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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
39/60

二十一日目 2

 彰浩は取ってきた太い竹に手斧を振り上げた。ある程度スライムの掻き出された竹は、カコンと軽い音がする。



「縦に割ってね」

「はい」



 節のない竹は引っかかることがなく真っ直ぐに割れる。この節を食い破って水分にしたらしいスライムは、今は焚き火の中の小鍋でぐらぐらと煮込まれていた。

 真凛の持つ薄茶色い小鍋は、隼人が竹に樹液を塗って作ったものだ。外側の竹を焼き落とす際に行き場のない膨張した水分が弾けて大騒ぎになったが、今はところどころ竹の名残を残しつつも火にかけられる小鍋として機能していた。固まった樹液はまるで琥珀のように水や熱に強く、そのまま火にかけたとしても何の問題はない。

 油分を多く含む竹は火の勢いを強めあっという間に燃え尽きてしまうため、量が必要だ。とはいっても、小さくばらす手間はかかるが伐採自体はサルのおかげで容易になったためあまり心配はしていない。


 鈴子と省吾は、細くなった竹の穂先を地面に突き立て、その周囲を石で固定していた。彼女の手には、草色のパラシュート生地の一部がある。一辺が一メートルほどの小さな生地は、日光を利用した浄水装置がスライムの登場によってお役御免となったため、遠征に持ってきたものだ。

 それを利用して、彰浩が座っても当たらない程度の小さなタープを二つ作る。全身を覆うことはできないので雨が降れば濡れてしまうが、降り注ぐ日光や海風は防げるだろう。


 キャンプの準備をしていると、あっという間に夕焼けが空を赤く染めた。何も遮るもののない崖からの夕日は美しく、穏やかな海がきらきらと光を反射する。



「とりあえず日が暮れるまで周囲を調査ね。ひとりは火の番として残って、もうひとりは薪を作るってことで」

「では、自分が薪を」

「私が火の番、するね?」

「うん、任せた」



 省吾を小突きながら最低限の荷物を持って簡易キャンプを去る真凛たちを見送ると、残された彰浩と鈴子の間に沈黙が流れる。よくよく考えると、彰浩が鈴子と行動を共にしたことは片手で数える程度しかない。お互いの領分が大きくことなるため、大抵班が別れてしまうのだ。

 無言で彼が竹を割る音と、火にあぶられた竹が弾ける音だけが聞こえる。

 元より無口な性分である二人が一緒になっては、会話が弾むはずもない。彰浩が困り果てていると、鈴子が重い口をこじ開けるように、遠慮気に彼へと言葉を投げかけた。



「あの……その竹、もっと細くできる?」

「どのくらいでしょうか?」

「最低でも五ミリくらい、かな?」

「やってみます」



 手斧で極力小さく竹を割る。節のない竹は斧の重さで簡単に刃が下がっていくが、できたものはどう見ても彰浩の親指よりも大きなものだった。

 そこから大きな手斧を駆使して、何度も試行錯誤しながら細く削り出すに至ったがどう頑張っても鈴子の指定した五ミリには至らない。これ以上細くしようとすると、途中で割れたりそぎ落としてしまうのだ。結局完成した竹ひごは一センチほどの幅で竹の厚さも二センチほどある。



「すみません、これが限界です」



 彰浩が手渡すと、鈴子は難しい顔でその竹ひごを手に取りビュンビュンとしならせた。彼女は少しだけ難しい顔をしながらも、数本できたいびつな竹ひごを手に取り湿らせたタオルで刷り込む。



「私の力じゃ無理」

「すみません」

「だから、あなたがやって」



 そういって竹ひごを渡した鈴子に、彰浩は思わず首をかしげた。





「違う。そうじゃない」

「えっと……」

「そこが二本だから、次はここが下」

「あ、そうですね」



 彰浩と鈴子は二人顔を突き合わせて竹ひごを見つめていた。十数本が組み合わされた竹ひごは、太さがいびつであったり隙間が空いたりはしているものの、竹かごの底のようにも見える。

 俗にいう網代編みという竹かご網の技法を、彰浩は鈴子からこんこんと叱られながら教え込まれていた。



「これを曲げる」

「……曲がるんでしょうか?」

「水で濡らして、ゆっくり熱をかけながらやればいいって……聞いたことがある」

「熱……」

「体温しか、ないね。私も竹は、初めてだから……」



 鈴子が肩を落とす。



「あ、水で濡らして、詰めて。ぎゅって」



 彼女の指示に従い手を動かす。まずは二本越しに上、下、上、下と竹ひごを入れる。次に先ほどのスタート位置から縦の線を一本ずらして二本越しに上、下――と同じ作業を繰り返す。ある程度底になる部分が編めたのなら、濡らしたタオルを押し当てながら四方の飛び出している竹ひごを手の熱を加えながら上へと立てていく。

 太い竹ひごは反発力が強く、指の隙間からするりと抜け出し彰浩の頬や腕を叩いた。抑える手にもぎゅっと力が入る。


 ――確かに、この固さでは彼女には不向きだろう。

 特に長い竹ひごを水で濡らして、何とか折らずに立てることのできた竹ひごへと一本ずつ編み込んでいく。四角い底をぐるりと囲むようにして足されていく網目は、竹ひごを水と手の熱で曲げながらの作業ではあるがぼよんぼよんとところどころが曲がっているし、隅には大きな隙間が空いてしまった。

 しかし彰浩も徐々に手慣れつつあり、ただ黙々と網目を組んでいく作業では鈴子の指導も入らなくなった。集中する彰浩を満足げに見つめた彼女は、すっかり忘れていた焚き火に薪を投げ込んでいく。

 ぼう、と大きな火が上がる頃には、パタパタと手で顔を仰ぐ真凛と省吾が戻って来ていた。





 彰浩と鈴子の編む竹かごを興味深そうに見つめる真凛は、作り方を鈴子に教わりながら省吾を使って竹ひごを作り始める。普段から木工細工を作っている省吾ゆえか、はたまた彼が持っていた刃の薄いナイフが適していたのかはわからないが、彼の作り出す竹ひごは彰浩のものよりもずっと薄くなめらかだった。



「鈴子がこんなことできたなんて、知らなかった」

「おばあちゃんに、教わった」



 感心したように呟く真凛の隣で、鈴子がはにかむ。真凛は彼女の笑顔を見たのはずいぶんと久しぶりな気がした。

 麟太郎が死んでから――いや、この島に来てから、鈴子は浮かない顔をしていた。沖縄旅行中に見せた笑顔や、根がいたずら好きであるはずの鈴子の楽しみながらからかうような笑顔はなりを潜めてしまっている。いつも無理して笑っているような、そんな空元気な笑みが真凛はずっと気がかりだった。

 麟太郎のことがあり目に見えて気落ちしていた鈴子だったが、遠征に出ることで少しは気が紛れたのだろうか。死者を哀悼する気持ちは必要だが、いつまでも沈み込んでいては体に毒だ。一度に受け止める必要はない、ゆっくりと時間をかけて各々の気持ちを受け入れればいいのだと真凛は考えていた。



「じゃ、ご飯にしよっか」



 水と猫ねずみの燻製、タコ貝の塩干し、葉に包まれた冷えた紅山芋。たったそれだけの貧相な夕食だったが、真凛には十分だった。

 うれしさを隠しつつも食事を続けていると、やがて夜のとばりが降りてくる。



「え、何あれ」

「すごい、きれい……」



 開けた野原が闇に包まれると共に、近くに群生していた白い花の中心がほのかに光りだす。白い花弁に反射した光りは更に明るさを増し、蛍のように周囲を明るく照らした。

 真凛が鞄の中から何かを取り出す。それは、彼女たちが周囲で探索を行った際に見つけた黄色いプチトマトによく似た楕円の果実だ。その果実も、彼女の手のひらの上でわずかにではあるが光を帯びている。



「これ……あの花の花芯っぽいんだけど、光ってるなら食べられないよね?」

「そもそも、どういった原理なんでしょう?」

「わっかんない。ちぎると光りは出なくなるっぽいんだけど。でも、サルが食べてたんだよね」



 そういいながら真凛の手のひらの灯りを見つめているが、その光は徐々に陰り最後は消えてしまった。彼女は首をかしげながら、再びその果実を潰れないように布で包み鞄の中へと丁寧に戻す。

 サルはその光る花々を渡り歩き、花芯になる果実をパクパクと口にしている。たき火に近い範囲から徐々に光が消えてしまうので、残していた紅山芋――樹液でほんのり甘く仕上げてある――をサルに渡すと、彰浩たちに倣ってたき火にあたりながら大きな両手で器用に食事を始める。



「……まあこれは、帰ってから考えるってことで。寝よっか」

「そうだな」



 小さなタープの下に省吾と並んで寝転がる。柔らかい草のベッドに身を任せて、彰浩は瞳を閉じた。

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