50話 届いた拳
俺の身体を、小さな銃弾が貫いた。
何故、ユウランは俺をカナツさんよりも先に殺したのか。その答えを聞く前に、俺は命を落とした。
「ふふ……。リョータは戦闘は出来ないけど、なにするか分からないからね、悪く思わないでよ? あ、でも、もしかしたら、このお人形さんたちに復活するんだっけ」
俺の意識がハクハにいる分身に移行する確率は三分の一。
それは無視できるほど小さな数字ではない。
用心深いユウランはミワさんに対して頷いて見せた。
それが合図となって、鞭に捕えていた8人の首を絞める。
……。
「ぐっ……、うう、折角、この場所で……」
生き返ってすぐに俺を殺すのかよ。
俺はまだ、ハクハにいた。
三分の一の確率を乗り越えて、この場に留まったのだが、捕まっていた一人として生き返っても、何の意味もない。
分身の振りをして無表情を貫き、隙を付こうと考えていたが、その程度はユウランに見抜かれていた。
俺は苦しさに足をバタつかせる。
これは……、刃物で刺されるのとはまた違った苦しみ。正直、一番、嫌な死に方だ。
俺がどんな死に方であろうが、殺せればそれでいい。
ミワは8人、全員の呼吸が止まったことを確認すると、一斉に解放した。
バタバタと俺が倒れて行く。
分身を倒しても経験値は入らないが、これでもう、俺がハクハで復活するのは絶望的となった。
「さーて、残るは二人か。流石に、たった二人じゃ、復活はしていないみたいだね……。でも、念のために殺しておきますか」
例え確率は低くても目障りだから殺そうか。
ユウランが二人いる俺の内、カナツさんに近くで姿勢正しく待機していた俺に銃を構えた。
「リョータ、借りるよ!」
分身だけが残っていても意味はない。
カナツさんは、そう判断したのか、俺を掴んで、思いっきり、玉座の前に投げつけた。人形のように飛んでいく。
「ふふっ。仲間をそんな風に使うなんて、カラマリ領は、仲良しこよしの領じゃないんだっけ?」
そんな軽口を叩く余裕がユウランには有った。人間一人を飛ばす腕力は凄いが、放物線を描いて飛んでいく。
山なりの投球では避けることは容易いようだ。
それどころか、宙を舞う俺に向かって、銃弾を放った。
地面を転がりながら、布を赤く染めていく。
どうやら、左手に当たったようだ。
「残るは一人、ですか……」
銃弾で撃たれても、表情一つ変えない俺は分身だと判断したようだ。
もう一人の俺も間抜けな顔をして立っているだけ。
これでは、俺は当てにならないと思ったのだろう。
カナツさんは、横たわっているトウカちゃんに聞いた。トウカちゃんがハクハ全員の戦闘データを持っていることは、既に伝達済みだ。
なにか、少しでも有益な情報を得て、この場を切り抜けようと考えたようだが、
「ざ、残念ですが、今の私には――なにも出来ません」
意識を保つだけで精一杯だと言う。
当たり前だ。
誰がどう見たって少女が負っていい傷ではない。
「困ったなー。シンリに文句も言ってないのに、逆に殺されそうだぜ!」
殺されるかもしれないと言いながらも、カナツさんは何処か楽しそうである。
常識知らずなカラマリの大将に、トウカちゃんは、体を起こして笑った。
「そもそも、大将が乗り込んできたら、こうなることは分かると思いますが?」
「うーん、リョータが平気だから、私も平気かなって」
「彼には『経験値』と言う利用価値があるからですよ?」
他領の大将なんて、殺す以外に価値はないでしょうとトウカちゃん。
「そりゃそうだ。うん。残った一人も、分身みたいだし、私は逃げるけど、トウカちゃんはどうする?」
「……私はハクハに残ります。まだ、〈ハクハの信念〉を捨てたわけじゃないので」
これだけの被害にあっても、少女は自分の信念を貫くことを選んだ。
ここで引いてしまったら、完全に、自分の声が届かなくなると、気付いているようだった。人を従えるには、自分が先陣を切らなければならないのだと。
二十歳を越えた俺でもできないことを、トウカちゃんは、やってみせた。
「そっか。わかったよ。なら、私は一人で逃げるよ!」
「逃がすわけ気ないでしょって!」
トウカちゃんの意思を尊重して、一人で背を向けて玉座から離れようとするカナツさん。だが、大将を殺すチャンスを見逃してくれるほど、ユウランとミワさんは緩くない。
それぞれが同時に銃弾と鞭を振るう。
「リョータ! また借りるね!」
しなる鞭と走る銃弾を、俺に押し付けた。
仲間を大事にするはずの領が、分身とはいえ、盾にして逃げる。その行為が面白いのか、ユウランは、「惨めですねぇ」と、子供らしからぬ悪意を込めて笑った。
カナツさんを笑うか。
……それでいい。
俺は吹き出しそうになるのを堪え、倒れていた。
玉座の横で。
ユウランもミワさんも気付いていない。
カナツさんに投げられ、銃弾で撃たれた俺に――意識があることを。
いや、まさか、投げ捨てた相手に、銃弾を撃ってくるとは思わなかったのだけれど、なんとか痛みを押し殺すことができた。
それが、逆にユウランが俺を分身だと判断したようだ。
……こっちは狂人達のせいで、多少の痛みには免疫が付いてるんだよ。
それに、なによりも、池井さんが殺されてるんだ。
そう考えれば、腕の一本に弾丸が当たった痛みなんて――大したことはない。
まあ、そう言えば格好いいけれど、実際は弾丸が皮膚を僅かに抉っただけなんだけどね。
ともかく、俺は分身の振りをすることで、自由に動く機会を得た。
カナツさんが背を向けて、逃げたのは、俺から視線を反らすため。カナツさんに投げられることで、ユウランたちの背後に回った俺が、ゆっくりと移動したことに、ハクハの人間は気付いていなかった。
「我ながら陰湿な作戦だぜ……。でも、シンリがいなかったのはでかいな……」
本当は、この作戦はシンリの前で使うはずだった。俺の分身の振りが通用するのか、作戦の肝だったのだが、幸いなことにユウランに、〈戦柱〉を任せて席を外してた。
そう考えると、幸運に救われていると言うべきなのだろうが、ともかく、俺の目の前には怪しい光沢を持った黒い石碑が立っていた。
探し求めていたハクハの〈戦柱〉だ。
「あとは、これを攻撃すればいいのか」
俺はそっと手を触れる。
そうすることで、俺の力を説明する文字が浮かんでくる。トウカちゃんは俺が〈戦柱〉を攻撃して、アサイド領と同じ目に合うことを望んでいた。
だけど、本当にそれでいいのだろうか?
ただ、〈統一杯〉を妨害するだけの亡霊となって生きる。そんなことしていいのか?
「なんて、本心は全然違うんだけどな」
単純な話で――俺は人を殺すのが怖いのだ。
〈統一杯〉の願いで生き返らせればいい。
それは分かる。
でも、生き返らせることと、命を奪うことは違うんだ。
俺は土通さんのようにはなれない。土通さんは何を思ってハクハの騎士を殺したのか。
自分が同じ立場になって、その異様さがようやく分かった。
「俺にはできない」
〈戦柱〉に触れただけで充分だ。
俺はそう考えて、触れていた手を放した。
否。
俺の手が、肩から離れたのだ。
根元から、連なる刃に切断された。
「っ……、なぁ!!」
この武器を使う男は一人。
カズカの刃は布ごと切り裂き、意思を持って動いていた俺の姿を露わにさせる。
腕を抑えて悲鳴を上げた俺を見て表情を変えた。
「はーっはっは! お前ら、二人そろって何やってるんだよぉ? え、これ、俺がいなかったら、ハクハ滅んでんじゃね? 使えねぇー幹部たちだな」
人のミスを見つけ、喜々として騒ぐカズカ。
「大将も逃がして戦柱も守れないって、お前たちヤバいだろって」
「カズカ、いつからそこにいたのよ? だったら、あなたも同罪でしょ?」
カズカが立っていたのは、部屋の扉。
カナツさんが逃げた場所だ。
同じ場所にいたのならば、逃がすことなく殺せたはずだとミワさんが指摘する。
だが、
「いつからでもいいだろ? 俺がいつからいても、お前たちが守れなかったころは確かなんだからさぁ」
言い合うハクハの幹部たち。
今の三人は隙だらけだ。
これなら、最後に足掻いてみてもいいだろう。
まだ、生きていてくればな。
俺は祈りを込めて分身たちを見つめる。
ミワさんに首を絞められた分身たちは――使えない。
なら、残っているのは、カナツさんが盾に使った俺だけだ。最後の一人は、扉の近く、カズカの横で、頬から血を流していた。
銃弾を喰らったにしては、遠目からだが血が出ていないような気がする。
……ユウラン、まさか『拳銃』の扱いが苦手なのか?
いや、違うか。
ユウランには殺意がない。その答えが命中率の低さなのだ。
適当に狙いを付けていたから殺意がない。
そういうカラクリなのか。
『拳銃』の威力を知った人間ならば、自然とそっちに意識が向く。
それに対して、ユウランは意識を相手から反らす。
殺意がないのではない。
殺意を感じさせなかったのだ。
ならばと、最後の望みを込めて視線を移すと――「すっ」と意識が抜けていくのを感じた。目を開くと視界が変化しているのが分かる。
カズカの声がすぐ隣で聞こえてくる。
どうやら、まだ生きていたようだ。
しかも、右腕を失った身体よりは調子がいい。
俺の予想通りに、ユウランの銃弾は浅かった。
死にぞこない人間など、警戒していないのか――カズカの顔面は隙だらけ。
このチャンスは逃せない。
俺は痛みをかき消すように叫び声を上げ、カズカの顔に思い切り拳を振り抜いた。
俺の右手に――確かな感触が残った。
人を殺すことは出来なくても、怒りをぶつける位はするさ。
俺だって人間だからな。
ただの『経験値』じゃないんだよ。
「よくも……池井さんを……」
狂人を俺は睨んだ。
ここで一発殴ったところで、俺の気分は晴れないのだけれど。
50話達成!
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