面々は相手にすることなく、去って行った。否、彼女たちは〈統一杯〉よりも、諏訪さんの容体を気にしたのだ。
俺の討った矢。
それほど、威力も高くない。
死を経験している俺からすれば、そんな大げさに騒ぎ立てることではないと思ったのだけれど、諏訪さんにとっては大けがだったようで、女性たちに看病されながら、消えて行った。
〈統一杯〉という試合にも勝ったし、アイリさんを守るという勝負にも勝った。
それなのに、なんとなしに敗北感が俺の胸を締め付ける。
負けても尚、女性にモテる諏訪さんだった。
「クロタカ、リョータ! 大丈夫か!?」
敗北感はともかく、〈統一杯〉で勝ったのは間違いない。〈ゾンビ〉を生み出す諏訪さんとの戦いでは、流石にクロタカさんも疲れがあるのか、その場で腰を下ろして休んでいた。
そんな中で別行動をしていたカナツさんが姿を見せた。
たった二人でメイル領を倒した俺達を気遣う大将。
その声に、ふと振り返ると――真っ黒な彼女が腕を組んで立っていた。
「いや、そっちこそ大丈夫だったんですか? ……その、凄いことになってますけど」
「ああ。〈ゾンビ〉だっけか? そのことは使いの人間から聞いたんだけど、まさか、あんな風に破裂するなんて聞いてなくてさ。少しだけ食らっちゃったんだよ」
そうか。
『旗』を奪ったのは俺達だけど、メイル領の主力たちと、カナツさんもまた戦っていたんだ。決して二人だけで勝ったのではないと、浮かれていた気分が引き締まる。
「いえ、〈ゾンビ〉は爆発しませんよ。あれは『爆弾』って言って、僕たちの世界の『武器』なんですよ」
「なっ! じゃあ、まさか、メイル領もハクハと同じ力を持った人間が……!」
カナツさんは異世界の『武器』と聞いて、メイル領の人間が池井さんと同じ力を持っていると考えたらしい。
「それは違いますよ。まあ、その話は後でするとして……。取りあえず、これでアイリさんは敵に渡さなくて済みましたね」
「うん! 良かった……。正直、駄目かと思ったよ。〈ゾンビ〉なんて、訳の分からない物でてきてさ」
「はい……本当に良かったです。あんな領にアイリさんが行ったら可哀そうですよ」
変わり果てたメイル領。
あんなハーレムに仲間入りなんてアイリさんが可哀そうだ。
シンユキさんも結局は諏訪さんのことばかり気にして、アイリさんの話題なんて出てこなかったし。そう思うと、彼女が望んだのは、アイリさんじゃなくて強い駒だったのかも知れない。だから、自身の領に異世界人がやってきて、どうでもよくなったのだろう。
〈戦柱〉が絡んでいなければ、そのまま無かったことになったのか。
だとすると、ひどい話だ。
ま、守れたから良いんだけど。
「……あっ」
俺とカナツさんが話している間、ずっと黙って横たわっていたクロタカさんが声を上げた。
「なに、どうしたの!」
クロタカさんらしからぬ声に、大将が驚いて反応する。
閉じていた瞼を開けて、クロタカさんは言う。
「なんか……分からないけど凄い疲れた。頭にずっと声が響いてたから。それに逆らうの、意外にしんどくて……。いまも、幻聴が……」
「ん……? どういうこと?」
「ああ。クロタカさんゾンビになっちゃたんです」
〈ゾンビ〉に指令を出す声は、戦を終えたクロタカさんに幻を聞かせるほど強力なモノだったらしい。そんな声に逆らい続けたのであれば、精神的な疲労はとてつもない筈だ。
頭痛を我慢するなんてレベルじゃないだろう。
「そうなんだ!〈ゾンビ〉になったクロタカも見てみたかったな、サキヒデ!」
『旗』の元にケインとサキヒデさんもやってきた。
戦の天才であるクロタカさんが、〈ゾンビ〉になったのは面白いと二人は、密かに笑いあった後に、策士が寝転ぶ男に言う。
「ちょっと、気が緩み過ぎなんじゃないですかね? 前々から言いたかったのですが、戦場では常に冷静でいなければいけませんよ?」
「……顔が真っ黒な奴に言われてもね」
「なっ……。これは、しょうがないでしょう。事前情報なしに、回避できただけでもいいじゃないですか!」
尚、ケインだけは綺麗な子供らしい柔らかな肌のままだった。どうやら、『爆弾』に上手く対処できたのは、最年少のケインだけらしかった。
「はっは。どうだ、俺、〈紫骨の亡霊〉と戦ってから、かなり成長しただろ?」
大将と策士は真っ黒。
クロタカさんは〈ゾンビ〉にされた。この戦い、実質無傷だったのは俺だけだと胸を張る。そんな少しばかり調子に乗ったケインにカナツさんが、頭を叩いた。
「でも、今回勝てたのはクロタカとリョータのお陰でしょ? サキヒデも責めるのは良いけど、私達の立てた作戦が全く意味なかったことを忘れないように!」
「……でも、まあ、この2人を組ませるというのは私の案なので、これも作戦の一つと言えば一つですよね」
カナツさんの忠告に、策士は「今回、勝てたのは私の策があってこそ」と言わんばかりに応じた。そう言われてしまえばそうなんだけど、でも、なんか違うような気が。
そう思っているのは俺だけれはないようで、珍妙な空気が岩山に流れる。
「皆さん、どうしました?」
策よりも人の心をもう少し考えた方がいいのではないかと思ったけれど、流石に言うのは止めて置いた。
その代わりに、「はははっ」と大声で笑う。
俺に釣られてカナツさんも、ケインも、他の兵士達も大声で笑った。
「なに笑っているのですか!? ちょっと、クロタカさんまで!」
「なんでもないよ、サキヒデ」
ともかく、俺は活躍したと言っていい程度には頑張った。
初めての戦。
自分の手で、自分の行動で役に立ったのだ。
〈戦柱〉から与えられた力は使ってない。
そのことが――妙に嬉しかった。
◇
「アイリーただいま!」
天守閣に戻ると、無表情で正座を組むアイリさんが待っていた。カナツさんの声に安堵したように笑顔を見せる。
「お帰りー。勝ったんだねー。良かった良かった」
自分が賭けられていたにも関わらずに、それよりもカラマリ領が勝ったことを喜ぶアイリさん。当たり前のように彼女と話せる喜びを感じているのか、カナツさんが涙声で言う。
「うん。あのね、今回はクロタカとリョータが大活躍だよ」
ずずず。と鼻水を啜りながら、俺とクロタカさんの背中を押して、アイリさんの前に押し出す。こうして改めて言われると、なんか照れ臭いな。
二人揃って視線を合わせない俺達に、
「そうなんだ。ありがとうね。クロタカ、リョータ。お礼の「ぎゅー」だよ!」
両脇に抱えるようにしてアイリさんがハグをしてきた。
「別に……。僕はただ、戦いたかっただけだから」
抱き寄せられることで、アイリさんの胸元に頬が当たって、かなり照れ臭いのだけれど、クロタカさんはそんなことに興味はないと、あくまでも無表情で応じる。
俺もそうすればいいのだろうけれど、そこまで冷静な戦馬鹿にはなれない。
だって、普通に嬉しいもん。
「ふふふ。そうだね」
三分ほどアイリさんの感触を楽しんだのちに解放された。
「もうこれでいいでしょ? リョータ。また訓練しようね」
と、俺に別れの言葉を残してクロタカさんは、天守閣から降りて行った。そもそも、クロタカさんは別にアイリさんに会う気もなかったのだ。
だが、カナツさんが、「今回の主役だから」と無理矢理ここまで連れてきたのだ。
「やっぱり、クロタカ変わったね」
帰っていったクロタカさんを見て、カナツさんが呟いた。
「前までだったら、アイリにあんなことされたら、「触らないで貰えるかな? 殺すよ?」って言ってたのにね」
「確かにそうですね……」
確かに、俺が初めてクロタカさんと戦に参加したのは〈ハンディ戦〉の時だった。あの時は仲間を埒ったり、戦いたいからって俺を殺したりと好き勝手していた。
それが、いまのクロタカさんとはまるで別人のようである。
カナツさんと俺の疑問は本人しか答えられないと思っていたのだが、
「クロタカが変わったのにはー、理由があるんだよー!」
アイリさんが言った。
「『経験値』として、殺されるしか力がないのに、シンリに挑んだり、異世界人のために頑張るリョータを尊敬してるのんじゃないかな?」
まあー、私の想像だけど。
アイリさんはそう言って言葉を占めた。
「そうなんですか」
「うん。本人は認めてないけどね」
「だから、俺に優しく……?」
「優しいっていうかー、知りたいんだと思うんだ。自分とは違うリョータの強さを」
「強いってそんな」
俺なんか雑魚中の雑魚だ。
俺がクロタカさんに憧れるのであれば分かるが、その逆はない。だが、アイリさんの言葉にカナツさんは納得したようで、
「……そっか。うん、良いことだ!」
アイリさんの膝に頭を置いて大きく頷くカナツさん。
同意を示すにしても、その格好じゃなければ駄目なのだろうか?
「だから、もう少しだけ、一緒にいて上げてー」
「はい。それはもう」
俺もまだ、武器の扱い方を教えて貰いたいし。
言われなくてもそのつもりだ。
「私はずーと、アイリといるよー!」
「……言っておくけど、私がメイル領の提案を受けたのは、大将に常に気を張って貰いたいからだよー。ちょっと、ムラが大きすぎるんだよねー」
「そんな、アイリー」
膝枕をした状態で抱き着くカナツさん。
「大将は私に甘え過ぎなの。私も悪い気はしないけど、でも、頻度は抑えてよね」
「うんー!」
「じゃあ、いい子して上げる」
「わーい!」
いちゃつき始めたので、俺は天守閣を後にする。
そうだ。
折角だから、クロタカさんを食事にでも誘ってみようかな。
この三か月間。
一緒にご飯食べたことないし。
俺は共に戦ったクロタカさんを探しに行くのだった。




