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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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三日目、四日目

 夜が明けた。この砂浜で二度目の朝日だ。三日経ったが救助隊は未だに来る気配はない。探索ヘリどころか民間の船すら見かけた者もなく、フェイの言う七十二時間を信じてきた者たちには何の兆しも訪れない三日目の朝日は絶望と共に登ってきた。


 誰もが気落ちする中、フェイと彰浩、ジェシカ、隼人は流れ着いた荷物の確認をしていた。

 まずは衣類。拾ったスーツケースは七個に増えていたが、大半が衣類だった。自分のスーツケースが流れ着いたのは真凛だけで、他は見知らぬ誰かの着古しに袖を通している状況だ。それに男物の島草履が六つ見つかったため、ヒールを履いていたジェシカ、真凛と革靴で歩きにくそうにしていた米村とフェイに配布されている。

 次に食料。主にちんすこうを始めとした沖縄銘菓ばかりだ。さんぴん茶の水だしパックが複数見つかったのでこれを飲み物にする予定だ。大人はともかく、子供は何の味のない水を飲みたがらない。日差しが強い砂浜では、水分補給は欠かせないものだ。


 後は旅行用の洗面用具もいくつか見つかった。彰浩にとって幸いだったのは剃刀が見つかったことだろうか。あまり生えないとはいえ無精ひげを晒すのは忍びない。真凛たちも石鹼やシャンプーが見つかったことに喜びの声をあげていた。水が多くはないとはいえ彼女たちが身だしなみを整える程度には確保できている。

 幸いなことに使い捨てライターも七つ集まっていた。これはほとんどが米村の鞄の中から出てきたものだ。ついつい溜めちゃうんだよね、と彼は苦笑いしていたが、現状としては安定して火種が確保できるのは米村のおかげだ。


 そして初日から焚きつけとして活用している旅行雑誌が何冊かと、琉球グラスが四個、琉球陶器の茶碗が六つ――これは蒸留装置の水の受け皿部分に使われている――と十徳ナイフが一本。

 流れ着いたスーツケースの内一つがシュノーケル用のものだったのか、シュノーケルのついたゴーグルが六つ、フィンと呼ばれる足ひれが四つ、ビーチで使うらしいマリンシューズが四足、マリングローブが四組、ダイビングナイフが二つ、シュノーケリングベストと呼ばれる救命胴衣が四つとウェットスーツが二着ぎゅうぎゅうに押し込められていた。



「ナイフが見つかったのはよかったっすね。これで魚が捌ける」

「タコ貝も、骨取るできるね」

「いざとなれば潜って食べ物も採れますし」

「まあそれは、最悪の場合の話っすよね。まだ数日は今ある食料でも何とか保つでしょうし」



 体力を温存するために海水の蒸留とタコ貝の捕獲のみを行い、残りの時間は木陰で体をゆっくりと休める方針を取る。彰浩、依里奈、省吾、隼人の体力がまだ十分にある四人は森へと枯れ枝を拾いに行く余裕があったが、女性陣を始めとした他の仲間たちはぐったりとした様子で砂の上に四肢を投げ出していた。

 皆疲労を感じているが、疲労を回復するための十分な食料もなく、砂浜はわずかな距離ですら足をかすめ取り体力を奪っていく。森の中も落ち葉や倒木、茂った草たちが行く手を阻みお世辞にも歩きやすいとは言えない。舗装された道ばかり歩いてきた現代人にとっては、立っているだけでも疲れを感じる島だ。


 珍しく感じていた白い砂浜に青い海も、三日も眺め続けていれば飽きがくる。体力を温存するためにゆったりと過ごす時間は、彰浩には随分と長く感じた。





 四日目の朝、浜辺には色とりどりのスーツケースが打ち上げられていた。「潮目が変わったのだろう」とフェイが言う。彰浩を始めとした数人が海へと入り、ぷかぷかと海を漂うスーツケースを回収した。赤いもの、黄色いものと観光客のスーツケースが多かったのか、中には衣類と沖縄土産ばかりだ。新しい食料の出現に、気落ちしていた者たちも諸手を上げて喜んだ。

 自分の使っていたスーツケースが流れ着いた者もいる。依里奈だ。彼女は新品のコミカルなシーサーが描かれたTシャツを皆に配り、珍しく笑顔を見せていた。



「依里奈の変な趣味も役に立つことがあるんだ」



 真凛が呆れた顔で呟く。彼女曰く、依里奈は変な柄のTシャツを集めることが趣味だそうだ。確かに、今彼女が着ているTシャツも「沖縄醤油」と言った達筆な文字が大きく印刷されているものだ。旅行先に着ていったものはマシな方で彼女の家には部屋着以外には使えそうもないおかしな服が溢れかえっているらしい。そういいながら微妙な顔で笑っている真凛の胸元にも今は、シーサーが「飲め飲め!」と一升瓶を掲げている。


 潮が運んできたものはスーツケースだけではなかった。顔色の悪い遺体が四体、全て引き上げて初日に亡くなった女性の隣へと並べ、余っている衣服を上から被せて黙とうした。

 しかし悪い知らせばかりでもない。彰浩が砂浜に蛍光ピンクのスーツケースを引き上げていると、隼人の叫び声が聞こえた。



「おい! 息がある!!!」



 彼がそう言って砂浜へと運んできたのは、十歳程度の小柄な少女だった。体は冷え切っており唇が紫色に染まってはいたが、か細い呼吸が確かに聞こえる。体を拭いて服を何枚も被せ、たき火の前でジェシカが後ろから包み込むように少女を抱える。



「あっためろ!」



 ジェシカの指示で温存されていた枯れ枝がどんどんとたき火に追加され、大きく炎が燃え上がった。たき火の近くは暑いくらいで、ジェシカも汗だくになりながら真水で湿らせたハンカチを少女の口元に当てて水分補給をさせている。

 やがて少女の震えが収まり穏やかな寝息に代わる頃には、ジェシカが熱中症で倒れそうになったハプニングもあったが、皆がほっと胸を撫で下ろした。


 嬉しい知らせは他にもある。荷物の中に二つほど、厳重に包装された段ボールが見つかった。表面には天地無用だったり壊れ物注意だったり、配送員に注意を促すシールがべたべたと貼ってある。ずしりと重い箱が波に浮いていたことに首を傾げたが、中を開くと納得した。中身の半分以上が大きなエアークッションだったのだ。

 これほど厳重に梱包してあるので中身は電化製品か何かか、と慎重に梱包をはずしていくと想定外のだが彰浩たちにとっては幸運な品物が入っていた。



「じゃ、読み上げまっす」



 同封されていたリストを手に持ち、隼人が中身を確認しながら読み上げる。



「パラシュート、一」



 真凛が草色のパラシュートを広げた。注釈によると、ドラッグシュートの傘部分で直径は十メートル程度だそうだ。厚手の丈夫な生地で、水をはじく素材でできている。円を半分にしたような形状で、これがあれば土鍋を使わずに日光で蒸留ができるかもしれないとフェイが喜ぶ。



「三つ折りスコップ、二」



 隆太が小さく折りたたまれた鉄素材の何かを取り出す。隼人の説明では組み立てて使うスコップで、帆布のような草色の袋に入っていた。袋には大きくU.S.と刺繍されている。



「パラコード……えーっと、パラシュート用の紐すかね。それが三十メートル。あとはメダルとかワッペンととか……」



 真凛たちが一つずつ中身を並べていく。黒く太い紐や鋳造してあるメダルやワッペン、革製のグローブが二つ、迷彩柄のつなぎが二着、黒いプラスチックでできたホイッスルが三つ、それに一メートル程度の手斧だ。手斧は刃から柄まで全て黒っぽい金属で作られておりずっしりと重い。いざとなればこれで木を切って薪を作ることができそうだ。



「どうやら、全部米軍の払い下げ品みたいっすね。沖縄までわざわざ買い付けに行く人、結構いるらしいし」



 隼人がパラコードを引っ張りながら言う。どうやら人の命を預かる紐らしく、強度は十分なようだ。フェイは既にダイビングナイフでパラシュートを切り裂いこうとしている。慌てて真凛が止めに入るが、丈夫な布はフェイの力では中々うまく切り取れず、真凛越しに彰浩へとナイフが渡された。



「これ、切ってもいいんですか?」

「うん、テント? 日よけ? を作るみたい。直射日光も体力を奪うし、雨が降ると大変だからって」



 真凛の指示に従って半円状のパラシュートの左右を切り落とすと、一辺が五メートルほど、もう一辺が十メートルの長さの歪な長方形ができた。その四方に穴をあけ、パラコードを結ぶ。



「今、省吾たちが木を伐りに言ってるから、それまで休憩ね。また力仕事してもらうし」



 そう言って立ち去った真凛を見ると、隼人がパラコードに手のひらサイズの石を括り付け振り回していた。何をしているのだろうと彰浩が観察していると、隼人が何度かそれを投げると石のついたパラコードは枝に引っかかり、遠心力でぐるぐると巻き付く。二度三度強く引いて強度を確認すると、隼人は紐を使いながらするすると器用に木へと登りだした。

 枝打ちもされていない木は足場が多く、高さをもろともせずに隼人は四メートルほどの高さの太い枝へと腰かける。隼人の足場が安定していることを確認した真凛は、隼人から命綱を落としてもらいそれに彰浩の切り抜いたパラシュートの穴へと通す。その紐の先を依里奈が隼人へと投げ渡すと、何度かの失敗ののち再び命綱が隼人の手へと渡った。



「引いて!」



 真凛が叫ぶと、彰浩は命綱をぐっと引っ張る。すると徐々にパラシュートが動き出した。大きさがあるため中々重いのか、隼人がひいひい言いながら紐を引き、たっぷりの時間をかけてパラシュートは隼人の元へとたどり着いた。彼はなんとか紐の先を枝に固定し、一息つく。



「サボるなー! とっとと結べ!」

「だってよー、これかなりきついんだぜ?」

「もう一本あるんだから、早くしないと日が暮れるし」



 真凛の怒号が飛ぶため渋々といった様子で、隼人は懐から一メートル程度のコードを取り出しきつく結びつける。



「これ、かたむすびでいいの?」

「いいけど、何度か穴と枝に回してね。そのために長くしてあるから」

「わかったー」



 大きく手を振った隼人は短いコードを結びつけると命綱を回収し、茂った枝を足場に恐る恐るといった様子で降りてくる。彰浩が木の根元ではらはらと見つめていると、彼の不安通り地上まで残り二メートルほどのところで足を滑らせた。



「わっ!」

「あぁ!」



 左程高さがある訳ではないが、とっさに落ちてくる隼人を彰浩は受け止めた。胸の前でぎゅっと抱きしめると、「ぐっ」と悲鳴が聞こえる。どうやら力が入りすぎたようだ。



「けがはありませんか?」

「……えっと、あの、大丈夫なんで……とりあえずおろしてもらっていいっすか……」



 奇しくも横抱きの形になった彰浩の腕の中で、隼人は乙女のように赤く頬を染める。浜辺には真凛と鈴子の笑い声が響いていた。

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