67話 ネクロ・マスカレイド
「ふん……? なんともないけど? まさか、そんなのが攻撃だって言うつもりじゃないよね……?」
クロタカさんは無傷だった。いきなり現れた存在に、俺は目を奪われてしまったが、よくよく見ればフブキは武器を持っていなかった。
ただ――手を触れただけか?
いや。
違う。
クロタカさんの目元を隠すように、仮面が付けられていた。そんなお洒落なものをクロタカさんが付けるはずもない。
ならば、フブキが付けたことになる。
一体何のために?
その問いは、直ぐにクロタカさんの身体が教えてくれた。
肌が溶けて崩れていく。
それはクロタカさんが幾度も倒した〈ゾンビ〉のようにだ。
まさか……? 感染したのか?
「うん。フブキの作戦通りだ。ほら、おいで。ご褒美をあげるよ」
ゾンビに代わったクロタカさんを蹴り飛ばす。飛び散ったゲル状の肌が、諏訪さんに飛びつくが、どんなに触れても変化する様子はない。
それはそうか。
自分の力で感染するなんて、どんな馬鹿な能力だよ。
身体全てを〈ゾンビ〉と化したクロタカさん。
今までの機敏な動作が嘘のように、ノロノロと地を這っている。意思すらもなくなったのか、転がったまま立ち上がらない。
俺はクロタカさんに駆け寄り、起こそうとするが、今の彼は〈ゾンビ〉なのだ。俺が感染する可能性もある。
クロタカさんがいなくなり、次は俺かと、勢いよく諏訪さんに振り向くが、
「……ん。っ……あ、ん」
子供には見せれない深いキスを交わしていた。互いの唇の中に舌を伸ばし、体の内側を求めあう。どうやら、フブキにとってはこれがご褒美なようだ。
愛に満ちた顔で、ひたすら諏訪さんを求める。
「おい! クロタカさんに何をしたんだよ!?」
こっちは仲間が〈ゾンビ〉に変えられているんだ。そんな18禁ばりのキスシーンを見てられないんだよ。
怒鳴る俺に諏訪さんは言う。
フブキと唇を重ねたままだ。
「なにって……、見ての通りさ」
分かるかよ。
今、諏訪さん達ラブシーンしてるだけじゃん。どこに〈ゾンビ〉要素があるのか教えてくれよ。
「ふん。これ・・を使ったんだよ」
一向に終わらないキスにイラつく俺に、何が起こったのか――シンユキさんが教えてくれた。そうすることで、自分も諏訪さんとフブキのキスを見ないようにしているのか。
俺に見せたのは目元を隠すマスクだった。
貴族たちが仮面舞踏会を開くときに付けそうなやつだ――クロタカさんが付けられたモノ。やはり、それが関係しているようだ。
「でも……!」
諏訪さんの力は『〈ゾンビ〉を生み出し感染させること』じゃないのか? 1人だけどれだけの力を貰っているんだよ」
「お前の力も『経験値が多い』ってだけじゃないんだろ? 『死んでも意識が引き継がれる』それと同じだよ」
「……っ!?」
シンユキが何で俺の力を知っているんだ? 俺の力は〈戦柱モノリス〉に触れなければ、分からない筈だ。第一に俺がメイル領と会うのはこれが初めてだ。
知っている訳じゃない。
「あーいや。なにもお前だけじゃないか。クガン領の異世界人も『瞬間移動』と『鎧をも切る剣』。あとは『4つの属性』を操るんだっけ? それもその時点で4つでしょ?」
……俺だけじゃない。
土通さんと先輩の力も知っているのか? 俺だけの能力なら、ハクハ領から『武器』を受け取る際に、なにかあったのかも知れないと考えられる。
池井さんを救うために、自らの力をバラしたしな。
だけど、土通さんと先輩は違う。
自分から教えたりはしない――。うん、しないと思う。
あの二人じゃ、絶対って言えないもんな……。
「あー、もう。喋り過ぎだ、ユキ。 自分もして欲しいからってそう言うことするのは無しだろ……?」
流石にこれ以上の情報を俺に与えるのは危険だと判断したのか、名残惜しそうに、フブキに指を咥えさせた諏訪さんが言った。
「べ、別にそんなこと思ってないし! ただ、二人の気が緩んでたから、ちょっと気を引き締めさせただけだし」
「まー、分かったよ。そう言うことにしといてやるよ」
フブキの口内から指を抜くと、その指を舐める。他人の唾液を体内に取り入れていた。
うわー。
俺、そういうのNGなんですけど……。
ひとしきり自身の指を舐め終えると、諏訪さんが俺に言う。
「俺の力も〈ゾンビ〉を生み出すだけじゃない。仮面をつけることで、任意に〈ゾンビ〉に変化させることが出来るんだ――こんな風にな!」
右手を翳して指を鳴らす。
すると、クロタカさんが元の姿に戻っていく。〈ゾンビ〉ではない健全なる肉体へ。あと半分で全てが戻るという所で、「んで、次はこうだ」と、再び指を鳴らした。
「な……、そんな……」
そうか――。
これがフブキが〈ゾンビ〉に紛れていた方法か。クロタカさんが気にしていたんだから、もっと真剣に考えれば良かった。
敵である自分達にはそんなことをしてこない。
そんな思い込みがどこかにあったのか。
やるんだったら〈ゾンビ〉にしてしまうだけ。人間に戻すメリットはない。
「あの仮面をつけると、俺が許可した相手しか取り外せない。ふふ。『呪いの仮面』って言えば格好いいかな」
着けてしまえば外す外さないを決めるのは、諏訪さんのみ。仲間であるフブキやシンユキは、当然、許可をしているのだろう。
フブキのように自在に仮面を外すことはクロタカさんにはできないようだった。
「ああなっちまえば、後は俺の命令を聞くしかないんだけど――そいつはしぶといねぇ。お前を殺せって命令に、必死になって背いてやがるよ」
「……クロタカさん」
ただ、意思もなく立ち尽くす〈ゾンビ〉。
だが、その裏では逆らえない筈の命令に逆らい続けるクロタカさんが残っているのか。あんな姿になっても諦めない。
なら――ここで俺は『旗』は渡せないな。
死ぬまで足掻くしかない。
覚悟を決めた俺に、手柄を見せびらかすフブキ。
「クロタカは『殺気』に関しては鋭いけど、『仮面をつける』だけでは、反応が遅れると思いました。予想通りです」
「うん。流石フブキ。人間観察が上手いね」
そして、再び唇を接触させようとする。
「クロタカさんを元に戻せ!!」
「おいおい……。そんな怒らないでくれよ。いいか? これも全部お前の為なんだよ。これでさ、「こいつを元に戻してやるから、『旗』を渡せって取引ができるじゃないか」
「――っ!」
覚悟を決めたはずなのに――諏訪さんの言葉に心が揺らいだ。
そうだ。
俺一人が諦めなかった所でどうせ負ける。
ならば、確実にクロタカさんを〈ゾンビ〉から解放したほうがいいのではないかと。今も動かないクロタカさんは、俺を殺さないように、必死に命令に背いているのだろう。
俺は迷いながらも『旗』を渡す方に心が傾く。行動の伴わない覚悟なんて、貫くだけ無駄なんだ。
甘い条件に――否応なく吸い付いてしまった愚かな俺。
『旗』を渡してもいいかもしれない――俺はそう思ってしまった。
その時だった。
俺の心に「駄目だ、止めろ!」と声が聞こえてきた。誰だと周囲を見るが辺りにいるのはメイル領の人間だけ。だが、彼女たちには『声』は聞こえていないらしい。
どうやら、俺だけに聞こえているようだった。




