表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
8/60

五日目 1

 五日目の朝、救助は来ない。

 昨夜の晩に何とか完成させた日よけの中で彰浩は膝を抱えていた。省吾の切ってきた二メートル程度の木を数本砂浜に立てて作ったタープは、風通しが良く中で小さな火を焚くことができるし広さも横が五メートル、縦が十メートル程と十分に広い。形も半円であったパラシュート生地の中心を使ったため、運動会の時に立ち並ぶテントを三つほど並べたほどの大きさがあった。その分、重さもあるので支えるために何本もの柱を必要としたが。

 ただし男女入り乱れて雑魚寝という訳にもいかないので、残った二つのパラシュート生地も就寝場所として、背の高い彰浩の届く高さの枝に結び付けて同様に背の低いタープも作った。そちらは横が三メートル弱、縦が五メートル程のものだ。しかし半円の端にあたる部分の生地なので、形は少々歪で先に行くほど細くなっているが、風もあまり通らないので女性陣はそこで寝ている。

 食料は沖縄銘菓――ほとんどがぱさぱさのちんすこうだ――と引き潮の時に浜辺に現れるタコ貝のみで何とか空腹をしのいでいる。皆疲れ切った顔をしていたが、フェイと話し合った隼人が空元気を振り絞って大きなタープの中に皆を集めた。



「動けるうちに食料を確保しておいた方がいい、だって」



 隼人の通訳を介して、フェイは話す。



「まずは森に行って木の実や植物を集める。この前言っていた樹液の流れる木が手近にあるならそれでもいい。しかし奥には危険な動物がいるかもしれないから、砂浜を目視できる深さまでだ。泳ぎに自信のある者は海に入ってもらう。昨日子供たちが見つけた潮だまりも調べ、危険のなさそうなものは魚貝を捕獲する。しかし安全が確保されるまで……特に海辺を調べる者たちには素手で生物を触れてはいけないと注意してくれ。棘に毒を持つ魚もいるからな。集め終えたら、今日は可食性のテストを行う。安全かどうかわかるまで、誰も口にするな」



 特にお前と笹原だ、とフェイに念押しされてしまった彰浩は彼の指示通り食べられそうな植物を探しに森へと入った。

 今回はフェイとジェシカ、隆太と省吾も一緒だ。隼人と依里奈は泳ぎが得意らしく、今頃シュノーケリングジャケットを着て海へと潜っているだろう。その他の人間は蒸留の手伝いか、砂浜を歩いて貝などを探している。


 散開して森を探していると、彰浩は足下に小さなどんぐりのようなものを見つけた。しかし記憶にあるどんぐりよりもずっと小さく、色も黒い。しゃがみこんでそれを観察していると、がさりと、彼から数メートルほどしか距離のない茂みが揺れた。彰浩の脳裏になぎ倒された樹液の木がよぎる。息を殺しながら茂みを見つめていると、その中から大きなねずみのような生き物が姿を現した。


 おそらくねずみ、である。体長は四十センチほど。赤茶色の毛に包まれていて、小さな犬くらいの大きさだ。そのねずみはヂッと鳴きながら足下に散らばるどんぐりのようなものを拾っては口に運び、拾っては口に運びを繰り返している。彰浩はこのどんぐりに毒がないことも、茂みに潜んでいた生物に危険性が低いことも確信したが、そのねずみから目が離せないでいた。

 ねずみの動きに合わせて、三角の大きな耳が揺れる。長い尻尾もゆらゆらと揺らいでいた。そう、どこからどう見ても、耳と尾は猫のそれなのである。彰浩は再び現れた不思議生物に、ここは日本ではないと悟った。


 彰浩が呼吸も忘れて見入っていると、視線を感じたのかねずみは――いや、猫ねずみはヂッと鳴いて茂みの中に隠れてしまった。訪れた静寂に、彰浩はほっと息を吐く。まるで狐につままれたような気持で、彼は足下にちらばるどんぐりもどきを拾い集めた。





 二時間ほどで本日の採集は終わったが、成果は中々のものだった。彰浩の拾い集めたどんぐりもどきを始めとして、白い木苺のような果実、外側は緑色で割ると白くやわらかなアボカドのようになっている小さな土鍋サイズ――直径二十センチほどだろうか――の果実、長いものような果実が採れた。海ではタコ貝が二つと昨日彰浩も見た中身が透けている貝や、やけにハサミ部分が大きく不格好な蟹が採れている。

 米村の見つけた樹液の出る木に傷をつけ、木の枝を伝わせて下に空になったペットボトルを設置してきたので、明日には十分な量が溜まるだろう。森にも海にも生物は潤沢すぎるほど生息しているらしく、報告を聞いたフェイはほっと息を吐いた。

 しかしその成果を前に、何も知らない子供――麟太郎(りんたろう)美香(みか)の兄妹だ――以外は難しい顔で黙り込んでいた。何も知らない子供たちがぐんにゃりと力を失ったタコ貝をつつく中、おずおずと鈴子が口を開く。



「……見たことない生き物、ばっかだよね」

「俺も海辺の生物に詳しい訳じゃないけど、普通に売ってるものとは違うと思う」

「アメリカの市場、こんなのないよ」

「築地だって、んな深海魚みてぇなもん売ってねぇさ。しかし外道の類でもねぇな」

「あたしら、いったいどこに流されちゃったの」



 青い顔で真凛が呟くと、それに釣られるように女性陣が大きくため息を吐いた。しかし落ち込んでいても救助が来るわけではない。いつも通り冷静なフェイの指示に従い、可食テストを行う。


 可食テストとは、世界標準で定められている植物の毒性を確かめるテストだ。ジャングルや湿地を始めとした非文明圏を旅する冒険家たちが使用しているらしい。

 ひょろりとしたアウトドアとは無縁そうであるフェイの口から語られるアウトドア法は、己を語ろうとはしない――とは言っても、彰浩には言葉が通じないため意思疎通が難しいので寡黙なように感じる彼ではあるが、実際のところジェシカを始めとした英会話可能な人物たちには多弁である――フェイの謎がまたひとつ増えたような気がした。


 まず、テストは植物の一部分だけに限られる。茎や葉は食べることができても花や実に毒のある植物も存在しており、他の部位が食べられるからといって安易に他の部位を食べてはいけない。今回はほとんどが一部位しか採集していなかったので、部位ごとに分ける作業は割愛する。

 次に強い香りや酸味のような匂いがしないかをかいでみる。これは香草を始めとした強い香りを放つ植物もあるので、匂いだけではその植物が可食性のものか判断できないが一応手順に入っているそうなので試した。


 次に、植物を手首か肘の内側に置き、パッチテストを行う。本来ならばこの時点で八時間ほど絶食をしなければならないが、既に朝食に沖縄銘菓を食べてしまったことには目をつぶる。要は、他に怪しいものを口にしなければいいのだ。

 毒性などあれば十五分程度で反応が起きるそうだが、フェイも反応がどのようなものかよく知らなかったためそのままの形で十五分、何の反応もなければ切るかすりつぶすかして汁を出して十五分、計三十分のパッチテストを行う。



「あのね」



 蒸留した水以外は口にできないパッチテストの最中に、横で参加者の様子を確認していた鈴子がおずおずと口を開く。



「皆気づいてると思うけど、時差がある。っぽい。最初は私の時計、壊れたかなって思った。でも隼人のも、依里奈のも、隆太のもずれてる……から」



 そう言われ彰浩も自分の腕時計へと視線を落とす。仕事でも使う防水性の無骨な黒の時計は十七時過ぎを刺していた。

 彼らの体感時間としては午前中で、頭上に太陽が煌々と輝いている。彰浩も時計のずれに気づかないわけではなかったが、今まで誰かと突き合わせて見ることもなかったので単に故障だと思っていたが、他の時を刻んでいる時計と比較してみても時間のずれは精々五分前後だった。



「だからここは、日本じゃないのか。他にも気になったことがあるけどそれは……ちゃんと検証して、わかったら…………言う。言うから」



 悲壮感たっぷりに泣き出しそうな顔をした鈴子はそれっきり黙り込んでしまった。真凛が彼女を励ますように声をかけているが、表情は暗い。気の利いた言葉ひとつ思い浮かばない彰浩はむっつりと口を閉じ、肘の裏に載せた植物をじっと見つめることしかできなかった。



 この時点で白い木苺のような果実のパッチテストを行っていた隼人の腕が赤くかぶれ、ひりひりと痛みだしたので木苺の実は省く。隼人はすぐに蒸留水で腕を洗ったので大事はないようだ。

 彰浩の採ってきたどんぐりはねずみ猫が食べていたためジェシカに譲った。代わりに彼のテストしていた長芋のような果実は割ると中が赤黒い色だったためこの段階で引っかかるかと思っていたが、彼の腕は三十分経った今でも何の問題もなく、拍子抜けだ。


 パッチテストを通過した植物は笹原によって真水で茹でられる。もちろん、食材ごとに鍋を海水と真水で洗い貴重な水を変えている。もしひとつでも毒素のある植物が混じっていた場合に、他の植物への汚染を避けるためだ。

 茹で上がったものを小さくナイフで切り、舌の上へと乗せる。三分ほど待って焼けるような痛みやかゆみを感じなければそのまま舌の上に十五分間乗せ続ける。どんぐりもどきも白いアボカドも赤い山芋もどきも特に問題はないようだったので、少し噛んで更に十五分間舌の上へと乗せる。

 フェイから「絶対飲み込むな」という指示があったので従ったが、口を開けていると中が乾燥するし、閉じていると唾液が必要以上に分泌され中々難しいテストである。


 特に問題がなければそれを飲み込む。ジェシカはどんぐりもどきを一粒、彰浩は赤い山芋を一欠けら、省吾は白いアボカドを一欠けらのみ込んだ。

 ジェシカ曰くどんぐりもどきはふやけたカシューナッツのようなほんのりとした甘みがありおいしいらしい。彰浩が飲み込んだ赤い山芋はほくほくとしていて甘みのないジャガイモのような味と歯ごたえだった。省吾は白いアボカドをまったりとして甘みがあり、溶けたアイスクリームのようだと称していた。確かに省吾の食べた白いアボカドは煮込むとどろりと形をなくしてしまっていて、見た目からも生クリームを使ったアイスクリームのように見える。


 それから八時間は彰浩たちは何も口にできない。他の仲間たちが昼食にちんすこうと安全性が照明されたタコ貝を食べるのを横目に、水だけをちびちびと口に運び浜辺で時間を潰す。

 いつしか米村と隆太もはさみの大きな蟹と透明な貝の中身を植物と同様にテストし、被験者枠に加わりぼうっと五人で穏やかな海を眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ