68話 決着
「あの、異世界人は『爆弾』をハクハに作らせた。それでそいつはどうなった? そんな奴に素直に負けを認めていいのか? 復讐しなくていいのか?」
疑問をぶつける『声』。
やはり、他の人間には聞こえていないようだ。距離が離れているとかではなく、この『声』は心に直接聞こえるような、そんな感じだった。
「あいつが池井 千寿を殺したようなものだぞ?」
諏訪さんが池井さんに余計なものを作らせなければ、少なくとも死ぬことはなかった。言うなれば諏訪さんは既に人を殺しているということだ。
人を〈ゾンビ〉に出来る位だ。
今更――俺を殺すことに戸惑いを覚えたりしない。
それでも、もしかしたら、本当に『旗』を渡せば、クロタカさんを戻して貰えると信じて、諏訪さんに聞いた。
「……池井さんがどうなったか知ってるよね?」
最終的に命を奪ったのはシンリ。
だが、その原因を作ったんだ。少なからず罪の意識はあるはずだ。諏訪さんに心が残っていたら、悲痛に思うはずだ。
だが――、
「池井さん――、あー、職場の天使ちゃんねえ。本当に可愛いよね。いや、でも見た目で騙されてたけど、まさか〈ゾンビ〉に『爆弾』を仕組むなんてえぐい方法を思い付くんだもんな。で、その子がどうかしたか?」
まさか、俺に惚れたとか言ってた?
などと惚ける諏訪さん。
この男――、
「……知らないんだ」
信じられないと言葉を漏らした俺に向かって、至極残念そうに笑ってみせた。
「ああ。でも、もしかしたら、ハクハの大将に殺されるかもって言ってたっけ?」
人ごとのように。
それは漫画のキャラクターが殺されたことを話す時と同じ表情だった。「○○が殺されて辛いわー」なんて。まるで、そんな軽さで諏訪さんは池井さんの死を語ったのだった。
「たっけって……」
例え、生き返るとしても、まだ、生き返ったわけじゃない。そもそも殺し合う必要はないのに命を奪うような目に合わせる必要はなかったじゃないか。
俺の中に響く『声』が沸々と怒りを上げていく。
それは、自分の奥底に渦巻く本心なのか。
「なに、もしかして本当に殺されちゃったわけ。あいつ怖いなぁー。マジで殺すのかよ」
「なんだよ、それ……」
俺は気が付けば背に担いでいた弓を構えていた。クロタカさんが教えてくれた俺の弓術。これで救ってみせる。
「俺が――撃つ!」
狙うのは諏訪さん。
俺は自分と同じ世界の人間に、初めて武器を向けたのだった。
キリリと耳元で弦が鳴く。
カラマリ領きっての戦闘能力を持つクロタカさんに、殆ど、毎日、みっちりと訓練を受けたとはいえ、元の技術は零だ。
未だに真っ直ぐ弓を飛ばすことが精一杯だ。
そんな俺の攻撃が諏訪さんに届くと思えない。その背後には大将であるシンユキさんや、クロタカさんに〈呪いの仮面〉をつけたフブキも控えている。
「それでも――」
どうせ俺の矢じゃ人は殺せない。
だから、せめてもの怒りの思いを諏訪さんに届けたい。
あなたのやったことは間違ってると。
そう気付くように。
「なに、甘いこと言ってんだよ、殺せよ」
心の声が不満気に言った。
残念だったな。俺はそこまで落ちぶれる気はない。
矢を放とうとする俺に、両手を広げて諏訪さんが言う。
「そうだ。どんなに怒ったって俺達はこうするしかない。命の奪い合いだよ。殺し殺される運命なんだよ!」
その言葉に俺は池井さんの顔を思い出す。そんな理由にもならない理由で――。
「それは間違ってる!」
殺し合う必要はない。
俺はその思いを込めて矢を放った。俺の思いとは裏腹に頼りない放物線を描いて飛んでいく。これでは、例え、シンユキさん達じゃなくても、矢を掴むことは容易い。
諏訪さんが「はははっ」と力のない癖に理想を語る俺に、乾いた笑みを浮かべた。
「お前は人を殺さないんじゃない。ただ、力が無くて殺せないんだよ!」
そう言って矢をはたき落とそうとする。
俺の思いは、決意は――結局、誰にも届かない。
そう思って視線を地に落としたが――、
「がっ――、な、なんだよ!」
諏訪さんの苛立つ声に、俺は視線を上げた。
そこには理解しえない光景があった。
諏訪さんが支配しているはずの〈ゾンビ〉達が、メイル領の動きを封じていたのだ。そしてそれは諏訪さんも例外でなく、はたき落とそうとしていた腕を、〈ゾンビ〉が封じていた。
「コウタロウ様……? これは一体どういうことでしょうか……?」
〈ゾンビ〉に囲われたフブキが戸惑いの声を上げる。
諏訪さんへの問いかけ。
だが、諏訪さんは、右の太ももに刺さる痛みに、声が聞こえていないようだった。
「俺の矢が届いた……?」
〈ゾンビ〉が動きを封じてくれたから。
今、この場において何が起こっているのか、理解している人間は誰もいないだろう。そんな混乱下で、最初に自分を取り戻したのはシンユキさんだった。
「フブキ! 〈仮面〉を付けろ! そして、皆を守るんだ!」
「あ、わ、分かりましたわ」
このままではメイル領が〈ゾンビ〉となる。そう気づいた大将は、目元を隠す仮面をつけて、〈ゾンビ化〉を防ぎ、仲間達を襲う〈ゾンビ〉を蹴散らしていく。
俺からすれば敵たちが急に同士討ちを始めたのだ。
ますます、訳が分からなくなる。
そんな戦場で一人の声が響いた。
「この勝負、僕たちの勝ちだね」
敵陣にある『旗』に手を掛けて立つ一人の男。
それは、仮面を引き千切ったクロタカさんだった。右目の入墨がはっきりと見える。
「な、なんで、お前が戻ってるんだ! 俺は許可した覚えはないぞォ!」
痛みと自分の力が通じなかったことで怒りの声を上げる諏訪さん。その言葉に反応するように〈ゾンビ〉たちは動きを止めて、全員がクロタカさんに体を向けた。
「俺の命令は絶対。それなのになぜ!?」
「簡単なことだよ。リョータへの怒りで命令が疎かになってただけ。ついでの命令で支配されるほど、僕は弱くないよ?」
クロタカさんは〈ゾンビ〉となって流れる命令に背くだけでなく、他の〈ゾンビ〉たちへの命令を上書きしたようだ。
「リョータ。よくやったね」
殺す気が無くても矢を放った自分への嫌悪感。
池井さんを殺す理由を作った諏訪さんへの怒り。
クロタカさんが無事だった安堵。
様々な感情が体を渦巻き通り抜けていく。
「〈ゾンビ〉の力は厄介だったけど、意思が関係するのはマズかったね。それがメイル領の敗因だよ」
軽い動作で『旗』を引き抜くと俺の元まで跳躍する。
俺達の元で二つの『旗』が風で靡いていた。
初めての〈統一杯〉。
全く実感はわかないけれど、どうやらカラマリ領に白星が付いたようだった。




