15話 策士と詐欺師は紙一重
「さてと、ちょっとばかし無駄なことに時間を取られちまったが、カラマリ領の二人が――しかも、参謀と異世界人の組み合わせだ。まさか、戦いに来たわけじゃないよな」
仲間割れを再度仲裁したジュウロウさんが言う。
いや、無駄な時間も殆ど身内で起こしたことだし、そもそも、クガン領には戦いになど来ていない。ハクハ領の拳銃について話に来ただけなのだ。
それが、追い返され、土通さんが居たことで話すべき内容が変わっただけだ。
「まさか、戦うなんてそんなつもりはないですよ。俺たちが来たのはハクハ領が未知の武器を持っていることを伝えに来たんだ。土通さんは知ってるよね? 『拳銃』を……」
俺が注目すべきは、もう一人の異世界人の表情の変化だ。俺の中でハクハと繋がっている可能性は完全には消えていないが、この状況で話を聞いて貰うには、こちらの意思を示さなければならないと俺は判断した。
怪我を負った策士がなにか言いたそうにしているけれど、こうなれば言ってしまったもの勝ちだ。
はっはー。
策士に勝ったぜ。
「拳銃……? 聞いたことないな。クゼは知ってるのか?」
「ええ。知ってるわ」
反応を見るとは言ったが無表情。
変化がなければ読み取ることもできない。
「で、なんでそれをわざわざ私のクガン領に教えにきたのかしら?」
「おい、クゼ。クガンはお前のモノじゃない。俺たちのだ」
自分のモノみたいな顔をするなとバイロウさん。
この人、空気読んでくれないかな? いや、多分、カナツさんももしも俺が、「俺のカラマリ領」とか言ったら怒るだろうけどね!
そして、帰って殺されるね!
……俺がカラマリ領といい関係を築けてるのって、やっぱ、経験値として何回も死ねるからなんだろうなー。
「まあ、いいから、落ち着けってバイロウ」
「……兄さん」
「まあ、確かに教えに来たのに突き返したのは悪かったよ。でもさ、俺らは比較的友好関係にあるだけで――敵だぜ? 敵に情報を与えて何がしたいんだよ?」
ジュウロウさんが穏やかな兄貴分の視線から、危険極まりない殺気を放つ。
そりゃそうか。
大将が慕っているんだから、強いに決まってるよ。
殺気に押された俺に代わって、サキヒデさんが言葉を続けてくれた。
「ですから、まさか、クガンにも〈戦柱〉から異世界人が召喚されているとは知らなくて。ただ、少しでもハクハの戦力を削いで貰えるように忠告をしに来たわけです」
「まあ、お前たちの言う通り、ハクハにも異世界人がいるとなれば、厳しいわな」
「分かって貰えて何よりです。では、私達はこれで――」
「ちょっと、待ってくださいよ。俺たちは情報を開示したんだから、土通さんも一つ答えてくれって! 等価交換ってやつだろ?」
「なにを言ってるのですか。私達の目的は情報を与えること。あのクゼ様――と言う女性の存在も知れただけでいいでしょう」
「でも……」
俺はこれだけは知りたかった。
今まで諦めて、適当にその場しのぎで暮らしていたけれど、俺一人じゃない。そして、俺とは別にこの世界に来たかもしれない土通さんを見て、心の内側から蓋していた気持ちが溢れてきた。
その感情は
自分の世界に戻りたいと言う思いである。
今の環境が嫌なわけでもないし、地球に戻って何かしたいわけでもない。
でも、もしも帰る方法があるならば知っておきたい。
その為に土通さんにも協力しあえると思ったのだ。
だから、
「帰る方法って知ってるか? 知ってたら、一緒に帰ろうよ」
俺は聞いてしまった。
少し、感情が高ぶってしまっていたのかも知れない。
「何を言ってるのですか? 今、帰られたら、我々カラマリ領は――!」
俺の言葉に驚くのはサキヒデさん。
まだ、〈統一杯〉は中間。
しかも、他の領も戦力は強化されている状態。俺だけいなくなっては困るのだろう。
「別に今すぐって訳じゃないさ。この世界から帰る方法があるなら知っておきたいってだけです」
帰る方法を知っても〈統一杯〉の間は残るよとサキヒデさんに言う。
完全に信じてはいないサキヒデさんが何かを言う前に――、
「本当に何も知らないのね。可哀相な男」
俺を蔑んだ。
「残念だけど、私は何も答えるつもりはないわ。じゃ、これで話は終わりね」
仲間だと思っていた土通さんは、クガンの大将達を連れて岩山から降りていこうとする。結局、俺が求めた展開にはならなかった。
がっくりと俺は肩を落とした。
「っと、そうだ。俺、他にも話すこと残ってたから、バイロウとクゼは先に行っててくれ」
「……何を話すの?」
「はは、別に小さなことだよ。気に済んな」
「分かった。クゼ、行くぞ……」
土通さんは二人の指示に従うのを拒絶しようと態度を示したが、ここで自分が残っては、話しが振り出しに戻るだけだと堪えたようだ。
戦に向かった軍に、ハクハの情報を伝えに行かねば意味がないとでも考えたのだろうか。
いや、土通さんが、そんなことは考えないか。
「いやー、悪いね。最初追い返しちまってさ。そのことをちゃんと謝ろうと思ってなー」
「……」
この男。
俺たちを見ているが、言葉を投げたのは岩山を下る土通さんに向かってだ。二人の姿が見えなくなると、ジュウロウさんは、残った本当の理由を俺達に告げた。
「ま、折角、怪我人と異世界人が残ってくれたわけだ。異世界人の力がどんなものかは知らないが、このチャンスを逃すわけにはいかねぇよな。本当はバイロウと一緒に殺したかったけど、クゼが、妙に俺達の殺気を気にしやがるから、いなくなって貰ったわけだ」
「土通さんが……?」
「ま、見た所、お前はそこまで強くなさそうだから、二対一でも――」
そこまで聞こえた時――俺は腹部に痛みを感じた。
「お前……! なにしてるんだ!?」
敵であるジュウロウさんが驚いた。
それもそのはずである。
俺の腹部を迷うことなく、突き刺したのはサキヒデさんなのだから。
必要最低限の武装として腰に携えていた小刀を引き抜く。腹部から血液と共に、ぬめりを帯びた内臓が噴き出そうとする。
俺は両手で傷口を抑えて声を絞り出す。
「な、なんで……、サキヒデさん……」
「約束したでしょう。使えなければあなたを殺すと? 私の忠告を聞かず、ここに残り、そして殺されそうになった今、あなたの使い道は、生贄のみです」
「生贄……」
人間に対してどころか、何に対してもいいイメージを抱かない言葉を俺は繰り返した。
「ええ。と言う訳で、私の手で我らの異世界人を殺しました。これでどうか、私だけでも見逃してくれませんかね? どう頑張ってもこの怪我では、私が足で纏にしかなれません。こんな私を守って戦ったのでは、彼はどうせあなたに殺されますよ」
挑んで二人共殺されるならば、私だけでも生き残ります。
サキヒデさんはそう言った。
全く、もっともらしい理由を付けてくれるぜ。
「はーはっは! お前は相変わらず合理的だな。2人死ぬなら、自分の手で一人が生き残る道を作る。嫌いじゃないぜ? そういう覚悟」
「ありがとうございます」
サキヒデさんはそう言って山から下って行った。
俺が死ななければサキヒデさんに経験値は入らない。だとしても、少しでも距離を取ってレベルの変化を悟られないようにしたのだ。
抜け目がない。
死を待つだけの俺に、ジュウロウさんが言う。
「ま、あいつがいる領に呼び出されたのが、お前の死因だよ。少なくとも、俺達、クガンに来れば、こんな死に方はしなかったのにな」
その言葉を最後に、手を合わせて去っていく長身の男。
閉じられる瞳ではその全貌が見れなかった。
……。
策士と詐欺師は紙一重と言うが――まさにその通りだな。
俺はクガンの門で命を落とした。
そう――計画通りに。