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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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十七日目 1

 考えなければならないことは山ほどあった。麟太郎の容態、我が物顔して居つくサル、括り罠を壊した獣、そして安住の地。ひとまず、今の最大の問題は目の前に否応なしに「死」という言葉を突き付けてくる麟太郎の病だ。

 彼らの多くが住んでいた日本という場所は、死とは遠い場所だった。不慮の事故や病など、いずれ至る場所であるとしても彼らにとっての死とははるか先にある漠然とした事柄だった。いくらこの島に来て幾人かの水死体を目にしていたとしても、見知らぬ他人ばかりで自分たちの概念の遠くに意識を置いていた。


 ――彼らとは違う。自分たちは生きていける。


 何の根拠もなくそう思っていた。


 真凛と隼人、隆太、米村、ジェシカ、フェイはタープの下で青い顔を突き合わせて話し込んでいた。

 漂流者のうち頭脳労働の多くはフェイが負担していたが、彼の知識や考えを聞いて実際実行に移すかを決めるのは真凛と隼人の役目だ。とはいっても決定権が彼ら高校生二人に委ねられているわけではなく、いくつかの提案をして全員の意見の総意を選択しているのだが、実質彼らはこの漂流者十五人のリーダーというポジションに収まりつつある。

 冷静で現実的な判断をくだし行動力のある真凛、周囲を慮ずり議論をうまくすり合わせることのできる隼人。若干十八歳でありながらも、この集団をまとめるためには不可欠な人材だ。

 今回の話し合いは頭脳役であるフェイ、麟太郎に付きっきりで看病を行っているジェシカ、同じ年ごろの子供がいたという米村にも参加していた。



「少なくとも、僕の娘はかかったことない病気だね」

「オレたちも心当たりはないっすね。普通の風邪麻疹くらいならかかったことあるんすけど……」

「日本に住んでたら、よっぽどの病気以外予防接種や病院で予防できるものだしね。やっぱり、この国……この島? 風土病かもしれない」

「風土病? だけど、あたしたちは特に問題ないよ?」



 真凛が首をかしげると、彼女の正面に座り込んだ米村が伸びた髭をじょりじょりと指でこすりながら口元を覆った。



「子ども特有とか?」

「でも、美香と友里亜は何ともないっすよ」

「体力や免疫の問題、ならばずっと寝込んでたユリアがまず先であると思います」



 日本語のぎこちなさが徐々に取れてきたジェシカも俯きながら答えた。確かに、抵抗力や体力の弱い子どもがかかる病ならば、数日漂流して熱にうなされて起き上がることすらできなかった友里亜の方が先に発症しているはずだ。



「ひとまず、感染症よね? 幅が広すぎて全然絞れないけど」

「感染症つっても、言わば風邪も感染症の一種だったろ?」

「そりゃあそうだけど……まあ、免疫疾患だったり悪性腫瘍とかアレルギーとか、そういったその他のよくわかんない病気は外す。で、感染症だと仮定する。仮定したところで……あたしたちに何ができる?」



 真凛の問に、各々口をつぐんだ。感染症の対処といえば、ここにいるほとんどのものが薬を飲むとしか答えられない。抗生物質などの薬の名前を耳にしたことはあるがそれが何に効力を発揮するかも知らないし、そもそも唯一効き目のありそうな風邪薬が効かないのだ。今のところ様子を見ながら与えてはいるが、総合風邪薬に含まれている抗生物質は麟太郎には効かなかった。その時点で、真凛たちにできることなど大きく限られているのだ。



「……ドラマで何か薬作ってたの、見たことあるか?」

「フィクションの話よ。それに、ここには医者どころか医療知識がある人間なんて誰もいない」

「まあ、自己治癒力が勝るかもしれないよ? 僕も、風邪を引いた時は布団で寝ているだけで治ってたし」

「そうするしか、方法ないね。あったかくする、いっぱい栄養とる。あと、傷を清潔にする。ダイジョーブ! リンタローは若くて元気いっぱいね、だから……わたしも頑張る、よ」

「そ、そうっすよね!」



 ジェシカと隼人が空元気に明るい声をあげる。ひとまずの方針は決まった。体を冷やさないように、しかし熱が上がりすぎないように体温調節を心がける。栄養価の高い食事を与える。更なる細菌感染を防ぐために裂傷部を清潔に保つ。

 ――つまりは、今まで通りってことね。

 真凛は俯いて心の中で独り言ちた。





 彰浩は朝から森の茂みに潜んでいた。彼の右手はぴんと張りつめたパラコードを握っている。彰浩がここに潜み始めてから二時間ほど経つが、待ち望んだ獲物は姿を現そうとはしない。しかしそれでも、彼は文句のひとつすらこぼさず、じっと息を潜めていた。


 彰浩は自分にできることが少ないと自覚していた。フェイのような多様な知識はないし、真凛のように臨機応変な行動もできない。隼人やジェシカのように和を整えることもできず、省吾や依里奈のような瞬発力としなやかさも持っていない。だから自分にできることをやることにした。

 ――根気。

 唯一彰浩が他人に誇れるものがあるのならそう答えるだろう。馬鹿正直にとはいえ、同じ作業を何度も繰り返することを彰浩は苦手としていなかった。むしろ自分にはそんなことしかできないとさえ彼は思っていたが、それも突き詰めれば才能になるということを知らなかった。


 彰浩は額に玉のような汗を浮かべながらじっと獲物を待った。悟られぬように息を細く吐き、例え虫が頬を這ったとしても彼はそれを振り払うことをしなかった。小動物は聴覚が発達しているので小さな物音ですら察知される――ということを彼が知っていたわけではない。ただフェイに、「静かに潜め」と指示を受けたから自分自身の太い腕が葉を揺らすことを避けた。たかがそんなこと、と言えば笑われてしまいそうなことだが、僅かな確率でも彰浩は成功率が下がることを厭うた。


 それから更に一時間と少し。彰浩が待ちわびたものが姿を現した。土色の毛皮に三角の大きな耳、そして長い尾。猫ねずみだ。

 猫ねずみは長い髭を揺らしながら地面にちらばったどんぐりもどきを一つずつかじりだした。茂みに潜む彰浩に気づいていいないのか、長い尾がひらひらとのん気に揺れている。

 ――まだ、まだだ。

 はやる気持ちをぐっとこらえ、彰浩は猫ねずみが射程距離に入るのを待つ。近すぎてもいけないし、遠すぎてもいけない。目印と撒き餌の兼用としてどんぐりもどきが積んである場所に獲物が足を踏み入れるまで、辛抱強く待つ。

 そしてようやくどんぐりもどきの山を見つけた猫ねずみは、ヂッと一声鳴き声をあげてその山へと駆け寄った。大量の餌に歓喜しているのかは彰浩にはわからなかったが、彼には猫ねずみが夢中でそれにかじりついているように見えた。



「――ッ!」



 彰浩の右手がパラコードを離すと、猫ねずみのいる場所を横に払うように大きくしなった竹が薙いだ。パン、とまるで鞭がしなるような破裂音がする。その竹の中央に薙ぎ払われた猫ねずみは悲鳴をあげる間もなく弾かれ、茂みの奥へと吹き飛んだ。



「いけない!」



 彰浩が転びそうになりながらも猫ねずみが弾かれた茂みへと向かう。長時間同じ体制でいた体はこわばり、末端には血が通っていないような気すらしたが転びそうになりながらも猫ねずみの消えた茂みへと頭から突っ込んだ。

 茂みをかき分けながら地面に目を凝らすと、地面と同系色の尾が目に入った。それを辿っていくと、ぐったりとした様子の猫ねずみが目に入る。彰浩がそっと持ち上げると、猫ねずみはぴくぴくと痙攣していた。死んではいないが、脳震盪を起こしたのだろうか。口から血が流れている。それを急いで丈夫な革製のリュックへ詰め込むと、彼はようやくほっと息を吐いて地面の仕掛けへと視線を落とす。



「すごい」



 猫ねずみが好むどんぐりもどきの散らばった地面には、竹バネ式と呼ばれる罠が設置されていた。もちろん、彰浩の案ではない。木の杭を持ち野生動物に挑もうとしていた彰浩と省吾を見たフェイが、呆れたように大きくため息を吐きながら教えてくれたものだ。

 竹を地面に寝かせて固定しその穂先をロープで括り引っ張ってしならせるという、竹の反発力を利用した原始的な罠。しかしそんなものでも、彰浩たちが直接猫ねずみに挑むよりかは随分と現実味がある。竹の穂先は遠征で採ってきたものが残っていたし、必要なものは設置のためのパラコードと人員のみ。薪や食料が安定している今、彰浩一人くらいならば遊ばせておいても問題はない。

 確実に仕留められる保証はないが、栄養源としての動物性たんぱく質は必要だ。臥せっている麟太郎のためにも、肉が欲しかった。


 猫ねずみが回復してしまわないうちに、彰浩は駆け足で砂浜へと戻る。そんな彼を出迎えたのは、まさか成功するとは欠片も思っていなかった漂流者たちの驚愕の声だった。

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