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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
24/60

十二日目 1

 昨日は遠征についてひと悶着あったが、今日は朝から皆そわそわとしていた。遠征班として探索に参加する彰浩はもちろん、普段肝の据わっているはずの真凛ですら落ち着かない様子で何度もスニーカーの紐を結びなおしている。



「忘れ物はない?」

「はい、大丈夫です」

「昨日何度も確認したしね」



 朝日が昇ると共に起床した彰浩、真凛、鈴子、隆太の四人は動きやすい靴に肌の露出の少ない服を身にまとっていた。今回は採集の時よりも草木の茂った場所を歩くかもしれないので、手袋と首を覆うタオルも忘れない。女性陣は帽子だって身に着けている、完全装備だ。

 彰浩は水のたっぷり入ったリュックを背負い、固定するためのベルトを閉じた。手には刃先を布で隠した手斧もある。



「じゃ、行ってくる」

「気を付けてな!」

「うん、日が沈む前には戻ってくる予定だから。だけど、うちらが戻って来なくても探さないで。予定が狂うこともあるし、二次遭難は避けたい」

「……わかった」



 誰よりもそわそわとしていた隼人が神妙な顔で頷いた。



 まずは砂浜から見て右手側の探索を行うことになった。タープのある場所からは小高い山がふたつ目視できており、距離もそこまで遠くはない様子だ。目標としては右にある山――黒っぽく、岩肌がむき出しの山だ――まで行き、周囲に水場か食べられそうなものを探すことになる。


 海岸右手側は切り立った崖になっている。素手では登れそうな高さではないが、見上げると緑が生い茂っているのが見えた。紅山芋もこうした岩肌に垂れ下がっており、手前の低い方は取りつくされているが小一時間もあるくとちらほらとぶら下がっているのが見えた。

 足元は生い茂った草木と落ちた葉が積み重なりふわふわとして歩きにくい。時折、地面にせり出した太い根や、落ちた枝、崩れた岩に足を取られつつもゆっくりと足を進める。森の中には目新しいものは特になく、彰浩たちも自然と口数が減っていった。


 出発してから一時間半ほどで真凛が休憩を取ろうと提案する。彰浩はまだ体力的に余裕はあったが、他の者は頬が紅潮し額に汗が滲んでいた。水を飲みながら座り込むと、どこかで鳥の鳴き声のようなものが聞こえる。



「こんなに長時間森の中にいたのって初めてかも」

「採集はポイント見つけてるから、短時間で何往復もする形だしね」

「座って休憩とかない、ね」



 鈴子が地面に茂っている草をつま先で弄り倒しながら、首にかけていたタオルで汗をぬぐった。



「鳥の声が聞こえる」

「ピーチチチチって奴?」

「うん。多分、鳥」

「鳥か……食いたいね」



 真凛が真顔で呟く。それに対して隆太と彰浩は無言でうなずいた。鈴子だけは、「えー」という顔をしている。



「鳥はどうやれば捕獲できるんでしょうか」

「猟銃とかないしね」

「罠でしょ。フェイなら知ってるかも」

「確かに」

「フェイさんなら、本当に知ってそうだよね」



 漂流者たちの間でフェイの知識に関する謎の信頼が生まれている。彰浩は言葉が通じないので彼と会話したことは数えるほどしかないが、真凛たちはフェイのことをよく知っているようだ。



「あの、そもそもフェイさんは何故あんなにも詳しいのでしょうか。そういった職業には見えませんし」

「あーフェイはね、普通のサラリーマンだよ。普通といっても、まあ中国じゃ大手企業のエリートなんだけど。昔から運動音痴で、こういうことに憧れてたんだって」

「こういうこと?」

「冒険」



 再び、真凛が真顔で宣言するように言い切った。

 冒険だなんて、フェイには似つかわしくない言葉だと彰浩は思う。真っ直ぐなミディアムの黒髪に、シルバーフレームの眼鏡。最初に出会った頃は細い針金のような体躯に誂えたようなグレーのスーツを着ていた。つけている時計も高級そうなものだ。切れ長の瞳は神経質さを感じさせるし、仕草も上品で絵に描いた上流階級の人間。それが彰浩のフェイに対する第一印象だった。

 言動だって、無茶をして突っ走る彰浩や笹原をいつもたしなめているし、誰よりも現実主義者に見えた彼の夢が冒険と言われても信ぴょう性を感じられない。



「あ、信じてないでしょ」

「そんなことは……いえ、あの、フェイさんには失礼ですが似合わないなと」

「ま、しょうがないよ。僕だって始め聞いた時吹き出しそうになったんだから」



 隆太は隼人をからかうときのようなニヤニヤとした笑みで両手を広げた。



「どうやら、フェイはブッシュクラフトをやりたかったんだってさ」

「ブッシュクラフト?」

「道具の制限されたサバイバル。ナイフ一本で山に籠るんだって、馬鹿だよね」

「ちょっと、頭おかしい」

「まあ、フェイは仕事が忙しすぎて実践はできてなかったらしいんだけどね。出張とか多い仕事だから、その合間に本を読んだりテレビを見たりしてたんだって」

「あんな顔でサバイバル番組見てるとか笑える」

「そのおかげでうちらは助かってるんだけどね。……さ、休憩はここまで。そろそろ行くよ」



 真凛が泥を払いながら立ち上がる。彰浩も持っていたペットボトルを鞄にしまい込み、重さのあるそれを背負って腰をあげた。



 歩きながらフェイについての会話で盛り上がっていると、足元を小型犬のようなものが通り過ぎた。鼠色の体毛に大きな三角の耳、そして長い尻尾。彰浩たちが猫ねずみと呼んでいる生物だ。どうやら、近くの茂みに潜んでいたものが足音に気づき驚いて飛び出してきたらしい。



「猫ねずみだ」

「かわいい」



 女性陣はその愛くるしい小動物――とは言っても、中々に大きい――の尾を目で追いながら目じりを下げた。灰色のしっぽが完全に隠れるのを見送ってから、隆太がぽつりと口にする。



「あれさ……鳥より捕まえるのが簡単そうだと思うんだけど」



 彼の言葉に、女性陣は信じられないものを見るような顔で眉をひそめた。真凛に至っては、鋭すぎる眼光を隆太に向けている。



「は?」

「だって、あれって結構大きいよね。うさぎ……いや、もっと大きいかな。あれ一匹捕まえたら、結構な量の肉も採れると思うんだけど」

「や、ない。ないでしょ。だってあれ、あんなにもかわいいし」

「真凛がさっき食べたそうにしてた鳥だって、おそらくつぶらな瞳をしてると思うよ。それに、食える食えないは外見とは関係ないだろうし」

「でもあれねずみだし!」



 必死に猫ねずみの食用化を拒否する真凛に、隆太は右手の人差し指を突き立てて言い張った。



「…………マリ、リスはねずみの仲間さ、齧歯目っていうね。そしてイギリスではリスを食べるんだ。森の木のみばかり食べているリスは、肉に甘みがあって今では大人気らしいよ」


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