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ちょっとしたテクニックで他のプレイヤーに差をつけよう!

作者: ぜんざい

「おお……すげぇなこれ」


 生まれて初めて経験するフルダイブ式VRMMO。キャラを作成してログインするやいなや、シバは思わず感嘆の声を漏らした。ゲームのスタート地点は森の中にある小さな村なのだが、青々とした木々の色合いといい、地を踏みしめる感触といい、現実とまるで変わらない感覚だったのだ。


 ぐるりと辺りを見渡すと、木造の民家の壁にもたれかかる全身甲冑の美丈夫がいた。装備からして高レベルプレイヤーであることが察せられる彼は、初心者しかいない村の中で非常に目立っている。シバは彼に近づくと、無造作に片手をあげて声を掛けた。


「うぃっす木村。リアルと顔違いすぎじゃね?」


「ゲームの中でくらいイケメンになりたい。それと、ゲーム内でリアルの名前を呼ぶな」


 気安く受け答えする彼はシバの現実での友人だ。そもそもこのゲーム自体、彼から「新規ユーザー紹介ボーナスが欲しい。協力してくれ」と言われたのが始めるきっかけだった。


「へいへい。じゃあ、キャラ名を教えてくれよ。あ、俺のキャラ名はシバな」


「僕のキャラ名は聖戦士ヌチョヌチョだ」


「なんだそのフレンドリストに登録したくなくなる名前……」


 文句を言いつつ、お互いにフレンドリスト登録を済ませる。


「さてシバ。紹介ボーナスだけ貰ってオサラバというのも薄情だ。レベル上げやクエストを進行するなら手伝うぞ。さすがに極端なパワーレベリングは出来ないようになっているが、それでも手伝いがあれば結構効率が良くなる」


「ありがとよ。けど、俺はVRMMOどころかオンラインゲーム自体初心者だからな。せっかくの初体験だし、自分のペースでのんびり進めようと思う」


「分かった。なら、せめてこれを受け取ってくれ」


 そういって聖戦士ヌチョヌチョがトレード画面を表示させる。そこには防具一式がトレード待ちの状態で待機されていた。等級はレア。5段階あるレアリティ等級の上から3番目だ。


「ホワイトリザードシリーズと呼ばれる防具一式だ。レベル10から全職装備可能な防具で、防御力はそこそこだが便利な特殊効果が付いている。ちゃんと強化すればレベル40までは余裕で使っていける。あ、タンクをする場合は別だ。その場合はレベル30までがいいとこだな」


「なんかよく分からねぇけど、凄そうだな。こんなの貰っていいのかよ?」


「構わない。このゲームがサービスを開始して二ヵ月。僕のレベルは既に50を超えていて、もはや無用の長物だ」


 トレードを受諾して装備を受け取ったシバ。誤って捨てないよう、おっかなびっくりロックをかける。


「……それに、今からホワイトリザードシリーズを初心者が手に入れようとするのは難しい」


「なんだ、やっぱり珍しい装備だったのか? 返そうか?」


「返さなくて良い。……ゲーム開始当初は珍しいというほどでもなかったんだが、今はとあるギルドがホワイトリザードシリーズをドロップするレアモンスターを独占している。メンバーを交代させつつ24時間体制でポップを監視していて、モンスターが湧いた半秒後には狩られている」


「なにそれこわい」


 24時間体制? オンラインゲーム初心者のシバからすれば狂気の沙汰だった。


 その時、シバにふとある考えが浮かぶ。


「なあ、木村」


「聖戦士ヌチョヌチョだ」


「……聖戦士ヌチョヌチョ。さっき言った通りクエストの進行とかは自力でやるつもりでいるんだけどさ、そういう、暗黙のルールっていうか、実際にプレイしてないと分からないような知識があったら教えてくれないか? 気がつかないうちに変なことやらかしそうで怖い」


「なるほど。確かにローカルなルールまでは攻略ウィキに書いていないこともあるしな」


 そう言うと聖戦士ヌチョヌチョはシバを村の外へと連れて行った。深い森の中、やけに丁寧に整備された一本道が続いているのが妙にゲーム的でシュールだ。また、よく分からない毛玉のような生き物がそこらをポンポンと跳ね回っている。恐らく、モンスターだろう。


「この跳ね回っているのはこのゲームのマスコット的なモンスター、モココだ。非アクティブモンスターで、こちらから攻撃しなければ何もしてこない。こいつを使って戦闘でよく使われる小技というか、ちょっとテクニックを幾つか教えたいと思う」


「よろしく頼む。……しかし、小動物っぽくて殴るのに躊躇するな」


「ちなみに、好物は人間のハラワタという設定だ」


「設定怖っ!」


 シバが知る由も無いことだが、このゲームのモンスターは倒すと全てのプレイヤーが初期から所持している図鑑に登録され、設定を読むことができる。ちょっとしたオマケ要素なのだが、可愛いモンスターに限って残虐であったり、恐ろしいモンスターにもの悲しいバックストーリーが付与されていたりと、運営の闇が溢れている。


「シバのジョブはソードマンだな?」


「ああ。公式サイトの紹介文に初心者向けって書いてあったから、素直にそうした。近接物理職って分類だな」


「ちょうど僕も近接物理職のナイトだ。近接物理職の基本的な動きなら教えられる。まずは移動からやってみよう」


「移動?」


 普通に歩くなり走るなりではダメなのかと、訝し気な表情をするシバに聖戦士ヌチョヌチョは告げる。ここはゲームなのだから、ゲームに合った動きが必要なのだと。


「試しにジャンプしてみてくれ。垂直に、思いっきりだ」


「こうか? ……うおっ! なんかメッチャ跳んだ!」


 リアルのシバはさほど運動が得意では無いのだが、飛び上がった高さはそれ以前の問題だった。まるでトランポリンでも踏んだかのように、体が大きく浮き上がる。


「このように、リアルではありえないような動きが出来る。これが大前提だ。次に、助走をつけて跳んでみろ。斜め上へ跳ぶイメージで」


 聖戦士ヌチョヌチョの指示に従ってみると、今度はスキーのジャンプを思わせる勢いで体が飛び出した。


「早っ! 高っ! 怖っ!」


「高所恐怖症のプレイヤーがこれでゲームを諦めたりもする。まあ、それはどうでもいいとして。このダッシュジャンプは着地の際にタイミングよく地面を蹴ると連続でダッシュジャンプを繰り返せる仕様だ。そして、この移動は普通に走るよりちょっとだけ早い」


「まさか、通常移動代わりにピョンピョン跳ねろっていうのか?」


「当たらずとも遠からずだな」


 そう言うと聖戦士ヌチョヌチョはその場で垂直に飛び上がって見せた。先ほどのシバと同じように、本来跳べるわけもない高さまで到達する。そして、上昇する時以上の速度で落下した。それは重力を無視した明らかに不自然な落下速度だった。


「アクションゲームで、落下中に下方向にキーを入れると早く落ちるのがたまにあるだろう? それと同じ要領で、腰のあたりを中心に下方向へグッと体重をかける感覚で体を操作してみろ。こうなる」


 当たらずとも遠からず。聖戦士ヌチョヌチョの言葉が脳裏によぎる。シバは何となく彼が何をさせたいのか理解できてしまった。


「あと、その場で足踏みをすると助走をつけた判定が発生する。今まで説明したことを組み合わせると――」


 聖戦士ヌチョヌチョはその場でリズミカルに足踏みをする。四歩目で地面を強く蹴り、ダッシュジャンプ。その直後、加速落下。接地と共に連続ダッシュジャンプ。以下エンドレス。その結果


 ガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタガタッ!


 聖戦士ヌチョヌチョが超高速で上下に振動しつつ前方へと恐ろしい勢いでカッ飛んでいった。


「――こうなる」


「なりたくねぇ! ミシンの針かお前は!」


 やはり超高速で上下に振動しつつもの凄い勢いで戻ってきた聖戦士ヌチョヌチョに、シバは思わず声を荒げた。シバがやりたいのはファンタジーな冒険であって、奇怪な動きで行われる前衛的パルクールではないのだ。


 聖戦士ヌチョヌチョは肩をすくめる。


「そうは言ってもな。これが出来ないと、野良でパーティーを組んだ時に白い目で見られるぞ」


「マジで!?」


 頷く聖戦士ヌチョヌチョの目は何処までも澄んでおり、掛け値なしに本当なのだと言外に告げていた。


「近接物理職は前衛だ。前衛は、後衛より前に立たなければ話にならない。誰よりも早く、前へ。そのためにこの移動法は必須技能だ。初心者のうちは出来なくても構わないが、レベル30を超えてもノロノロと走って移動しているようでは、パーティーを組んだ相手から掲示板に晒されるぞ」


「ネトゲ怖い」


「すぐに慣れる。次に教えるのは攻撃方法だ」


「……普通に剣で切り付けるんじゃダメなのか」


「それでもダメージは入るが、無駄が多い。これはゲームだ。当たり判定さえ発生すれば、物理攻撃力に従ったダメージが発生する。つまり、渾身の力で振り下ろした刃と、切っ先が触れるか触れないかの刺突が同等のダメージを生む」


「えぇ……?」


「高速移動しながら、攻撃範囲ギリギリでチョンと敵をつつく。強力なスキルの無い序盤ではこれが大事だ。高レベルになっても、応用的に使うことは多い」


「俺の想像してた剣士と違う」


「そうか……? 剣士とはそういうものだろう?」


 聖戦士ヌチョヌチョはすっかりこのゲームに毒されているようだった。


「他にも色々なテクニックがあるぞ。うつ伏せ状態で手足を振ると走っていると判定がされる使用と、ダウン中は無敵という仕様を組み合わせて、ダウン後に立ち上がらず手足を振ることによって無敵状態のまま前進し続けられる通称ゴキブリ匍匐前進とかは前衛だけじゃなく後衛もよく使うな。危険な攻撃の前にわざと弱い攻撃でダウンして、致命傷を防ぎつつ安全地帯まで移動するんだ」


「……」


「ソードマンがレベル5で覚える挑発とレベル8で覚えるスピンエッジがあれば雑魚狩りによるレベル上げが飛躍的に楽になる。スピンエッジは回転しながら剣で切り付ける攻撃だ。別にスキルが無くても似たような動きはできるが、ダメージの倍率が大きく異なるし、何よりスピンエッジは移動しながらの攻撃が可能なうえ、スキルレベルに比例して回転攻撃数が増え、おまけに移動速度が上がるバフが短時間つく。高速移動で挑発をばら撒き敵を集めつつ高速で回転して雑魚を溶かしていく姿はまるで独楽だ。ネットの掲示板などで“ベーゴマ”という単語があったらこのレベル上げ法の事を指す。慣れないうちは酔うが、何度か吐いて強制ログアウトをくらっているうちに慣れるから問題ない」


「……」


「そうそう、忘れてはいけないのがバックステップだ。空気椅子の体勢になって腰を後ろに引っこ抜く感覚で体を操作すると、何故か姿勢を崩すまで高速で後ろに延々とかっ飛び続ける。通称尻ロケット。前への高速移動と違って方向転換が全くできないが、一直線を移動するなら今発見されている中で最速の移動方法だ。町から町への移動にはこれを使うことも多い。それから――」


「ごめん、俺、このゲームはやめとくよ」


「なぜに」


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― 新着の感想 ―
[良い点] 昔懐かしいバグゲー [気になる点] ガタガタと酔う挙動をするバグはVRモノとしてはさすがに修正対象かなぁと思う。 [一言] 初心者あるあるw
[一言] バグじゃねーか! こういうノリ大好きですw
[良い点] とても面白かったです 友人の名前が出るたびに笑ってしまい、前方にカッ飛ぶくだりで大笑いしてしまいました
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