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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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十一日目 2

 昼食後は遠征の準備を行うことになった。遠征参加者は明日に備えて体を休めながら、タープの中で持って行く荷物をまとめている。



「じゃ、取りあえず鞄は大丈夫ね?」

「そうだな」



 あの後恥ずかしそうに席を外した隼人は、昼食時にはすでにいつもの調子を取り戻していた。まだ彰浩と目が合うと少し面映ゆそうに視線を逸らすので、多少に気恥ずかしさは感じているようではあるが。


 遠征参加者の彰浩、真凛、鈴子、隆太は両手の空く鞄を自身の前に並べた。彰浩の唯一の所持品であった革のボディバッグは容積が少ないため、今は鈴子の手に渡っている。漂流してきた荷物にあった大きなリュックサックは彰浩と隆太に、小さめのものは真凛が持つことになった。鈴子はボディバッグとウエストポーチの二つだ。



「鞄、これだけで大丈夫か?」

「あんまり重すぎても体力を削るだけだし、今回は日帰りの予定だから十分すぎるくらいでしょ」

「緊急時に身動きが取れなくなっても困るしね。あと、僕の荷物は少なめにしてよ」



 小柄な隆太が彼の背中をすっぽりと覆い隠してしまうリュックを持ち上げながら眉を顰める。確かに彼に割り振られた鞄は彰浩のものより小さいとはいえ、大きさが大きさなだけにそれだけでわずかに重量がある。



「まーそこはがんばれよ、男だろ?」

「僕、志願したわけじゃないんだけど。そんなに言うなら、隼人が代わってよ」

「あー無理無理。隼人にはこっちでやることあるし。何なら、あたしのと代えてやろうか?」

「マリなら平気そうだね」



 軽口を叩きながら持って行く荷物を再度確認する。


 まずは水。蒸留するための荷物を持って行くわけにはいかないので、現地で補うことはできない。水筒代わりにしていたものを奪うことになり砂浜に残る者たちには申し訳ないし、探索班の足かせになりはするが水の入ったペットボトルを一人三リットル持って行くことになった。女性が三キロを担いで森の中を歩き回るのは負担が大きいため、その多くを彰浩が背負うつもりだ。


 次に食料。笹原の努力でタコ貝の燻製は順調に量を増やしている。作っては壊れ、作っては壊れを繰り返しているようだが、その成果は出ているようだ。それを三食分、一食につき一人当たり二匹の燻製を準備した。また、燻製が塩辛いと水分が余分に必要となるため、塩分を控えめにしたものを笹原には作ってもらっている。

 体力回復には甘いものが必要であると誰かが言い出したため、持ち運びのしやすい個別包装されたちんすこうもひと箱――三十包入りだ――持って行く。これもぱさぱさとして口の中の水分を奪ってしまうが、小麦と油と砂糖で作られたちんすこうはエネルギー源としては優秀だろうと踏んでのことだ。

 予定では日が暮れるまでに帰ってくるつもりなので、食料は十分すぎるかもしれないが遭難したときのために多めに準備した。


 そして持って行く道具は、手斧、ダイビングナイフ、ライター、タオル、清潔な衣類を細く裂いたもの――これは包帯替わりに使用する――、火口(ほくち)だ。

 三つ折りスコップも検討したが、荷物が増えすぎてもいけないし他のもので代用できるため今回は見送られた。野宿の準備も、寝泊まりするわけでもないので上着を余分い持って行くだけに控える。



「ほんとーに大丈夫なのか、これだけで」



 心配性の隼人が、少なくまとめた荷物を前に腕を組んだ。



「いや、わかんないよ。初めてだし」

「そそ、こんなのやってみないとわかんないでしょ。初心者だよ、うちら」

「だから心配してんだよ!」

「ま、危なかったらすぐ帰ってくるし。あんたは精々ここでハラハラしてなよね」



 真凛が茶色の目を意地悪気に煌めかせ、両手をひらひらと振る。鈴子もノートを手に荷物の点検に集中しており、隆太は呆れたように隼人と真凛の二人を仲裁している。どうやら気負いすぎている様子はないようだ。

 たった一人、彰浩を除いては。



「…………彰浩さん?」



 自分の抱える荷物をすべて鞄の中に詰め込んだ彰浩は、ずしりと重いそれを膝に抱え込んで黙りこんでいた。水の入ったペットボトルが七キロに、柄まで鉄でできた手斧は三キロほどだろうか。重さのある手斧は伐採時には自重と遠心力でとても頼もしいものであるが、持ち運ぶとなると気になる重さだ。

 十キロほどの荷物など、彰浩にとっては軽い部類に入る。背負ってみても動きを阻害する様子はない。仕事で抱えていたものと比べれば、子供の遠足のリュックと程度は変わらないだろう。


 しかし、遠征中に彰浩が抱えているものは手のひらの荷物だけではなかった。

 機転の利く真凛に、目ざとい鈴子、そして慎重で現実的な判断を下す隆太。確かに、未知の領域に足を踏み入れる場合この人選は悪くはないだろう。しかし、それはあくまでも頭脳面においては、だ。隆太は線が細く、力も弱い。女性である真凛と鈴子は言わずもがな、だ。三人とも運動神経は悪くはないらしいが、体力、腕力面では他の遭難者の中でも一歩劣るものたちだ。そこを彰浩がカバーしなければならない。


 ――もしもあの、木をなぎ倒すような生物と遭遇したのなら正面から対抗できるのは自分だけだ。いや、自分ですら対抗できないかもしれない。

 もちろん真凛も鈴子も隆太も、そのような危険な状況に陥らないための人選だ。しかしどんなに気を付けていても不慮の事故というものは起きてしまうことがある。現に、今彰浩たちが未開の砂浜で野宿していることでさえ、誰も予想だにしていなかった不慮の事故の結果だ。


 人選には文句はない。彰浩とて、例え省吾や依里奈が一緒に探索班に加わったとしても、矢面に立つのは自分の役割であると思っていた。だが、恐ろしかったのだ。もしもの時に、矮小な自分の手に皆の命がゆだねられることが。

 腹の底から生まれ出る不安が、無意識に彰浩の両手に震えさせた。それを押し隠すように、彼は強すぎる力で両手をぎゅっと握り締める。その様子を隣に見ていた真凛は呆れたような顔で笑い、持っていたノートで彰浩の頭を小突いた。



「気負いすぎ。大丈夫、ちょっとでもやばそうだったらすぐに引き返すから。あんたの役割はあくまで荷物持ち、それ以外のことに彰浩の力は必要ないわ」

「……はい」



 返事をしたものの、彰浩の顔はこわばったままだった。真凛がきっと眉を吊り上げて、髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜながら立ち上がる。



「その反応はわかってないだろ」

「いえ、そんなことは……」

「いいや、わかってない! あーもう、うじうじすんな! あんたは黙って、あたしについてくればいいの!」



 語気を荒くした真凛の右足が、彰浩の背中の中心を正確に打ち抜いた。

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