勇者が初めて殺した魔物は友達のスライムだった
顔が涙でぐちゃぐちゃだね。ふふ、みっともないよ。ほら剣が震えてるよ。ちゃんと構えて。
君はーーーー勇者だろ。
ねぇ……勇者くん。君は初めて僕と会った日を覚えてる?
僕はよく覚えてるよ。あの時、怪我をしていた僕に君は躊躇もなく薬草を使ってくれたね。
助けてもらっといてあれだけど……正直僕は何だこの人間、って思ったよ。
だって僕はスライムーー魔物。君は勇者ーー人間。魔物と人間は仲良くしちゃいけない。それも勇者がなんて尚更だ。
それでも君はなんの躊躇もなく僕を助けた。そんな変わった君に……僕は興味が湧いたんだ。
遠くから眺める君は面白かったよ。毎日毎日修業して、師匠みたいな人に怒られて泣いて……かと思えば褒められたら笑って。
よく表情が変わる奴だなって思ったよ。まったく……人間の勇者としてはダメなんじゃないか?
それと、何で隠れて見にくる僕に君は気付けたんだい? 岩陰に居ても木陰に居ても、いつも君は僕を見つける。
気配が分かるって奴なのか。流石勇者だね。……おかげでまるで僕が君に会いに来てるみたいだったじゃないか。まったく不本意だよ。
君は僕に色々話したね。町のこと、修業のこと、辛いこと……楽しいことは余り話さなかったね。
まあ勇者なんて茨の道だからしょうがない。というか魔物に言葉が通じてると本気で思ってたの?
……通じてるんだけどね。
話を聞いてい分かったのは…………君が優し過ぎる事かな。本当にこいつ勇者なのかなって疑ったぐらいだよ。
素養は紛れもなく勇者だけどさ…………優し過ぎるよ。それの極みがあの事件だね。
あの時は本当に驚いたよ。だって真夜中にさ、森の入り口をプラプラしてたらさ……血塗れの魔物の子供を抱いたボロボロ君が走って来るんだもん。
何事かと思ったよ……本当に。
話を聞けば囚われて虐め殺されそうだったからこっそり助けて来たって? 危ない事をするなあ。
魔物の子に抵抗されて傷だらけだし、足はボロボロだし……ここまでどれくらい遠いと思ってるんだよ。
魔物の子が虐め殺されようと、君には何の関係もないだろうに……本当に馬鹿だね。
しかもそのままぶっ倒れるし。まったく……僕が居なかったらどうしてたんだよ。
あの後、魔物の子を親元まで連れてってさ。言い訳が大変だったなぁ。まさか人間が助けてくれたなんて言えないし。
その後はぶっ倒れてる君を……。はぁ、あれはほんと僕もどうかしてた。人間を助けるだなんて。
倒れてる君を安全な場所まで引きづり薬草を上げて……はぁ。魔物が人間を助けるなんて前代未聞だよ。
眠る君の側で一晩中考えてたよ。何でこんな事をしてるんだろうって。…………惹かれていたんだろうね。
いつの間にか、君に惹かれていたんだ。
一緒にいて楽しい。一緒にいて欲しい……そんな存在に君はなっちゃったんだ。ほんと……どうかしてる。ありえないよ。ふざけてるよ。
君と過ごす日々は楽しかったよ。でも……これは永遠じゃない。最初から終わりの分かっていた話。
君は勇者。僕は魔物。2人は相容れない。君は人間を救わなければならない。これから沢山の魔物を殺さなければならない。魔物に憎まれなければならないんだよ。
そんな勇者が魔物と仲良くちゃダメだ。
君は話してたね。今度初めて魔物を殺す試験があるって。…………そんな事はしたくない。僕には出来ないって。
……勇者は魔物を殺さなければダメなんだ。そして君は勇者として生きるしかない。
だから、僕が君を勇者にしてあげるんだ。
「どうした! 勇者よ早くそのスライムを殺せ!」
ほら、師匠が怒ってるよ。……君はさぞかし驚いただろうね。殺す特訓の相手が僕だなんて。ふふ、その為にワザと捕まったんだ。
「うっ……うう……」
中々出来ないみたいだね。……多分君は他のそこらへんの魔物なら、どうにか殺していたかもしれない。でも、それは中途半端な心でだ。
それじゃあ君は真に勇者に慣れない。勇者たるには僕を殺さなければならないんだ。君の友人である魔物の僕を。僕との繋がりを断ち切る事で君は勇者になれるんだ。
……しょうがない。こんな時の為にこれを覚えてきたんだ。
(ふふ、中々出来ないみたいだね)
「……えっ」
驚いてる。そりゃあそうか。これは人間に思いを伝える秘術。
(君は勇者にならなければならない、そうだろ?)
「あ……」
(それは僕を殺せば成就される。僕の死はきっと君の心に残るから。そうすれば君はきっと勇者になる)
「っ……うう」
僕の死は君にとっての祝福……あるいは呪いかも知れない。でも、君は勇者にならなければならない。それは、よくわかって筈だ。
(分かっているだろう。さあ……やれ!)
「うっ……う、うわあああああああ…
ああああ!!」
剣が僕に振り下ろされる。ああ、これでいい。僕の死は君を勇者にする。君は優しいから、僕の死を無駄にしない為にも、君は死ぬまで勇者たろうとするだろう。
さよなら、君の道にひかりあれーーーー。
■ ■ ■ ■
「まったく。スライム一匹殺すのに何を躊躇しているんだ」
お師匠様は呆れたように僕を叱責する。
足元のぐちゃぐちゃになった水色の友達を見る。……最初から分かっていたんだ。勇者は魔物と仲良くしてはいけないって。
でも、出来なかった。仮に今を乗り越えたとしても、きっとどこかで躊躇してしまう。それは勇者として命取りだ。
……その事を君は分かっていたんだね。だから、君は身を持って僕に刻んだんだ。勇者は魔物を殺さなければならないという事を。
僕は忘れない。忘れることも出来ない。君の血で濡れた手は、呪いの様に躊躇なく魔物を切り裂くだろう。
悲しくは無い。僕は君の血で勇者に、今なったんだ。
だけど、この瞬間だけは泣かせて欲しい。
「う、うわあああああああああっ!」
……さようなら。青い友達。