14話 クガンの大将とお兄さん
「分かりました。なら、俺はここに残るんで、サキヒデさんは一人で帰ってください」
一人で知らない領に残るのは嫌だけど、協力をして貰えないと言うのでは仕方なしだ。俺一人でも土通さんから話をきいてやるぜ!
呼吸を荒くして、門番に突っ込もうとする俺だったが、まだ、サキヒデさんの拘束は解放されていなかった。
いや、いつまで握ってるんだよ。
「一人で言ったら、あなたが異世界の人間であることがバレてしまうでしょう」
「別にバレたっていいじゃないですか。どうせ、土通さんと会った時点で、相手には伝わってるはずですし」
「ええ。分かっています。だからこそ、一人で行かせるわけには行かないのです。あなたは、自分の能力を包み隠さずベラベラと話してしまいかねませんからね」
全ての領に異世界人がいると仮定した場合、有利に立つにはその人間がどんな力を持っているのかと言うことである。
これまでにも、俺のように裏でサポートする人間もいれば、戦の前線に立って戦う人間もいたようだ。
「もしも、あなたの能力がレベルを上げるための経験値だと知られれば、戦場には出てこないことがバレてしまいます。そうなったら、相手のことを知らない我々が後手に回らざるを得なくなるでしょう?」
「そうだろうけど、じゃあ、サキヒデさんは土通さんが死んでもいいのか?」
「さっきも言ったでしょう。潰し合ってくれるならばそれでいいと」
「マジかよ……」
惚れたように見えたのにな!
好きな人を守るために戦うのが男だろうと俺はその場で地団太を踏む。
しかし、サキヒデさんは、『綺麗だと思ったこと』と『好きである事は違う』と冷静に言う。
「なんのことですか? 訳分からないこといっていないで、でさっさと帰りますよ。なんだったら、帰りは私がずっと背負って行っても構いませんから」
……なるほど。
アイドルに本気で恋する人間がいないようなもんかと俺は一人納得する。
サキヒデさん、もしも、俺の世界にいあら、アイドルの追っかけとかしそうだなと思ったことは内緒である。
そんな訳で、土通さんを見捨てることに、大した感情を持たないサキヒデさんは、俺にとって得を与えることで、引く言い訳を作ろうとする策士だった。
楽できるのは確かに魅力的だ。
だが、帰りだけで言えば、もっと楽に、そして短時間で帰還する方法を俺は思いついていた。一人で実行するのは怖いけれど、サキヒデさんの協力があれば、誰も損しない方法だ。
それは勿論――、
「俺が死ねばカラマリ領に一瞬で戻れる。帰る距離分の時間を俺にくれないか?」
「……しかし」
「大丈夫。俺は絶対に自分の力は言わないですから! 今、気を付けることを教えてくれたら全部守る。だから、土通さんの元に一緒に来て欲しいです!」
「……はぁ。分かりましたよ」
「やった!」
「ええ。ここで言い合ってる時間が勿体ないですしね。それに……どちらにしても手遅れみたいですから」
クガン領の門の中から、ハクハとの戦に向けた軍勢が進行を始めたのであった。
◇
軍を率いていたのは5人の男女であった。
レベルを感じ取れない俺でも、先頭を歩く彼らは普通の兵士ではないと直感していた。まあ、服が派手だからそう感じただけなんだけどね!
「ほう。カラマリ領の参謀がまだいたのか。追い返すように指示はしたつもりなのだが? 面白い。ここは俺が残ろう。お前たちは先に行け」
そう指示する男が――クガンの大将らしい。
……。
俺、大将にばっかり会ってるな。
藍色の髪で片目を隠した男。
服装は――なんていうのかな?
海兵とかが着てる制服に近かった。これもまあ、独自にアレンジはされているけれど。
カラマリ領は和。
ハクハ領は西洋ぽかった。
で、クガンは海兵か……。こんな岩山に住んでるのにな。
「ええ。そのつもりだったんですけどね。残念なことに――一緒に来た仲間が帰りたがらないで」
俺たちの横を幾人もの兵士が通り過ぎていく。こんな山頂で育っているからか、誰もが屈強な筋肉を持っていた。
身体が太かった。
筋肉量とレベルはまた違うのだろうかと、俺はふと疑問に思ったのだけれど、まあ、それは今じゃないよな。
クガンの大将は一人で残ると言っていたが、結局、三人が俺達と向かい合っていた。
一人は、俺を睨むクガン領の大将。
必死にどうでもいいことを考えていたが、視線は俺に向けられたまま。
何となくだけど、この大将、狼っぽいんだよなー。
高貴な感じだんだけど野性味があるっていうかさ。
純粋に血に飢えていたシンリより、裏をかくのは難しそうだ。
「誰だ……貴様は?」
声までかけられてしまった。
……うん?
俺を知らないのか?
残った三人の中には土通さんもいる。彼女は俺のことを大将に報告していないのだろうか。ならば、ここは適当に誤魔化せるかもしれないと、口から出まかせを吐こうとしたが――、
「バイロウ。こいつにレベルはないみたいだ。クゼと同じだな」
やっぱりバレた。
良かったー、適当なこと言わないで。
「……ありがとう、兄さん」
俺にレベルがないことを見抜いた男は、どうやら大将のお兄様であるようだった。
じゃなきゃ、命令に背いてこの場に残らないか。
「気に済んなよ。でも、サキヒデは気を付けろ。こいつ、レベルがかなり上がってやがる。一体、どんな方法を使ったんだかな」
大将である男はバイロウと言うようだ。
改めて二人を見比べると、確かに似ている気がする。しかし、弟であるバイロウを狼とするならば、この兄は犬に近い狼みたいな感じだ。
ボルゾイ的な?
身長も高いし凛々しい。
仕事の出来る男感が半端ないぞ?
カラマリ領で言ったらサキヒデさんに近い。
「やれやれ。あなたがそうやって甘やかすから、5位という順位にいるんじゃないですか――ジュウロウ?」
「おいおい。やめてくれよ。俺は怪我人を虐める趣味はないんだ。お前って昔から、虐めて欲しい願望が強いよな。まあ、本人が望むなら、敵えてやらないこともないけど?」
……。
キャラが近いのは互いに分かってるのだろうか。
分かりやすく挑発をしあう二人の男達。
少なくとも、今の二人に仕事を任せようと言う人間がいないだろうな。
「言うじゃないですか。レベル68の分際で」
「数字でしか測れないのかよ……、だっせーな、お前は。レベル以上に怪我してるんだから、俺が勝つのは目に見えているぜ?」
悪徳眼鏡とボルゾイのどちらが強いかと言う、レベルの低い会話に痺れを切らしたのは、大将であるバイロウ――ではなく土通さんだった。
「いつまで下らないことを言ってるのかしら。そんな下らない、程度の低い会話をこの私に聞かせるために、この場に残らせたのであれば、私は失礼するわ」
そう言ってこの場から去ろうとする土通さん。
俺はちょっと待ってくれと挙手をした。
「はい! 土通さん! ちょっと聞いてもいいでしょうか!?」
「……はぁ」
「ちょっと、無視しないでくださいよ!」
「相変わらずあなたは、いちいち、五月蠅いわね……。黙って死ぬこともできないのかしら?」
黙って死ぬという言葉にサキヒデさんが僅かに動いた気がした。
どうやら、俺の力が既に知られているのかと警戒したようだが、安心して欲しい。土通さんに死ねと言われることは俺に取っては日常的な物なのだ。
むしろ、挨拶より多い。
「流石の俺も、そんな簡単には死ねないですよ。そんなことより、土通さんはいつ、この世界に来たんですか? 来てたなら早く言ってくださいよー」
「……そんな偶然、同じイベントに参加してたみたいなノリで言うのやめて貰えないかしら? ここ異世界よ?」
一応は俺の話を聞いてくれるようだ。去ろうとしていた足を止めて言葉を返す。そして、いつ来たのかという俺の質問に答えようとした時――、
「クゼ……。余計なことを言うな。些細なことであれ敵に情報を与えることはない」
「ええ。勿論分かってるわ。ただ、前から言ってるわよね。大将だかなんだか知らないけど、この私に気安く命令するなと」
「ふん。まだ言うのか。やはり、お前は面白いな……。ならば、どっちが上か試してみるか?」
「私は構わないのだけれど?」
俺がいつ来たのか質問しただけで、仲間割れを始めるクガン領。
……。
まあ、それはいいとして、俺の横で「やれやれー」と小声で煽るサキヒデさんがどこか寂しかった。
「おら、敵とは言え、人様の前でみっともない姿を晒すな、バイロウ。お前は大将なんだから、もっと、堂々と構えろって」
「兄さん」
クガン領は大将が一概に偉い訳ではないのだろうか。
少なくとも俺が見てると兄であるジュウロウの方がしっかりしてそうだし。ともかく、そのお兄様のお陰で、仲間割れは収まりそうだ。
改めて土通さんに質問しようとしたが――。
「相変わらず兄さん、兄さんと情けない男ね。そういうのね、私達の世界で何ていうか知ってる? ブラコンって言うのよ」
何故か、再び挑発するのであった。
好戦的な毒舌は相変わらずだ。本当、先輩じゃなかったら、いくら美人とは言えども付き合えないよなー。
もしくは、あの先輩の幼馴染だからこうなってしまったのか。
とにかく、仲良く変人に二人して育ったことは間違いなかった。