表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
12人の生存者たち
60/60

火の石

 それが起きたのは突然だった。

 一通り住処が完成して、居住予定地の現地調査とドラゴンの元への遠征のための物資調達をしていた彼らは、光が揺らぐのを見た。砂浜で薪割りをしていた彰浩は、遮蔽物のない筈の空に現れたその影を不思議に思い天を仰ぐ。原因はすぐに見つかった。



「アキヒロ、あれ……ッ!」



 ジェシカが口をぽかんと開けたまま指を指す。その先には、日本で見ていたものよりもひとまわりもふたまわりも大きな太陽が、その表面に無数のひびを走らせ欠けていた。

 彼らが見つめている僅かな時間にも、太陽は少しずつ赤い尾を引きながら欠けては、体を縮めていく。欠片がひとつこぼれる度に、少しずつ周囲を照らす光が弱まっていくように彼らは感じた。


 異変を感じた者たちが全員揃うまでに3時間程時間を要したが、その頃には太陽は大きく形を変えていた。この調子でぼろぼろと崩れていってしまうのならば、明日にでも毎日嫌と言うほど地面を焦がしていた灼熱の太陽は消えてなくなってしまうのだろう。



「何が起こってるのか全然わかんない!」



 真凛が苛立ったように両手で体を抱きながら叫ぶ。彼女の疑問に答えられる者など、ここには誰一人としていなかった。



「ひとまず落ち着け」

「落ち着いてる、落ち着いてるし」

「どう見ても落ち着いてねーから。焦ったとこで、オレらにできることなんか限られてるだろ? ひとまず何があってもいいように、食料や資材の備蓄のチェックをするぞ。だんだん暗くなってってるし、これがあのドラゴンの言う冬かもしれねぇ」

「冬、冬ね。こんな物理的な季候の変化だなんて、考えもしないじゃんっ!」



 一団の中で比較的冷静な隼人の指示に従い、皆が食材のチェックや突風で壊れた小屋の補修を始める。幸い、建てたばかりの小屋は風に煽られて雨戸が外れて折れてしまった程度で、省吾はそのぽかりと開いた窓の補修に取りかかる。



「何が起こるかわかんねぇっすから、ジェシカさんは子供たちと家に入っててください」

「えあ、うん、了解する!」



 太陽の欠片は彗星のように赤い尾を引いてどこかに飛んでいってしまっているが、それが空中で燃え尽きてしまっているのか、はたまたどこかに落下しているのかさえわからない。ここに落ちてこないという保証はないのだ。

 家の中にいたからといって安全である保証もないが、美香と友里亜は突風に吹き飛ばされて転んでいた。あの風が一度きりのものではないとも限らないのでせめて、風にびくともしなかった室内にいた方が賢明だろう。


 遠征に行くつもりだったことが幸いして食料や物資の備蓄は十分すぎるほどにあった。干物にしていた食料は吹き飛ばされて砂にまみれてしまっているが、洗って煮込めば十分だろう。

 ひとまず、やるべきことを終えた彼らは欠けていく太陽を眺めながらため息を吐く。



「食料オッケー、無駄遣いしなけりゃ結構いける」

「薪もしばらくは大丈夫だ」

「吹き飛ばされたタープは諦めるしかないね」

「荷物が無事なだけ、良かったと考えるか」



 3つあったタープのうち、荷物置きになっていたものが吹き飛ばされ、のんびりと海を漂っている。今のところかろうじて目視できる位置にあるが、もうしばらくすれば波がどこかに運び去ってしまうだろう。

 その他の2つのタープは場所がよかったのか、固定していた柱が倒れてしまっていたが目立った損害はないようだ。


 跡形もなくなってしまったたき火を新たに作り直し、火をつけた彼らはほっとした表情で家へと視線を向ける。今のところ突風の第2波もないようだし、大きなけが人もなく、有事の際の備えも憂うところはない。しかしながら、何が起こるかわからないため、これで十分とも言い切れないのが本音だ。



「とりあえず、不安要素はない? 誰も怪我なかったの?」

「けが人は……美香ちゃんが転んで擦りむいたくらいだな。後は別に大丈夫みたいだ」

「そっか、よかった」



 ほっと真凛が安堵の息を吐いた。それに釣られて厳しい表情をしていた面々も深呼吸をして体のこわばりを解いている。フェイでさえ、今更思い出したかのように眼鏡の砂を払っていた。



「……あたしたち、これから何をすべきなんだろ」

「わかんねぇ。わかんねぇからこそ、むやみに動くべきじゃないと思う」

「だよね、次は何が起こるかわかんないし――――」



 真凛の言葉を遮るように、激しい水音が響く。誰かが悲鳴を上げると、それに釣られるようにまた声が上がった。パニックになる面々を落ち着かせるように隼人が声を張り上げる。



「な、何だ! 何が起こった!?」

「わかんない、わかんないぃ!!」



 突然の轟音に腰を抜かしてへたりこむ者、隣にいた誰かにしがみつく者、頭を抱えて地に伏せる者。彰浩はしがみつかれていたひとりで、おろおろと自身にすがりつく隆太を安心させようと背中をなでる。

 そんなパニックになった彼らを引き戻したのは、血相変えて家の中から走り出してきたジェシカのその場にそぐわない一言だった。



「なに起こった! ナニナニナニ? あ、お湯沸いてるよ!!!!」



 彼女が指さしたその先――海からは大きく湯気が立ち上っている。



「何あれ……」

「わからん、わかるわけないだろ」

「隕石落ちたの?」

「多分それ以外考えられねぇけど……あの湯気が収まんねぇのも変だし」

「…………見てくるか」



 そう言って自分にしがみついていた真凛を引きはがした依里奈が、何の躊躇いもなく海へと向かおうとする。



「ちょっと待って! 落ち着いて!」

「私はお前と違って落ち着いているが」

「や、そういう問題じゃなくて!」

「何が起こったかわからんから皆怯えているのだろう? だったら原因を突き止めればいいだけのこと」

「き、危険かもしれないし」

「危険かそうでないかくらい、私に判断がつく」



 依里奈はそのまま真凛の腕をいとも簡単に引きはがして、砂浜に投げ出してあったゴーグルを片手に海へと入っていく。目的の場所はここから距離が20メートルほどあるが、湯気が立っているのは局所的なので海面から顔を出せば迷うこともないだろう。


 仲間たちの心配げな声を聞きながら依里奈は海中へと潜った。毎日のように潜っている慣れた海ではあるが、今日はいつもと違って魚たちの影が見えない。あの轟音に隠れてしまったのだろうと適当な理由をつけて、静かな海の中を進んでいく。

 しばらく泳いでいると、海水の温度が上がった気がした。気のせいかとも思ったが進んで行くにつれそれは確信へと変わる。

 眼前には1本の小さな白い柱が見えていた。その柱は気泡を多く含んでいるのか、近づくにつれ視界が悪くなり、更に海温が上がっていく。



「――ッ」



 白い柱に見えたそれは細い渦だった。10数メートルほどの深さの岩場に引っかかった拳サイズの石を起点に形成されたそれは、中心は熱湯のように熱く、大量の海水を巻き上げながら熱湯を作り続けている。海上に顔を出した依里奈は、乱れた息を整えたのちすぐに再び海の底へと潜っていく。

 ――潜れない深さではない。

 幸か不幸か、岩場に引っかかっているため普段彼女が潜っている深さよりも僅かに深い位置にそれはあった。


 途中見つけた岩を両手に抱え、事も無げに依里奈はその石の場所へとたどり着いた。大きな渦の中心ではあるが、周りの海水がぐいぐいと引き寄せられているため白い柱の部分以外は熱すぎるということもない。

 しかし慎重に手を伸ばしてはみたものの、当然のようにその熱源らしい石は煌々と燃えさかっているようで、とても素手で持てるようなものでもなかった。


 少し考え込んだ依里奈だったが、手始めに周囲に映えているこんぶのような長い海藻でそれを引っかけてみた。するとわずかばかりの移動に成功したが、あっという間に水中にもかかわらず焼け焦げて灰になり、崩れてしまった。





 依里奈が水中で頭をひねっている間、彰浩たちも彼女を心配していられるような状況ではなかった。森の中で、火が上がったのだ。

 もしもの時のために青紫色に輝く黒曜石で作った槍や斧を手に、彰浩と省吾、フェイは細く立ち上る煙を目印に森へと入る。フェイの記憶を頼りに1時間ほどかけて森の奥へと進むと、1本の木が雷が落ちたかのように縦に裂け、中心から赤い炎が漏れている。



「消化を!」



 周囲に燃え広がりつつあった火を海水で消しては見たものの、彼らが急いで準備できるだけの水分では焼け石に水のようで、最終的には土を掘って火を消し止めた。



「槍なんかより、スコップの方が必要だったな」

「そうですね。これ以上燃え広がらなくて良かったです」



 森の湿度が高いことも幸いだった、とフェイは言うがこのメンバーの中に英語を理解できる者など彼自身しかいない。

 ほっとしたのもつかの間、燃え朽ちようとしていた木の中心から消えた筈の煙が再び立ち上る。



「水あるかっ?」

「あ、はい! 飲み水なら」



 彰浩は指示された通りに、火種が生まれていた場所へと水をかける。するとジュッと水が蒸発する音は聞こえるが、しばらくするとまた徐々に細い煙が立ち上った。

 彰浩と省吾が不思議そうに首を傾げていると、うち捨てられた槍を持ったフェイがおもむろに木の裂け目に消化のために積まれた土を掘り始めた。



「何かあるんですか?」

「……何もない。煙立たない」

「いや、煙は立ってんだろ」

「省吾、フェイさんはおそらく『何もないなら煙は立たない』と言いたかったんだと思いますよ」



 フェイが掘りにくそうにしていたので首の皮一枚を残していた幹を折る。そうして不器用な彼が四苦八苦しながら掘り進めて行くと、徐々に漏れ出る煙の量が増えていった。



「原因」



 フェイがいぶかしげな表情で指をさしたそれは、彰浩の親指ほどの大きさの石のようなものだった。質の悪い水晶のように僅かに透き通っているが、中心から外側にかけて赤いグラデーションがかかっている。

 石に詳しくもない彰浩にとっては珍しいものに見えたが、その石の最たる異様さは周囲の景色がまるで陽炎のように揺らいでいることだ。手を近づけてみると熱を感じるし、残っていた水を欠けると小さな音を立ててあっという間に蒸発してしまった。



「何でしょう、これ」

「原因、燃える」



 石の上に1枚の葉をのせてみると、すぐに燃え尽きて黒い灰だけが残る。フェイは難しい顔をしながら英語で何か言っていたが、彼らには通じないと諦めて「直接、触る、やめろ」とだけ警告した。

 余談だがフェイの最も使用頻度の高い日本語は「やめろ」であり、その単語だけはネイティブのように使いこなしている。


 その石の発火力は強く、小さな枝などはすぐに穴を開けて地面に落ちてしまうため、彼らは女性の腹ほどの太さの木を切り倒し、徐々に置き場を変えることで拠点へと戻った。その頃には疲れ切って砂浜に足を投げ出している依里奈も海から戻ってきており、砂の上には彰浩の拳ほどもある同じ石が転がっていた。



「おかえり、火事は?」



 石を前に腕を組んでいた真凛は、眉間に寄ったしわを隠さずに振り返った。その隣では隼人と隆太がはしゃいだように石に薪を触れさせている。



「火は消えた、あとなんか拾った」

「おぉ? そっちにもあったんだ!」

「この変な石のことか?」

「そうそれ! 何か、ザ・ファンタジーっぽいだろ?」

「や、安全かもわかんないもの拾って何楽しんでんのこいつら。マジうぜぇ」



 いつもの冷静さも少年の好奇心には勝てないのか、不愉快そうな真凛には一瞥もくれず隼人が石で遊んでいる。彼はずいぶんと龍にもご執心であったし、もしかしたらこういう不思議な現象には弱いのかもしれない。



「これ絶対太陽の欠片だって!」

「隕石って何か放射能汚染とかが危険じゃなかったっけ? んな呑気にしてていいわけ?」

「それにしてもさ、隕石は水の中じゃ燃えねぇじゃん? じゃあなんかこう、ファンタジーな力が働いたものだって絶対!」



 フェイが隕石について補足する。彰浩にはよくわからなかったが、隕石自体は宇宙空間で被爆しており放射能を持っている可能性があるが、隕石自体が放射能を生み出す訳ではなくそのうち消えてしまうらしい。つまりは落ちたてほやほやのこの石が安全か危険かは判断しようがない。

 ひとまずは燃え移らないところに保管しておくしかないだろう。使用するにしても、温度が高すぎて種火くらいしにか使い道がない。



「まあこんな意味分かんないことはさ、蒼炎に聞けばいいよ」



 隼人と同じように瞳を輝かせた隆太は、手に持っていた枝先の火を花火みたいに振り回しながらにっと笑った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ