十九日目、二十日目
快晴の空の下、天高く細い煙が登っていく。
昨日の雨で湿気た薪はわずかに燻りながらも、砂浜の端で炎を燃やし続け周囲に熱をまき散らしていた。薪をつぎ足し続けながら、皆独自の匂いに顔を背けることすらせずにその炎を見守る。ジェシカは涙をこらえながら。美香はその足にしがみついて。真凛は睨みつけるような顔で口をへの字にきつく結んで。依里奈とフェイは腕を組んで。隼人は小さく膝を抱えて。省吾と隆太、彰浩、笹原、米村は薪を抱えて。さよは静かに涙を流す友里亜の肩に手を添えながら。
皆様々な感情を抱えながら麟太郎を見送る。
焚き火のようなか弱い炎でも、時間をかければ人ひとりを焼き尽くすことができるとジェシカは初めて知った。燃え尽きた灰の中を枝で探りながら、火力のせいかしっかりと人の形を保っている骨をひとつずつ拾って竹の器の中へと入れていく。
ジェシカのいたアメリカでは、近年増えてきたとはいえ火葬はあまり一般的ではない。ほとんどのものがエンバーミングを施され、静かな土の中で眠る。彼女の祖父もそうだった。今は形を保っていないが、ジェシカの記憶の中の祖父は美しい姿のまま埋葬されたのだ。だから、麟太郎を荼毘にふすことは恐ろしかった。
森の端には名も知らぬ人たちの遺体が眠っている。流れ着いた当初は火葬するどころか土を掘る余裕すらなく布に包まれ砂の上に横たえられていた彼らも、スコップが手に入ってからはようやく穏やかに眠らせることができた。
「……小さいね」
誰かがぽつりとつぶやいた。
ジェシカが両手で抱えていた竹の器を覗き込むと、煤で汚れた白い骨が見えた。両手のひらに収まってしまうほど麟太郎は小さくなってしまった。それに力の弱いジェシカでも持ち運べるほど軽くなってしまったのだ。
「連れて行くます。ずっと、一緒だから」
笑顔で見送るはずだったのに、結局最後の最後で堪えきれなくなった雫がジェシカの瞳から零れ落ちた。
□
翌日、皆は目を覚ますとめいめいに割り振られた仕事を開始した。悲しみに明け暮れるよりも、目標を定めて体を動かした方が気がまぎれる。そう思いながら彰浩は手斧を振るい木を倒した。
サルや雨、麟太郎などのことで多めにストックしていた薪はずいぶんと減ってしまっていた。スライム浄水装置のおかげで初期に比べると薪は煮炊きにしか使われないため量は減ったが、「遠征して安住の地を見つける」という目標のためには現在の本拠地には十分すぎるほどの物資が欲しい。遠征に誰が参加するかは決まっていないが、少なくとも手斧やナイフと言った必要最低限の道具を持って行く必要があるのだ。残された道具で砂浜に残る者たちが過ごすためには、過剰すぎるほどのゆとりがあった方がいいだろう。
「倒れます」
「おう」
保存食は十分なため、現状薪を集めることが最重要項目だ。彰浩、省吾、隼人の三人で黙々と作業にいそしむ。
彰浩が直径五、六十センチほどの木を一本倒すのに三十分余りの時間が必要となる。森の中に群生している比較的柔らかい木でこれなので、他のものならばこの二倍、三倍と時間がかかるが以前よりかは随分と早く安定して伐採ができている。
そこから枝を打ち、持ち運べるように玉切りにするため一本当たりにかかる時間は三時間強――これに運搬時間は考慮されていない――だが、彰浩たちは午前中いっぱい粘り二本分の丸太を運搬した。
伐採した木の本数としては減少しているが、斧の扱いに慣れより太い木を伐採しているため総量的には徐々に増えてきているくらいだ。玉切りにした丸太ですら数十キロ重さがあるため運べる人間は限られてくるため、本日の伐採チームは力自慢のこの三人が集められた。とはいっても、隼人は丸太を運ぶのにひいひいと悲鳴をあげていたが。
丸太を担ぎもう何往復目かすらわからない砂浜に着くと、皆が昼食をとっていたので彰浩たちも腰を下ろす。未だ森の中には丸太が転がって入るが、今すぐに雨が降る訳でもない気候なので問題ない。
昼食はいつも通りの汁物、主食替わりの紅山芋、主菜だったがその中に見慣れないものが一つ鎮座していた。魚だ。小さな巻貝やタコ貝と共に以前隼人の作った樹液を固めた網の上で焼かれたそれは、火にあぶられ白く塩の粉を吹いていたが、まぎれもなく彰浩も目にしたことがある魚の形をしていた。網の上に並べられた三匹の魚は、杭のようなものが撃ち込まれた跡があり腹や頭に穴を開けている。
「これは……」
「魚っすよね」
「はい。しかしどうやって?」
「私だ」
隼人と二人不思議そうに焼き魚を眺めていると、ない胸を張った依里奈が会話に割り込んできた。
「どうやったんだ?」
「潜って突いた」
「お前、言ってることが到底文明人とは思えないぞ」
「だが、事実だ。それ以外言いようがない」
「で、これ大丈夫なのか?」
「多少おかしな形をしているが即効性の毒はないだろう。その魚は尾びれがえらく鋭いから気を付けろ、笹原が指を切った」
「これって一匹食っていいのか?」
「良いわけがないだろう、三匹しかないんだぞ」
隼人と彰浩は半身を二人で分けることにした。太い箸では柔らかい身を上手くとることが難しく――元々彰浩は魚をきれいに食べるのは苦手だ――箸使いのうまい隼人の手を借りながら大き目の葉の上に乗せる。
「オレ、今度皿作ろうかな」
手のひらで支えなければへにゃりとものを落としてしまう葉を見つめながら、隼人がそんなこと言う。確かに、彼の作ったお椀は全員分に行き渡っているし使い勝手も良い。網だってかまどの上で熱せられてもびくともしない強度がある。
「あると便利でしょうね」
「ですよねー。大皿も欲しいし、でも形づくりが難しいんすよね。流石に砂の上に並べるだけじゃ平面のものしか作れないんで」
「難しい問題ですね」
相づちを打ちながら魚を食べると、柔らかい身がほろりとほぐれてじわっとうま味が口の中に広がる。彰浩には魚の味には詳しくはなかったが、よく食べていた安価な魚の切り身よりも脂が乗っていてうまい気がした。新鮮だからだろうか。
米が欲しくなる、と心の中で独り言ちながら彼は皿の上に並べられた昼食をきれいに平らげた。
□
昼食後、彰浩は運んできた丸太を縦に割り薪にする作業を行っていた。森に残してきた丸太や枝は、省吾と隼人、依里奈と米村が滝のような汗を流しながら運んでいる。
丸太のまま放置していると、どうしても木の含む水分が蒸発しにくい。暑く乾燥した気候であるため日本よりかは乾燥が早いとは思うが、本来ならば年単位で乾燥させなければならない薪は手を抜くと火の起こりが悪くなってしまう。枯れ木ならば雨がなければそのまま使用できるが、生木だと半分ほどが水分になるらしい。生活の都合上、数日しか乾燥させる時間はないがそれでもやらないよりかは随分とましだ。
「終わりそう?」
「頑張ります」
手の空いたらしい真凛が、赤茶色いものをもぐもぐと咀嚼している。味見、と言って渡されたそれは、ほのかに煙の臭いがした。
「猫ねずみの肉。燻製は遠征に持って行くから」
「おいしいです」
ビーフジャーキーのようなそれは、一口食べると唾液が滲みだしてくる。最初は塩気が強いが、噛めば噛むほどに肉のうま味と甘みが染み出してきた。
「塩漬けも行ってみる?」
真凛が上着のポケットから出したのは、親指ほどの大きさの肉だ。受け取ると随分と軽く、触感は乾燥した木のようだった。口に含んでみたが、堅くて到底歯が立ちそうにない。果たしてこれは本当に食料なのか。難しい顔で彰浩がもごもごとしていると、真凛が顔をくしゃくしゃにして笑いだす。
「それ、一応食べ物だから」
「……木を舐めているようです」
「うん、そのまま食べるには向かない。雨が降ったから急きょスライムに入れて乾燥させたみたいなんだけど、極限まで水分を奪っちゃうみたいでさ。干ししいたけみたいに水でふやかして煮込めば全然食べられるし出汁も取りやすいらしいんだけど、遠征には持ってけないわ」
「なるほど。しかし、日持ちはしそうですね」
「うん、だから貝類とかすぐ悪くなるものは今スライムにぶっこんでるとこ。天日干しより断然早いし。いやぁ、あれはホント掘り出し物だわ」
ようやく笑いが収まったらしい彼女は、また燻製をもごもごと頬張る。
「でさ、食料見てみたけど遠征には問題ないっぽい。こっちも、依里奈がまた新たな狩猟方法を身に着けたらしいし。んで、かねての予定通り明日から行くから」
「明日、ですか。わかりました」
「メンバーは私、あんた、鈴子、省吾ね。本当は鈴子は……大分参ってたから置いていきたかったんだけど、本人がどうしてもって言うから。彰浩は負担が増えるかもしれないけど、遠征って忙しいから気がまぎれるとは思う。ごめんね?」
「いえ、問題ありません」
「とりあえず今回の目標は竹林の先。前回話した通り、最低でも二泊三日は考えておいて。必要なものはあたしが用意するから、彰浩は着替えと体調をしっかり整えること」
「了解しました」
「うん、頼りにしてる」
手を振り去っていく真凛の後姿を見送りながら、彰浩は再び斧を振るう。
竹林までの行程に問題はない。サルだって友好的だ。しかし竹林を超えたその先では、いったい何が待ち受けているか見当もつかない。手汗で湿った柄に巻いてある布をぎゅっと握り締め、彼は何かを打ち倒すかのような気迫で目の前の薪へと斧を振り下ろした。




