9話 経験値としての意地
「ねぇ、リョータはあの『武器』を知っているの!? 知ってるなら、なにか弱点がないか、私に教えてくれないかな!」
仲間たちを全員避難させたカナツさんが、ただ、祈りながら戦いを見守る俺に話しかける。
カナツさんにした忠告から、俺がシンリが使っている『拳銃』を知っていると思ったようだ。頼って貰えることは嬉しいけど、でも、一般人の俺は『拳銃』の弱点など思いつくわけもない。
精々、漫画で仕入れた知識のみ。
それも既にクロタカさんが実践している。
「すいません。俺、あんまり詳しくなくて……」
「そっか。でも、本当になんでもいいんだ。じゃないと、クロタカが……!」
小さなことでも良いから教えてくれと肩を掴まれた。思いのほか強い力に思わず顔を顰める。それだけ、カナツさんも必至と言うことだ。
自分の小さな脳みそから、僅かでも『拳銃』に関する記憶を引っ張ていると、カナツさんが自分の腿を殴った。
「な、なにしてるんですか!?」
「クロタカが戦ってるのに、何も出来ない自分が悔しくて……」
カナツさんは言う。
「クロタカがやってみせた、あの防御法。私も出来なくはないだろうけど、でも、失敗する方が高いんだ」
『殺気』を読むとクロタカさんは簡単に言っていたが、シンリは全ての攻撃全てに込められているらしい。俺には、ただ高速で『武器』を振るっているようにしか見えないのだが。
とにかく、防ぐべき攻撃は『銃弾』だけではないということ。僅かな『殺気』の変化を感じ取れなければ、『銃弾』は愚か、通常の攻撃すら防ぐことはできない。
「そこに私が入ることで、拮抗してる戦況を崩してしまいかねない。そっちの方が危険だ」
その辺は俺には分からないが、プロのジャッジだ。
俺が口を出す必要はない。
それは分かっていても、つい口を滑らせるのが俺である。
「クロタカさんの方が押してませんか?」
銃弾の軌道から外れては刀を振るう。
リーチの短い小刀を使う素早い戦法。ヒット&アウェイを仕掛けるクロタカさんを、捕らえきれていないようだ。
このまま行けば、ハクハ領を倒せると期待しているのだが、全く違うと早口で否定された。
「シンリの奴は、クロタカの狙いに気付いている。だからこそ、あえてあの『武器』を使っていないんだよ」
シンリは『拳銃』を使う気はない。
その存在を見せつけながら回避に専念しているのだと。言われてみれば、『拳銃』を気にして攻め手に欠けるクロタカさんを、薄ら笑いで避けていた。
戦ってるんじゃない。
遊んでいるのだ。
……マジかよ。
「クロタカが押してるように見えるのは、勝負を急いでいるからだ。『殺気』の変化に気を配って戦うのは、クロタカでも消耗は激しいはずだ」
俺は急いで拳銃の情報を引き出すが、残念なことに元の知識がなければどうしようもない。
結果、無駄だった。
「すいません……。俺じゃ力不足です」
「そうか……。ならば、ここは――。例え拮抗を崩すことになっても、一か八か二人で戦うほうがマシかな。どうせ、このままじゃ、カラマリ領は負けるんだから」
二人で挑んでもようやく倒せるか分からない強さ。
レベルで勝っているにも関わらずにか。
『拳銃』の武器を持っているとは言え――なんか、アレだな。
俺の存在を否定されたみたいだな。
『経験値』としてレベルを上げる。そのことに対して、カラマリ領の皆がそれで喜んでくれているから、少しばかり天狗になってしまっていたのかも知れない。
レベルだけでは埋まらない個体差。
この三か月。
俺が殺され続けたことがばかみたいだ。
ならば――その俺の小さなプライドを賭けて、勝てはしなくとも、一矢報いろうではないか。
イタチのすかしっぺを舐めるなよ?
あれ?
すかしっぺだっけ?
まあ、いいさ。
とにかく、足掻いてやるってことだ。
「弱点は分からなくても、この場を抜け出す案は思いついたぜ……? はっはっは、実は俺、サキヒデさん以上に策士なのかもな」
「本当に……?」
クロタカさんとカナツさんが二人そろって離脱する方法があると。
一か八かで二人が殺されるよりも、二人揃って逃げた方が、今後の為じゃないのかと俺は言う。
「それはそうだけど。でも、逃げるのも正直キツいと思う」
自分が思い付かないのに、戦初体験の俺が見つけ出したことに、カナツさんは驚いたようだ。そうだ、もっと驚くがいい。
俺の案があれば、シンリという奴から一瞬の隙を作れるだろう。
そして、カナツさんとクロタカさんの実力ならば、一瞬の隙があれば事足りる。
「大将。ここにいるのは、なにもお二人だけじゃないと思いやせんか?」
こーこーに、俺がいる。
と、自分の指で自分を指した。あえてお道化た動作をするのは、別に怖くないと見せつける為。そして自分の恐怖を和らげるためだった。
そこで、カナツさんは俺の考えを察したようだ。
「お前、まさか……」
「そう。簡単な話で俺が囮になればいい。あのハクハ領の大将さんに『経験値』を与えるのはマズいだろうけど、クロタカさんとカナツさんが殺されるよりはマシでしょう?」
シンリの強さに忘れそうになるが、これはハンディ戦。
この戦が終わってすぐに、違う領と戦わねばならないのだ。いくら順位が低かろうが、主戦力の三人を失っては勝てる確率は低くなる。
なら、シンリのレベルを上げてでも、この場を切り抜けるべきではないかと俺は提言した。
「でも……リョータはいいの? その、もしかしたら、痛めつけられるかも知れないんだよ?」
カラマリ領では、決められた場所で、決められたタイミングで、最小限の痛みで殺されることが約束されていた。
そして、約束通りに殆ど痛みなく俺は『経験値』となっていた。
だが、相手は残虐に人を殺して見せたシンリだ。
どうやって殺されるか分からない。もしかしたら、拷問をされるのかも知れないと、カナツさんh心配してくれるが――、
「安心してください。それくらいの覚悟は――、うん。今作りました」
痛みを味わいたいとは思わない。けど、自分は死んでも生き返ると分かっていながら、お世話になってるカナツさん達を見捨てるのはもっと嫌だ。
三か月と言う短い期間ではあるが、痛みを味わってでも守りたいと思う位には絆を感じていた。
それに、ほら、「死んでいい人間がいない」って言うのは、死んだらお終いだからだろ? もしも、全ての人間がいたら、そんな綺麗事を言っていたのだろうか。
案外、地球上の全員が俺と同じような力を手にしたら、『取り敢えず死刑』とかが流行語になるかもしれないじゃん?
……いやー、怖いからブラックジョークが湧いて出るぜ。
俺は少しでも余裕に見せるように自分のジョークで無理やりに笑う。
「安心してくださいよ。今も量産されてる俺は、畑仕事してるだろうから――戻ったら報酬くれればそれでいいっすよ」
「……ごめんね、リョータ」
カナツさんが申し訳なさそうに頭を下げた。
あれ?
俺の強がり見抜かれたのかな?
「じゃあ、行ってきます!」
俺は精一杯格好つけて言うが――しかし、その声は震えていた。
これじゃあ、カナツさんに、強がりだって見抜かれるのも当然だわ。というか、強がり以外の何物でもないじゃんか。
恥ずかしいな、おい。
「てか――」
これ以上、立ち止まっていたら足が動かなくなる。
自分の両足を何度も殴って痛みを与えた。ジンジンと内側から湧き出る痛みが、同じく湧き上がる恐怖と混じって和らげる。
「よし!」
俺は雄叫びを上げながら橋を渡る。
突如として現れた、意味不明な叫びと、二人からすれば鈍過ぎる全力疾走に、何事かと動きを緩めた。
走る俺を見て、一瞬で相手にする必要のないザコだとシンリは判断したのか、直ぐに二人の戦いに戻ってしまう。
シンリはともかくとして、クロタカさんは、俺が弱いの知ってるんだから、「来るな!」ぐらい言ってもいいんじゃないかな?
俺だって頑張ってるんだから。
まあ、いいか。
相手にされない方が好都合だ。
俺の視界に金色の髪が映る。
『拳銃』の音もしていない。
これなら、俺の捨て身タックルが当たるだろう。
作戦通りだ。
全身全力でぶつかれば、敵の大将の気を一瞬くらいは引けるだろう。俺は肩に走る衝撃を期待するが――期待した衝撃はないままに、俺の意識が途切れた。
なるほど。
どうやら、俺は殺されてしまったようだ。
あれだけ格好つけたのに……恰好悪すぎる死に様だった。