二十一日目 1
日の出と共に目覚めた彰浩、省吾、真凛、鈴子は腹八分目に朝食を取り、荷物を背負って出かけた。今回は水は現地調達できるため、前回よりかは比較的背中が軽い。
しばらく森の中を歩いていると、背後からがさがさと枝の揺れる音が聞こえた。彰浩は手斧を、省吾はナイフを護身替わりに握り締めていると、枝の隙間からギュッギュと鳴きながらサルが顔を表す。
「え、あんたついてきたの?」
驚く真凛だったが、しばらく歩みを進めてもサルが彼らから離れる素振りはなく、現在省吾の肩の上でもそもそと茶色い木の実のようなものを食べている。
仕方がないので省吾たちはサルを肩に乗せたまま草をかき分け先へと進んだ。
サルには人間には察知できないような物音がわかるのか、時折視線をきょろきょろさせて森へと注意を払っている。しかし特に危険はないのか、省吾の肩から降りようとする素振りはない。
「重くありませんか?」
「問題ない」
彰浩と荷物を分けているとはいえ、省吾の背中には十キロほどの水と食料、道具が背負われている。それに十数キロはあるサルを肩に乗せているにもかかわらず、彼は涼しい顔で足場の悪い森の中を歩む。
休憩を挟みつつ、特に何事もなく竹林へとたどり着いたのは出発から五時間と少し経った昼過ぎのことだ。彰浩にとっては三度目である往路は木々が茂っているだけで目印ひとつないので、いつまで経っても右手にある崖を頼りに進むしかなく距離感がつかめない。しかし当初よりかは時間が短縮できているので、足場に慣れたのか――あるいは遠征班の体力が増えたのか。今回は初日よりかは休憩を挟む回数が少なかった気がする――効率的に進むことができた。
森林に着くとサルがギュギュっと鳴き声をあげて、省吾の肩から近くの枝へと飛び移った。その反動で省吾はたたらを踏むが、それを気にする様子もなくサルは屈強な両腕と遠心力で頭上へと登っていく。彰浩たちはその様子を苦笑しつつ眺めながら、竹林の中へと足を踏み入れた。
□
竹は急勾配を覆いつくすように群生していた。坂の上は彰浩たちのはるか頭上にあり、一番下からではどこまで続いているか見えない。
「とりあえずここを越える。行けそう?」
「足場が悪いがな」
「竹を踏みながら進むしかないね。一列になって進むしかないか」
「自分が最後尾を努めます」
「うん、あたし、省吾、鈴子、彰浩の順で。落ちたら受け止めて」
遠目から見れば壁のようにも見える勾配は、茂る竹を手繰り寄せ柔らかい地面からせり出す根ぶちを足場にしてようやく登れるほどだった。しかし日本のものよりも太くたくましいそれは、彰浩が全体重をかけて踏もうとも両腕で体を支えようともしなりはすれど折れる気配はない。
人の手の入っていないことが幸いして、地の養分を根こそぎ吸い尽くすかのごとく密集していたことも幸いした。何もなければそのまま滑り落ちてしまいそうな崖とも坂ともとれぬ斜面には、悩む必要がないほど多くの足場になる根竹がそこら中にある。身軽な真凛や省吾はすいすいと、力が弱い凛子は省吾の手を借りながら、体の重い彰浩は一歩ずつ足場を固めながらも順調に頂上を目指す。
サルも彼らの足取りを見守っているのか、時折頭上の竹が大きくしなり葉擦れの爽やかな音が彰浩の耳へと聞こえてきた。降り注ぐには竹の葉に遮られ柔らかく、周囲にはみずみずしい緑の水の匂いがする。
こんな状況でなければ、森林浴をしながら足を投げ出して眠りこけてしまいそうな穏やかさだ。
彰浩が緑の優しい光を追うように頭上を見上げると、数歩後ろの竹にサルがぶら下がっているのが見えた。そのままサルはまるで竹を一本のポールに見立て、両手でぐるぐると回りだす。そして体が地面と平行になるほどの勢いがつくと、まるで弾かれたピンボールのように回転しながら直線状にある竹へと突っ込んだ。
メキメキと鈍い音と共に竹が倒れ、傷口からでろりとスライムがあふれ出す。
「彰浩!」
省吾の声に振り返ると、鈴子が彰浩の胸へと飛び込んできた。どうやら、音に驚き両手を離してしまったらしい。慌てながらも何とか彼女を受け止め、ほっと一息つく。
「大丈夫ですか?」
「…………うん。驚いた」
鈴子は顔面蒼白ではあったが、両目をパチパチと瞬きを繰り返しながら頷いた。
「大丈夫ー?」
「はい、大丈夫です。鈴子さんも怪我はありません」
「そっかー、わかったー!」
サルを見つめるうちに、彰浩と先頭の真凛との間には距離が空いてしまっていたようで叫ぶような彼女の声が聞こえる。彰浩は鈴子を抱えながら――彼女は抱えられることに随分と戸惑っていたが――、急いで真凛と省吾たちの元へと竹をしならせながら合流した。
「何、今の見た?」
「はい、サルです」
「あー……やっぱり竹を折ってた化け物はあいつだったんだ」
「すごい、力……」
呆けたような真凛たちをよそに、サルはスライムをむしゃむしゃと食べている。ひとまず、竹林に潜む怪力の化け物の正体が知れたため、彼らはほっと息を吐き止めていた足を進めることにした。
□
見渡す限り竹の斜面を這うように登った先には、何もない広場が開けていた。生い茂る短い草花は森林では見たことがないものばかりだ。竹林の中を四時間ほど歩いたが、どうやら砂浜側に逸れていたらしく少し歩いた先の崖からは普段過ごしている白い砂浜が見えた。
「とりあえず、いったん休憩して今日はここでキャンプね。あたしと鈴子は寝床の準備をしておくから、彰浩たちは薪とスライム取ってきて」
「薪は竹でいいですか?」
「うん、近いしそれでいいや。荷物は置いてって」
座って水と食料をもごもごと食べた後、各々の作業へと移る。真凛は彰浩と省吾の背負っていた荷物の中から、薪と火口を取り出しライターで火を起こす。火口があるとはいえ、何もないところから火を起こすのは中々苦で持ち込んでいた少量のよく乾いた薪に火を移すのに随分と時間がかかってしまった。
その間鈴子は拳ほどの石を拾い集めていた。遮るものがない広場は風の通りが良い。良すぎてせっかく起こした火がかき消されてしまいそうなくらいだ。四苦八苦する真凛の横で、風を遮るように石を積み上げ簡単なかまどを作る。
ようやく火が燃え上がると、彰浩が細い――とはいっても真凛の二の腕ほどの太さはあるのだが――竹を手に戻ってきた。しかし彼の持つ竹は斧で断ち切ったというよりは無理やり引きちぎったような断面だ。真凛が不思議そうにそれを指摘すると、彰浩は歯切れの悪い様子で返答する。
「伐っていたらサルが手伝ってくれました。すぐに、省吾たちも戻ってきます」
しばらくして戻った省吾はひと際太い竹を持っていた。いや、省吾というよりもサルが運んできたと言った方が正しい。重さのあるはずの竹を尾で固定し、いとも簡単に引きずるサルの背後で省吾は申し訳程度に穂先を持っているだけだ。彼らの持つ竹も、手斧で切ったような形跡はない。
「おぉ……すごいね」
「中身が詰まってるんだがな。何なんだこいつの腕力は」
半ば呆れたように言う省吾の持つ竹の中には、みっちりとスライムが詰まっていた。何はともあれ、これで水と薪に困ることはなさそうだ。




