65話 上司という名の仮面
「フブキちゃん、『旗』連れてきてくれたんだ」
「……すいません。コウタロウ様の力を使いながらも、不甲斐ない私をどうか許してください」
「いや。別に気にしないで良いって。こうして目的の『旗』が前に現れたんだからさ」
俺とクロタカさんは、逃げたフブキの痕跡を追って岩山を掛けた。
崩れた足場などから、クロタカさんが方向を割り出し、追跡をした。その結果、こうして俺達の前にメイル領の面々が立ち並ぶ。
「……でも、どうやら、『追跡』していたんじゃなくて『誘導』されていたみたいですね」
「別に、僕たちは僕達で目的を果たしたから、相手の考えなんてどうでもいいよ」
俺達が『追跡』していると、勘違いする程度の痕跡を残してフブキは逃げていたらしい。あからさまな痕跡では、俺達が警戒するとフブキは考えたのだろう。
まったく、無駄なことをしてくれるぜ。
俺はどんな痕跡だろうが気付かない自信があるし、クロタカさんは罠だろうが、なんだろうが、敵がいると分かれば向かう。瞬時の判断は得意だが、裏を返せば長考する性格ではないのだ。
「でも、〈ゾンビ〉とやらに働かせて、自分たちは何もしないんだ。メイル領も落ちぶれたね」
『旗』の元で諏訪さんを囲んで、肌を寄せ合う女性たち。
まあ、そこだけ見たら、『戦場』だとは誰も思わないだろうな。正直、サキヒデさんが苦戦するほど強いなんて、今のメイル領からは想像できない。
「落ちぶれたってそういう言い方ないんじゃないか? 俺が来たんだ。そりゃ変わるのも当り前さ」
異世界人が来た。
そうすれば環境が変わるのは同然だろうと諏訪さんは言う。
「……」
メイル領は、恐らく、初期の状態から『旗』に触れてすらいなかった。地面に突き刺された『旗』
はブレることなく揺らめいていた。
クロタカさんと諏訪さんの話を聞きながら、俺は敵の人数を数える。
全員いると思ったが、数人だけいないようだ。
メイル領の顔を全員覚えた訳ではないが、開始前のいざこざから、主力たちくらいは記憶した。
その顔がこぞっていない。
そうなると――、恐らく、〈ゾンビ〉を引き連れて『旗』を探しているのだろう。カラマリ領の皆が、『爆弾』付きの〈ゾンビ〉と出会っていなければいいんだけれど。
ま、でも、ここまで来たんだ。
俺とクロタカさんが『旗』を奪って戦を終わらせるしかないか。
「でもな……」
だが――如何せん敵が多い。
〈ゾンビ〉の姿はないが、普通の兵士たちがいる。露出度の高い格好で諏訪さんに抱き着いていても、メイル領の戦士だ。
俺より強いのは確実である。
いくら、個人ではクロタカさんの方が強いと言っても、多数に無勢。
せめて、カナツさんかケインが来てくれれば……。
「いや、今はいない人を求めてる場合じゃないか」
『~~してくれれば』なんて考えても、結局、何も起こらない。
ここで俺がどうするのか。
それだけを考えるんだ。
俺は今までの『ただの経験値』じゃない。戦力と認めて貰ったからこそ戦場に立った。俺も微力とは言えカラマリ領に選ばれたんだ。
きっと、俺にしかできないことがある。
殺されることで発動する三つ目の力を使うとかな。
「……俺が殺されるだけならいいんだけど」
この状況。
死ぬのが俺一人とは限らない。
クロタカさんの敗北も有り得る。もしもクロタカさんが殺されそうになったら――俺は黙って『旗』を渡 そう。
そうすれば戦を終わらせることが出来る。
無意味な殺生は流石にしないだろう。
一戦の勝利よりも仲間の命。
その選択もまた、俺にできることの一つだ。
そんな思いが顔に出ていたのか諏訪さんが言う。
「えーと、リョータくんだっけ? もしよかったらさ、その『旗』を渡してくれないかな? フブキと戦って、俺の力が〈ゾンビ〉を生み出すことだって分かったんだろ?」
「……さぁ、なんのことですかね?」
「惚けんなよ。こっちの世界には〈ゾンビ〉なんて名称無いんだぜ?」
「そうなんだ」
『拳銃』や『爆弾』のように〈ゾンビ〉は存在しない。にも関わらずにクロタカさんがその名を呼んでいた。
なら、俺が教えたという答えは簡単に導き出せるか。
ま、とっさに嘘を付いてみたけど、意味はないし。
「やっぱり、これは諏訪さんの力だったんだ。でも、教えていいんですか? 攻略しちゃいますよ?」
「ああ、構わねぇよ。〈ゾンビ〉と言っても詳細は違う。それにさ、俺、目の前で〈ゾンビ〉が殺されていくのを見たくないのよ。結構気持ち悪いんだぜ? あいつら、泥みたいな体液を撒き散らして死んでくんだよ。そんなの見る位なら、可愛い子たちの白い肌を見てたいのよ」
諏訪さんがそう言って右手を、近くにいた女性の胸元にいれた。
「……」
なんだろうなー。
別に戦場でナニをしようが勝手だけど、凄いムカつくなー。別に嫉妬とか妬みでは決してないんだけど、とにかく一発殴りたい。
鼻息を荒くする俺に、
「あれ? ひょっとして、リョータくん、女の子は未経験なんだ。あ、ならさ、『旗』を渡してくれれば、女の子を紹介してあげるよ。この中から選んでいいからさ」
「……そんなので上げると思いますか?」
おいおい。
いくら、上司だろうが――人を馬鹿にしすぎだろう?
俺はそういうの、結構嫌いなんだよね。
精一杯の怒りを込めて、俺は諏訪さんを睨んだ。その視界の隅でクロタカさんが俺の顔を覗き込んでいた。
……あれ?
俺、ひょっとして疑われてる?
「まさか、リョータ。そんな理由で『旗』渡さないよね」
普通に疑われてた!?
ちょっと、ショックだ。これがサキヒデさんなら、「そんな理由で裏切るのはあなただけでしょう」と返せるのに……。
「大丈夫ですよ。渡す気はありません」
「ならいいんだけど」
格好をつけたにも関わらずに、仲間に疑われた俺を見て、諏訪さんは口を大きく開けて手を叩く。
「はーはっはっは。ま、だよな。互いに命が掛ってるんだから、そりゃ、次に残す子孫の心配なんてできないか」
「別に子孫のことなんてこれっぽちも考えてませんでしたよ。それに、俺は諏訪さんを殺すつもりもありません」
カラマリ領の皆には、出来れば異世界人以外の命も奪わないで貰いたいけど、そればかりはこの世界の話だ。俺が関わるべき部分ではない。
全ての人を守るなんて、そんなことは先輩に言わせておけばいい。
力の持つべき人が言うべき言葉なのだ。
『経験値』でしかない俺には大反れた願いだ。だからこそ、俺は〈統一杯〉で優勝して生き返らせる。
全ての人を守れないから。
それでいい。
だが――。
諏訪さんをそれすらも理解できない領分のようだった。
「……お前、何言ってんだよ。俺達は命の奪い合いをしてるんだろ?」
郷に入っては郷に従えと言わんばかりの口調で俺を責める。
〈統一杯〉なのだからと。
いや、例えそうだとしてもさ、命の奪い合いをする必要はないじゃないか。
土通さんにしろ、諏訪さんにしろ少しドライ過ぎだろう。
まだ――先輩の方が好感が持てる。
俺は諏訪さんに嫌悪感を示すが、それは相手も同じだった。
「やっぱ俺、お前嫌いだわ」
諏訪さんは、上司の仮面を脱いで――乱雑な言葉で俺をけなす。




