13話 勝つべきための優先事項
「あ……、土通さん! おーい!!」
俺はクガンの城壁内に消えていく背中に向かって、大きな声で呼びかけた。距離からすれば5メートルほど。俺の声が聞こえていないわけじゃないだろうに、脚を止めることなく姿を消してしまった。
「無視された……? でも、土通さんもこの世界に……?」
無視されたことはいつものことだからいいとして、この世界に同じ世界の人間がいた。そっちの方が重要である。どうやら、この世界に来ていたのは、俺だけじゃなかったのかと、少しだけだが安心した。
「でも、ここを普通に通って行ったよな?」
土通さんは俺達が入れてすら貰えなかったクガン領の門を、普通に通り過ぎて行った。それが一体何を意味するのかと言えば――彼女がクガン領の人間であると言うこと。
「つまり、土通さんは、クガン領の〈戦柱〉に呼び出されたってことか?」
異世界人が呼び出されるのは〈戦柱〉である。もしも、俺の考えが正しいとすると、カラマリ領の主たるメンバーたちが全員揃って否定したことが現実に起きていた。
これは一体、どういうことなのだと答えを求めて参謀を見た。
……。
何故か、顔が赤いサキヒデさん。
俺と目が合うと、食い入るように近づいて、
「あんな綺麗な人といつ、知り合ったんですか? ずっと、領の中にいたと思っていたのに……、いつの間に……」
俺の体を大きく揺らす。
えー、この人何言ってんのかなー?
俺の反応で気付くだろうが。
サキヒデさんの腕を振りほどいて俺は言う。
「本当に参謀ですか!? この世界に来てから知り合ったんじゃないって、同じ世界の人間なんですよ!」
人が真面目に考えている横で、この男は一体何を考えていたのだろうか。怪我をしているとはいえ、策士の残念な対応に俺は大きく失望した。
いや、違うか。
外に出てない俺が女性と知り合うよりも、〈統一杯〉で異世界人が二人現れることが信じられないんだ。だから、こんなふざけた態度をあえて取ったのだ。
うん。
サキヒデさんの態度はそう言うことにしておこう。策士の態度はこれでいいとしても、土通さんが存在していることは事実だ。故に少しは考えて貰わないとな……。
「つまり、二人目の異世界人がこの世界に存在してるってことです!」
土通さんが俺と同じ世界の人間であることは、この世界の住人が持つというレベルを確認すれば、俺と同じく何も表示されないだろう。それこそが証拠になる筈――だったのだが、この参謀さんは未知の存在に対してレベルの確認を怠ったらしい。
この数日でサキヒデさんの評価が下降気味なのは本人の責任だ。
俺は悪くない。
そう言えば、クガン領の門番たちと顔を合わせるときは、全てサキヒデさんがやってくれていた。それは門番が俺のレベルがないことに気付かせないようにと言う気遣いだったのか。
と言うことは、俺、アレだな。仮に門の中に入ることを許可されたら、俺、ここで一人留守番を命じられていた可能性があるな。
やられたな、これ……。山登りは下りの方が楽だと思われがちだろうが、ここは普通の山じゃない。
岩山だ。
ロッククライミングをする場所もあった(勿論、そこもサキヒデさんに背負って貰った)。
そんな場所を一人で下るのは不可能。俺はここで待つしかできないのだ。
……。
俺はサキヒデさんを嵌めやがったなと言う視線で睨む。
あ、睨み返してきた。
赤らめた頬で、何を思って睨んでいるのだろう。可愛いとしか感じない。
なるほど。
サキヒデさんはああいうクール系がタイプなわけか。俺からすればカナツさんもアイリさんもかなり美人ではあるけれど、確かにクールな感じはない。
しかし、まあ、土通さんは無理だろうな。
なんたって、先輩の彼女なんだからな。
優しい俺はそのことを告げずに(頬を赤らめているサキヒデさんが面白いので泳がせてみる)、彼女は俺と同じ世界から来た人間だと教えて上げた。
「彼女の名前は、土通 久世。俺と同じ世界から来たんですよ」
「……馬鹿な。そんなことは在り得ません。〈統一杯〉で現れるのは、最下位の領に一人と決まっているのです。でなければ、我々が――」
一位になるのが絶望的になる。
そう言いたかったのだろう。
それは単純にクガン領に負けると言う訳ではない。いくら、タイプの女性に目を奪われたサキヒデさんでも、ハクハの未知の武器が――異世界人によって与えられた可能性が強まったことに辿り着いたようだ。
いや、土通さんがひっそりとハクハ領に『武器』の情報を与えたという事も考えられる。クガン領にいたのが、別の人だったらどうか、その線は薄いだろうが、何せ、土通さんだ。
やりかねない。
というのが俺の感想だった。
サバゲ―が好きだから武器の構造にも詳しいだろうし。
それに、ねぇ。
俺も一度だけ土通さんと先輩に誘われてサバゲ―に参加させて貰ったことがあった。先輩と土通さん。それに会社の同僚たち。いつものメンバーに、サバゲ―仲間が加わって20人くらいいたかな。
いや、人数はどうでもいいか。
とにかく、俺はそこで土通さんと同じチームになった。なったって言うか、初めてのサバゲ―と言うことで、土通さんが同じチームで教えてくれると自ら立候補してくれたのだ。
で、いざ、スタートしてみると――俺は後ろから土通さんに撃たれまくった。
あの時のサングラス越しに見た土通さんの形相は今でも焼き付いている。
行っとくけど俺、何も悪いことしてないからね?
そんな悪魔のような女性だ。
自分が楽しむためならば、呼び出された領土関係なく遊びかねない。
「あの女性は本当にあなたの知り合いなんですね?」
「まあ、そうだけど……」
「そうなると、少し話が変わってきますね」
異世界の人間が一人ではないと言うのであれば、これからの戦方針も考えなければと顎に手を添えた。奇遇なことに俺もサキヒデさんと全く同じタイミングで同じポーズを取るのだった。
そんな俺を見てサキヒデさんが言う。
「おや、どうしました? なにやら考え事があるみたいですが?」
「……その、知り合いってことが気になってしまって」
散々のように土通さんの性悪エピソードを語ってみたけれど、ここは異世界なのだ。
偶然、会社の先輩の彼女と出会うなんて在り得ないだろう。
俺はこの世界に来る前の出来事をもう一度思い起こす。先輩たちとキャンプをしていて、目を覚ましたらこの世界に居た。
当然、先輩の彼女である土通さんも参加していた。
俺、先輩、上司、同僚二人に土通さん。
合計6人の男女がキャンプを楽しんでいたのだ。
ん?
六人?
……。
あれれー、偶然かなー?
〈統一杯〉は6領が戦ってるぞー?
まさかとは思うけど土通さんだけじゃなくて、あの場にいた六人がこの世界に来ているなんてことはないだろうか。
土通さんの存在と数の一致。
偶然とするにはいささか整い過ぎている。
俺は戦の中でここ数か月でレベルがない相手がいなかったかをサキヒデさんに聞いた。
「つまり、あそこにいた人間がこの世界に……? あの、サキヒデさん。俺がこの世界に来てから他の領と何度か戦ってますよね?」
「え、まあ。それは勿論」
「じゃあ、そこでレベルのない人間を見たことはないですか?」
「……私はないですね。それに話も聞きません」
「となると、俺と同じく他の領もその存在を隠しているのか? まあ、そこは土通さんに話を聞いてみるしかないか。よし! では、クガン領に侵入しましょう!」
異世界人がいたらもっと騒ぎになっているか。そうなると、出来ることは土通さんに話を聞くことだけか。ならば、彼女に話を聞くためにクガン領に入らなければ。
なに、入れて貰えないならば忍び込めばいいだけのこと。大した案も持たずに、俺は土通さんに話を聞こうとクガン領に向けて歩き出す。
流石に考えなしに敵陣に飛び込む俺をサキヒデさんが止めた。
ようやく冷静に戻って来たらしい。
「ちょっと待ってください。なにが「よし!」なのか、全くわかりません。一人で迷って一人で解決しないでください」
全然良くないですよと俺の肩を掴んだ。
「えー、参謀なんだからそれくらい分かってよ」
「……参謀はなんでも知ってるわけじゃないんですよ? ましてや人の思いなど」
「なるほど。まあ、ようするに俺と同じ時期にこの世界にきたのかどうか、本人に聞きにいこうという訳です。それに……。いや、これはいいか」
土通さんがいると言うことは、もしかしたら、他の領に先輩たちがいるのかどうかも分かるだろう。
その答えを求めて行きましょう。と今度こそ、クガン領に侵入を試みるが、やはり掴まれた腕は固定されたままである。
「あのー」
放してくださいと掴まれた腕に力を込めるがビクともしない。
悪徳眼鏡はレベルも高いから力も強いのだ。
「……今は彼女から話を聞くのが優先ではありません」
「え?」
「いいですか? これから、クガン領も我らカラマリ領も戦が始まるんのです。あなたの言う通り、彼女の他にもいるというのであれば――大将に伝えに行かなければなりません」
俺の考えは俺に取っては同じ世界の仲間がいると言う希望なのだが、サキヒデさん達からすれば最悪のケースなのだ。
全ての領に、特殊な力を持った人間がいる。
しかも、カナツさんたちは最下位だった自分たちの特権だと信じ込んでいる。
これから戦うのは最下位の相手だ。
だが――もしも、相手に異世界の人間がいると知らなければ、ハクハ領の長、シンリとの戦いの二の舞になる。
何も出来ずに敗北する。
それは避けなければならない。
今から引き返せば戦には間に合うかもしれない。
故に引き返そうとサキヒデさんは言うのだ。
「え、ちょっと待ってくださいよ。じゃあ、土通さんはどうするんですか?」
「……別にいると分かればそれで十分でしょう。それに、これからクガンはハクハと戦います。互いに潰し合ってくれれば、私達に取っては幸運でしょう」
「……っ!!」
ああ、そうだ。
3か月仲良くしていたから忘れていたけれど――俺と彼らは住むべき世界が違うのだった。自分達が〈統一杯〉で勝つためならば、俺の知り合いを見殺しにする。
まあ、俺の知り合いなのでサキヒデさんは関係ないだろうけどさ!
実に論理的な答えを、我らの参謀ははじき出したのだった。
「惚れたんじゃないのかよ……」
小さな俺の反論は、見下ろす雲に吸い込まれていった。