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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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一日目 3

 非常事態だから忘れていたが、本来彰浩は女性との接点が薄い人種である。百九十に迫る身長、大きな肩幅、そして強面な人相。見た目だけなら不良という枠にカテゴライズされるだろう。そんな彼に寄ってくる者といえば、今までは彰浩を倒したという箔をつけたい男たちか、力に憧れ媚びを売る女たちばかりだった。彰浩は彼らのような下心が透けて見えるような人間を煙たがり、遠ざけてきた。

 後者は彰浩が拒否すれば終わる話だが、しかし前者はそうはいかない。降りかかる火の粉は払うがごとく、彰浩は力を示そうとする男たちを力で排除してきた。しかしそのことによって更に敵が増えるという悪循環に陥った。弁解するならば、彰浩は決して暴力を好んでいたわけではない。ただ、暴力への対処法を他に思いつかなかったのだ。


 結果、彼は傷害という形で少年院に入れられることになる。彼からしてみれば正当防衛のつもりではあったが、如何せん彰浩は強すぎたのだ。院での生活は、短いながら彰浩に自分自身というものをしっかりと自覚させた。暴行で他人に一生残る傷を負わせた者、女性を強姦した者、薬に手を出した者。そんな社会に適応できなかった者たちと同じ檻の中に入れられた彰浩は、立ち直るために自身を改めることにした。

 血気盛んな男たちが挑んできても暴力で返答しないように心掛けた。相手を不快にさせることがないよう、丁寧な言葉や謙虚さを覚えた。まあ、これはこれで煽っていると言われたこともあるが。歩き方や振る舞い方、更には己の表情にも気を付け、彼が短い刑期を終えて社会へと出る頃には新しい須田彰浩が確立されようとしていた。

 それから今に至るまで、彰浩のこぶしは振るわれていない。絡まれることも殴られることもあったが、彼が手を出すことはなかった。一年遅れで高校を卒業し、建築会社に就職し、真面目にこつこつと働いてきた。社長はそんな彰浩を買っていてくれて、五日間の有給を使った旅行も快く送り出してくれたのだ。



「東京に帰ったら、やっぱり事情聴取とかあるんでしょうかね」

「ジジョーチョーシュ?」

「警察に話を聞かれたりとか」

「ちょっとは拘束されるかもね。病院での検査とかもありそうだし」



 彰浩の問いに答えたのは、砂浜を歩きにくそうにしてやってきた米村だ。彼はどこから取り出したのか、個別放送されたちんすこうを彰浩とジェシカに差し出した。二人は礼を言いながらそれを受け取る。



「戻ってからのことが心配?」

「はい。これ以上仕事に穴をあけるわけにはいきませんので」

「そっか、そうだよね。僕も出張の帰りだったから、色々と手続きが面倒だなあ」



 なんだか帰りたくなくなっちゃたよ、と米村が笑う。



「アキヒロとケイジはいい! わたしは飛行機、キャンセルした!」



 もそもそとちんすこうを頬張っていたジェシカは、思い出したかのように両手で頭を抱えた。



「休み、残りないね。Professor激おこ、目に見える」

「プロフェッサーって、ジェシカくんは大学生なのかい?」

「Yes! 大学で、education学んでいる」

「え?」

「Education……well、子供に教えること、勉強する」

「教育学部ですか?」

「それね」

「学生さんなんだね。大人っぽいから社会人かと思ってたよ」

「わたし、ぴりぴりの二十三よ」



 えっへん、と間違った日本語でジェシカが胸を張る。



「へぇ、そうなんだ。彰浩くんは?」

「二十四です」

「二人とも若いねぇ、僕の半分くらいだよ」



 米村はからからと笑って、煙草に火を点けようとした。しかし海水で湿気た煙草は何度火を当ててもくすぶるだけだ。諦めたのか米村は携帯灰皿に長いままの煙草を仕舞いため息を吐いた。



「ここじゃあ煙草も碌に吸えないね。僕のスーツケースが無事なら、免税店で買ったやつもあるんだけど」

「スーツケースはいくつかしか流れついていませんしね」

「ああ、そうそう。高校生たちがスーツケースを開けて中に仕えるものがないか見てたよ。君たちにあげたちんすこうも、さっきあの子たちに貰ったんだ」



 米村に言われ彼らの方を見ると、色とりどりのスーツケースが積まれていた。彰浩が海から拾ってきたものも含め七つほど流れ着いていたようだ。



「大人に夜のことを相談したいって言ってたよ。あの彼……フェイくんだっけ? 彼と言葉が通じるのはジェシカくんだけみたいだし、話を聞いてみてあげてよ」

「わかった! ケイジ、おばあさん頼むね!」



 未だ意識の戻らない老婆を米村に頼むと、ジェシカはアキヒロの手を引き立ち上がる。



「じ、自分もですか?」

「もちろん! 若い苦労は買え、だ」



 有無を言わず手を引くジェシカ越しに高校生たちを見て彰浩はため息を吐いた。六人組の中で黒髪は二人だけ。中心的らしい人物――先ほど救助を手伝ってくれた少年だ――は髪を金髪に染め、整髪料で逆立てている。その隣にいる少女も、お世辞にも真面目だとは言えない身なりをしていた。彼らの見た目から考えるならば、今まで彰浩に絡み問題を起こしてきた連中と似ている。彰浩が行けば問題が起きてしまうかもしれない。

 ――だけど。

 金髪の少年は一番に海に飛び込み、彰浩の手助けをしてくれた。浜辺でも砂に汚れることを厭わず、フェイの指示にしたがって迅速に動いてくれたのだ。

 何かあったら、自分が殴られればいいだけだ。彰浩はそう意志を固めて、ジェシカについていく。しかし彼らの反応は、彰浩が想定していたよりも歓迎的なものだった。



「あ、お兄さん!」



 先導するジェシカを気にも留めず、振り向いた金髪の少年は彰浩の顔を見てぱっと笑顔になる。今までにない反応に彰浩が戸惑っていると、彼は立ち上がって二人に駆け寄る。



「どうも、俺、隼人(はやと)っす。お兄さんかっけーっすわ、俺まじソンケーします!」

「……ど、どうも。こちらこそ、先ほどはご協力ありがとうございました」

「名前聞いていいっすか?」

「須田彰浩です」

「もー! ジェシカもいるよー!」

「こちらはジェシカさん」

「よろしくおねがいしまっす!」

「米村さんから荷解きをしていると伺いましたので、何かお力になれればと思いまして」

「ありがとうございます、皆に紹介します!」



 そういって隼人と名乗る少年は手を叩いて仲間の視線を集めた。



「こちら彰浩さんと、ジェシカさん。手伝ってくれるってさ。みんなー紹介すっから並べー」

「は? 並ぶ必要ある?」

「小学生かよ」



 少年たちは口々に隼人を小ばかにしながらも一列に並ぶ。じゃあ、と一呼吸おいて隼人が一番右端にいた少女を指さした。



藤川(ふじかわ)まり――

「マリ!」



 栗色の髪を編み込んで左肩から流している少女が隼人の声を遮るように叫んだ。隼人は苦笑いしながら彰浩に耳打ちする。



「あいつ、本当は真凛(まりん)っていうんすけど、本名で呼ぶと怒るんでマリって呼んでやってください」

「ちょ、隼人! 聞こえてるんだけど?」

「あーわりぃわりぃ。マリ、ね。わかってまーっす。んで次が藤川依里奈(ふじかわえりな)。マリと苗字一緒だけど、別に兄妹ってわけじゃないっす。その横が大居省吾(おおいしょうご)丸隆太(まるりゅうた)橋本鈴子(はしもとすずこ)っす。で、俺が瀬尾(せお)隼人!」



 一番派手な少女が藤川真凛、女性にしては背が高く真っ直ぐな黒髪で眼鏡をかけている少女が藤川依里奈。大柄の――とはいっても彰浩よりかはわずかに身長が低いが――坊主の少年が大居省吾、その大居とは並ぶと小柄さが目立つ黒のような青い髪をしているのが丸隆太、白っぽい金髪をボブにした小柄な少女が橋本鈴子。

 一気に並べられた情報に、彰浩は覚えられればいいが、と心の中で呟く。



「皆さんは高校生、ですよね?」

「四月までは。俺たち、卒業旅行の帰りだったので」

「四人ほど足りないけどね」



 投げやりな口調で真凛が吐き捨てる。よくよく見ると、泣いていたのか彼女の目は赤く腫れていた。



「あいつらは大丈夫だろ、多分」

「出た、隼人の信ぴょう性のない『多分』。まあ、あたしもそう思いたいけどさ」

「まあ死体が流れ着かないだけ希望はあるよ」



 隆太が呟くと、場の空気がしんと冷えた。皆沈んだ顔で口を紡んでいるし、真凛に至っては今にも泣きだしそうだ。そんな空気を壊すように、ジェシカが一歩進んで声をあげる。



「わたし、ジェシカ。よろしく! こっちの大きいは彰浩」

「……須田彰浩です。よろしくお願いします」

「みんな、相談ある聞いた?」

「え?」

「米村さんから相談したいと聞きました。物知りらしいフェイさん……あちらの、心配蘇生法を教えてくれた細身の男性です。彼は中国人らしくて、ジェシカさんと英語でしか意思疎通ができませんので」



 そういうと彼らは納得したようにうなずいた。



「英語……俺たちの中で一番マシなのって、俺だっけ」

「鈴子は?」

「テストで点を取れても、英会話は……どう、かな」

「まあ皆一応受験生だったし、省吾以外は簡単なのは大丈夫だろ」



 事も無げに大居を除外したが、彼は学力が足りずに2度ほど留年しているらしい。



「取りあえず俺たちでスーツケースを開けて中を見てみたんすけど、ほとんどが服かお菓子ばっかで、飲み物が圧倒的に足りてないんすよ」

「お菓子もちんすこうとか甘くて喉が渇く系ばっかり。あたしら飲み物もあんまないし、携帯も通じないしいつ救助が来るか……不安なんだよね」

「フェイさんの話では、こういった場合七十二時間以内にほとんどの人が救助されているらしいです」

「長くて三日かぁ……」

「確実に足りないよね」

「ちょっと気になったことがさ」



 丸が長い前髪をかきあげて首を傾げる。



「僕とマリ、あと鈴子の携帯が防水で何とか無事だったんだけど、圏外なんだよね。弱い電波が引っかかる様子もないから電池がガンガン減ってるし。これってよっぽどの山奥か、生活圏外ってことでしょ? 周りに他の島も見当たらないし、船が通ったりヘリが飛んでる様子もない。僕たち結構流されて来ちゃったんじゃないかな」

「つまり?」

「すぐに、の救助は無理っぽい。このままだと夜になるし、目印に火でも焚いた方がいいと思うよ」

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