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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
12人の生存者たち
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木々の行進

 背の低い草ばかり生えた草原では身を隠す場所など見渡す限りどこにもない。相手に気取られないように近づく技術など彰浩たちはもってはいないが、極力足音を殺しながら歩く木との距離を詰める。

 進行速度が遅いため、影にしか見えないほどの距離があった相手の正体がわかるまで近づくことは簡単だ。残り200メートル、といった場所で先頭を進んでいた目の良い省吾が足を止めて二人を振り返る。



「見えるか?」

「……多少は」

「僕は全然見えない」

「目を疑うような光景だぞ。やっぱり木だ、木が歩いてる」



 省吾は新しいおもちゃを与えられた子供のように、熱に浮かされた瞳ではしゃいでいた。



「まるでファンタジーだ」



 ――ファンタジー、省吾の言う通りまるでおとぎ話のような光景だった。背の低い木が生き物のように太い根を這わせながら草原を進んでいるのだ。何本にもわかれた根は絡み合うどころかこすれ合うことすらせず、当たり前のような顔をして足を進めている。



「何か、実のようなものがなっていますね」

「実? 食べられそう?」

「とうとう俺らは歩く木を食うのか? あー、まぁ薄い黄色みたいな楕円形の実で、ぱっと見は食えそうだけど……」

「食材の選択ができることは重要だよ、今ある食べ物だっていつなくなるかわからないんだからさ」



 不意に群れの中でひときわ丸々とした実を持っていた一本がぶるりと枝を振るわせて立ち止まり、行進から置いて行かれる。そのまま地面に潜り込むように根を地中に埋め込み、普通の木のような姿を取った。



「前を進む群れさえなければ、普通の木にしか見えないね」



 木々たちは彰浩たちどころか、1本取り残された木すら気に掛けることすらせずに東を目指し行進を続ける。彼らに気付いていないのか、あるいは確固たる意志を持っていないのか。彰浩にはまるで判断がつかなかったが、立ち止まった木への距離を更に詰めるために足を進める。

 三人の中で最も視力の劣る隆太がその姿をはっきり視認できる距離まで近づくころには、歩いていたはずのそれはいとも普通の木のようにぴくりとも動かず、根をうずめて幹を固定していた。



「多分、あれから動き出すには時間がかかるだろうけど……しばらく観察しようか」

「しばらくって、どんくらいだ」

「そうだね……」



 取りあえず野営の準備をしようか、という隆太の言葉に今にも槍を持ち飛びかかってしまいそうな省吾の眉がぴくりと動いた。





 歩く木から距離を取り、やわらかい草を踏み鳴らしながら彰浩たちは野営用のテントを組み立てていた。テントとは言っても、乾いた地面に穴を掘り細い竹の枝を突き刺し、パラシュート生地を壁のように固定しただけのものだ。本来ならば雨よけにして使用するはずだったが、障害物のない草原では風が強く焚き火が点けた傍から消えてしまうのだ。



「雨が降ったらどうしますか?」

「降らないことを祈るよ。大丈夫だとは思うけど」

「ここまで風が強いとは思わなかったな」

「まあ、ここは障害物も碌にないし、東から吹く風が丁度当たるんだろうね。この丘ももうじき頂上みたいだし」



 隆太の指を刺す方法に視線をやると、木のてっぺんのようなものが見えた。一瞬警戒はしたが、松のような細い葉を持つ木は動き出す様子はない。



「あれは動かないよ」



 彰浩の心を読んだようなタイミングで隆太が笑う。



「多分だけどね。歩いていた木は全部同じ種類だったから。まさかこの草原にある木全部が歩くなんて思いたくないよ、僕は。それに……」

「――ちょっと待て、あれ見てみろ」



 隆太の言葉を遮った省吾の視線の先には、地に根を張った歩く木がある。彰浩が振り向くと、木になっていた実の一つがひと際大きくがゆらゆらと揺れていた。



「風、でしょうか」

「いいや、確かに風はあるけどあの一つだけ揺れ幅が異様に大きい」

「近づいてみるか?」

「……どうしてここで、その選択肢が出てくるの? ちょっと君の思考回路が理解できないよ」



 固唾をのんで見守っているとついに揺れに耐えられなくなったのか、揺れていた木の実がぼとりと地面に落ちる。それは熟した実が自然に地に落ちる様子とは大きくかけ離れていた。落下の衝撃でクリーム色をした実はたまごのように底がぐしゃりと割れて、中から透明な液体が漏れ出す。

 そして、横にコロンと倒れ込んでヒビが広がった。中に何かがいるかのように――いや、実際中に何かいるのだ。それはせわしない動作で殻を割り、頭を出して一鳴きした。


 ――ジ、ジジッ!


 長い尾に三角の耳、開いたばかりの瞳はつぶらで全身を覆う毛はしっとりと濡れている。大きさこそモルモットほどしかないが、彰浩たちはその生き物を良く知っていた。



「猫ねずみ!」



 たまらず隆太が叫ぶ。その声を耳ざとく聞きつけた猫ねずみは殻に残っていた透明な液体をすすることをやめ、小さな耳をピンと立て背の低い草むらに逃げ込む。真っ直ぐで長い尾が遅れて草陰に隠れるのを見送った三人は、目を瞬かせながら互いの顔を見つめ合った。





 眠い目を擦りながら、隆太は隣でいびきをかいている省吾を蹴り転がす。しかし彼は寝返りを打ち、口をもごもごとさせた後再び地響きのような寝息を立て始めた。


 一晩かけて歩く木を観察していたが、彼らを絶句させた孵化は4匹に留まり、その内早朝に生まれた一匹はどこからともなく現れた猛禽らしき鳥に運ばれて行った。隆太は「移動するのは猫ねずみを森林へと運ぶためなのかもね。ここじゃあ、恰好の獲物だよ」と何やらメモを取りながら物知り顔で頷いていが、彰浩はうとうととまどろみながらその言葉を聞き流す。

 どうやら隆太の中では猫ねずみを生み出す歩く木についていくつかの仮説が生まれているようだが、一日中重い荷物を背負い歩き続けた彰浩の体力は限界だった。省吾のように今すぐにでも睡魔に身を委ねてしまいたい、そんな想いで頭の中はいっぱいだ。



「限界?」



 疲労よりも好奇心が頭を占めている隆太が、眠気など感じさせない様子で声をかける。



「い、いえ……大丈夫です」

「無理しなくていいから、寝てもいいよ。僕だって危険になりそうだったら君らを叩き起こすことくらいできるさ」

「起きれるといいのですが」

「大丈夫大丈夫。それにいざという時に寝不足でヘロヘロだったら本末転倒さ。それに省吾はわからないけど……君は大丈夫、すぐに起きるよ」



 彰浩は根拠のない信頼に反論しようとしたが、のぼり始めた朝日に目を焼かれ口をつぐんだ。緑の草原は朝露がきらめいていて牧歌的な風景ではあったが、そのわずかな光ですら彼にとっては目を焼くような炎に思え、そのまま無言で頷く。



「僕も眠くなったらこのバカを起こして見張りを交代するから。おやすみ」

「……お言葉に甘えます。お先に失礼します」



 日の光を遮るように上着を顔に被せて横になった彰浩から視線を外し、隆太はあの歩く木をじっと見つめた。

 隆太の頭の中はあの不思議な植物への興味に埋め尽くされていて、高揚感から眠気どころか疲労すら感じない。

 何故移動するのか――そもそも森の中で孵化すればいい話だ。しかし今まで1か月以上も過ごしてきたあの森には、猫ねずみは何匹も潜んでいたがあのような木は1本もなかったような気がする。猫ねずみが生活するには森が適してはいるが、あの木が生育できない何かしらの要因があったのだろうか。



「…………フェイなら、もっともらしいこと思いつくんだろうね」



 右手で弄んでいたボールペンを鞄の上に投げ捨て、隆太は自分の知識と発想力のなさをあざけ笑うように小さく口元を歪めた。

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