66話 力の使い方
「そうですか」
それ以外の言葉が出てこない。
異世界で、殆ど関わることが無かった上司から、いきなり「嫌い」と言われて傷付くメンタルを俺は持ち合わせていなかった。
「はぁ……。この世界に来て良かったことはさ、お前みたいにムカつく奴を殺しても、強きゃ誰も文句を言ってこないことだよなぁ!」
諏訪さんは、乱暴な動作で自身に絡んでいた女性たちを振りほどいた。
地面に手を突いて意識を集中させる。
すると、溶けるアイスの逆再生のように〈ゾンビ〉が生み出される。次から次へと生み出される〈ゾンビ〉達。
気付けばメイル領の人数よりも多くなっていた。
どろりゆらりと体を動かす。
「感染させて増えるわけじゃないんですね」
「はっ。残念だな。勿論、感染もする。自在に〈ゾンビ〉を生み出し、ウザい人間も感染させる俺の力は、間違いなく最強の力だよ」
「なるほど」
確かに恐ろしいな。
無限に増え続ける感染源があると思えば、その規格外の力は厄介でしかない。既に逃げ道を塞がれた。〈ゾンビ〉が円を描くようにして囲う。
気味の悪い闘技場とでも言うべきか。
その中心で、ただ、増えていく〈ゾンビ〉を眺めていた俺達に向かって、
「じゃあ、私も戦おうか」
シンユキがようやく自分の番が来たと前に出る。
……ああ、そういえば彼女も居たんだ。
諏訪さんが話している間、邪魔にならないように一歩引いて様子を伺っていたからか、メイル領の大将であるにも関わらずに忘れてしまっていた。
なんだろう。
夫を立てる良き妻のような立ち位置である。
夫ではないが、仲間を立てるカナツさんとは、ある意味似ているのかも知れない。だからこそ――アイリさんのような存在が欲しいのか。
「あっと。ユキは手を出さなくていいよ。こいつらは二人まとめて俺が相手する。だから――フブキちゃんも攻撃はしないでくれよな」
「でも……お前!」
「何回もいうけどさ。俺はユキみたいな可愛い子に戦って欲しくないんだって」
「か、可愛いって――こんな時に言うな、馬鹿!」
……。
馬鹿はこっちの台詞だよ。
毎度毎度、これから戦いが始まるって時にいちゃつきやがって。
二人の夫婦漫才に怒りを覚えたのは俺だけではない。
メイル領の女性たちも皆、自分たちは乱暴に振りほどかれたのに、特別扱いされる大将が許せないのか。
威圧的に腕を組み、フブキが言う。
「シンユキ。コウタロウさまが言っているのだから、それでいいではありませんか」
「でも……」
「あなたは、コウタロウさまが好かれているのが気に入らないだけでしょう。しかも、そうやって気を引こうとする。どれだけ最低なことをしているのか」
「別にそんなつもりはない! 私は本気でメイル領の勝利を……」
「そう思うなら、黙ってそこで見ていればいいではありませんか。コウタロウ様が負けるなんてことは――ないのですから」
女性だけで構成された領と聞いた時は、なんとなく「チームワークの良さ」を連想したのだが、実際に合うとそんなことなかった。
ドロドロと――それこそ〈ゾンビ〉の肌のように腐り歪んでいた。
それもまた、少女漫画のヒロインみたいなんだろうけど。
「……分かったよ。フブキがそう言うなら手を出さない。その代わり、『旗』を守る位はさせてもらう」
諏訪さんが戦いに集中できるように、『旗』を守る位はするとシンユキさん。
「ああ。その特等席で俺の勝利を見ていてくれ」
「……そこまで言うんだ。私の手を煩わせるなよ」
「分かってるよ。ユキの手を借りるのは、勝利後のご褒美だけだ」
「私に何をさせるつもりだ!?」
「勝ってからの、お・た・の・し・み」
「馬鹿!」
シンユキさん……顔が真っ赤じゃん。
長かったカップルのやり取りを、なんとか乗り越えた。ていうか、別に待ってる必要はなかったんだけど、何故かクロタカさんが動かなかった。
一体、何を考えているんだろうか。
「ま、という訳で、ここは俺一人で戦うことになったからさ。ま、お手柔らかに頼むよ」
「へー。本当で一人でやるの? あんなこと言って、格好悪いのは分かるけど、〈ゾンビ〉だけじゃなくて、全員で掛ってきた方がいいと思うけどな?」
クロタカさんは眉を顰める。
なるほど。
もっと不利な状態で戦いを行いたかったようだ。諏訪さん一人じゃ、いくら〈ゾンビ〉がいようと役不足。
足止めにもならないと無表情に告げた。
「格好悪いのはお前だろ? そんな強がった挑発したって、怖がってるのがバレバレだぜ?」
この上司……クロタカさんの発言を強がりと判断したようだ。
いや、クロタカさん、本気で戦いたいだけだから。
不利とかそういうの関係ない人だから!
「……ふざけてるね。あの男」
「……いや、多分、真面目なんですよ」
女の子の前で格好つけることが、諏訪さんの一番重要なことなのだろう。
思えば、俺が初めて共に出かけたキャンプでもそうだった。女性たちが見て居る前では、先頭を切って動くが、姿が無くなると「一番年下の君が、一番動いてないんじゃないかな?」なんて例え作業が途中でも俺に押し付けてきた。
散々、勝手にやっていたのにだ。
「じゃあ、今度こそ始めようか!」
そう言うと俺達を囲んでいた〈ゾンビ〉の輪が縮んでいく。このまま物量で押し潰す気のようだ。触れたらあの輪の中に仲間入りか。
それは嫌だ。
そうならないためにも、この攻撃をどう防ぐのか――なんて、結局はクロタカさんに頼るしか出来ないんだけど。
「はぁ……。こんなんじゃ、話しにもならないよ」
やっぱり、物足りない。
クロタカさんは気だるげに呟くと、迷うことなく〈ゾンビ〉の中に突っ込んだ。狙うなら〈ゾンビ〉を操っている諏訪さんだろうと俺は叫ぶが、勿論、聞いて貰えなかった。
大体、また『爆弾』を持ってるかもしれないんだから、不用意に近づくのは危険だろう。
それも踏まえてのことだったのだが――、
「おわっ。マジか!?」
クロタカさんの通った場所だけ(ゾンビ)が消えた。
高速で地面を蹴りながら、ピンポイントで付近にいる(ゾンビ)の頭部を切り落とす。移動の速さは、俺の動体視力では追えない。
即ち、諏訪さんでも無理と言うことだ。
これならば、『起爆』も『感染』も行えない。
操っている人間の力が――不足していた。
まだ、フブキがいたさっきの方が苦戦していた。
「クロタカさん! せめて意識を奪うに留めてくださいよ!」
〈ゾンビの輪〉は、瞬く間に壊滅に陥っていた。
マジでクロタカさん強すぎだろ……。
このままじゃ、諏訪さんを殺しかねない勢いだ。俺の言葉に、高速移動を繰り返すクロタカさんは一瞬だけ、立ち止まって頷いた。
そして、そのまま――諏訪さんの元へとゆっくりと歩く。
まだ、これくらいじゃ満足していないと。
もっと、戦わせろと見せつけるように。
互いの顔が触れる距離まで近づく二人。
俺に聞こえない声でクロタカさんが行った。
「殺さないと、リョータに答えたけど、僕は君を殺すつもりだ。だから、最後に言い残すことがあれば、リョータの為に聞かないこともないよ?」
「そっか。ならさ――。俺の為に〈ゾンビ〉になってくれよ!」
クロタカさんの背後に――フブキが立っていた。
彼女もまた俺が目で追えない速度で移動したようだ。
でも、手を出さないと命じられていた筈の彼女なぜ?
「クロタカさん!! 逃げて!」
俺の言葉に振り向くが――フブキの手がクロタカさんの頬に触れた。




