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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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八日目 1

 八日目の朝食は初めて十五人全員が揃って口にすることができた。今まで体調を崩していた少女――友里亜(ゆりあ)が立ち上がれるほどに回復したからだ。まだ顔色がいいとは言えないが、大人サイズのTシャツを着てジェシカの隣で昨夜の残りである磯汁と焼きたてのパンケーキ――漂着物の中にあったサーターアンダギーMIX粉を笹原が土鍋で焼いたものだ。快気祝いだから、ととっておきのものを出したらしい――を頬張っている。



「おいしい」

「そ、よかった! トモミに感謝、ね」

「うん」



 ジェシカと仲良く朝食を取る友里亜は十二歳だという。しかし同じ年の麟太郎よりもずっと大人っぽく、落ちついている印象を彰浩は受けた。小柄な友里亜は日本人にしては色素が薄く、髪も赤みがかかっている。ジェシカやフェイの英語も理解できているようで、彼女曰く父親がオーストラリア人だったらしい。


 彰浩は彼らの和やかに参加するでもなく、甘いパンケーキを口に含んだ。友里亜のことが気がかりではないわけではないが、自分の見てくれでは子どもは恐ろしいと感じてしまうかもしれない。そんな忌避感があった。

 幸い麟太郎と美香は物おじしない性格なのか、すぐに彰浩に打ち解けてくれた。両親がいない不安に枕を濡らすこともあったが、喉元すぎればなんとやら、今では落ち込んでいる大人たちよりもずっと早く島の環境に順応し、彰浩や省吾に肩車をせがんで海に投げさせて遊ぶほどの余裕もある。

 しかし目覚めて日の浅い友里亜はどうだろうか。彰浩の知る限りでは、海に投げ出されて何日も漂流し、体を壊したのにも関わらず嘆き悲しむそぶりはない。確かにジェシカが献身的に世話をしていたとはいえ、親元から引き離され誰一人と知らない大人たちの中で遠慮気に笑う友里亜が、彰浩には不思議だった。





 彰浩は額から滴る汗を肌触りの悪いタオルで拭った。

 今日の彼の仕事は薪割りだ。ある程度の大きさの木を切り倒し、枝を打ち、丸太切りにする。それを運んで、砂浜近くの平らにした切り株で適当な大きさの薪に割っていく。ただそれだけの、斧を振るう仕事だ。

 しかし木を倒す場合、色々と気に掛ける必要がある。自分の方向に倒れないようにだとか、倒れた方向に人がいないようにだとか、だ。薪割りは基本的に二人組で行う仕事だ。ひとりが木を伐り、もうひとりが周囲を気に掛ける。監視役は気が倒れる前に黒いプラスチック製のホイッスルで大きく音を鳴らし、周囲に注意を促す。

 森の中で採集をする者たちは、既にホイッスルの音を聞いたら周囲を警戒する癖がつきつつあった。いくら左程大きくはないとはいえ、自分の身長よりも数倍の木々だ。呆けていて下敷きになったのなら目も当てられない。

 彰浩は薪割りの時、隼人か省吾と組むことが多かった。薪割りは割り振られた仕事の中で最も体力を使う仕事だ。頭脳労働の苦手な彰浩と省吾は進んで薪割りを希望したし、この二人が名乗り出るならば隼人も男として参加せざるを得なかった。ちなみに、初めは見張り役が「南に倒れるぞ!」と叫んでいたのだが、省吾が方角がよくわからなかったのでホイッスルに変わった次第である。


 しかし今回彰浩のペアとして黒いホイッスルを首から下げているのは鈴子だった。

 見張り役は楽な仕事ではあるが、荷物を担いで砂浜まで戻るのももちろん仕事の内に入る。背中に括り付けた丸太はずしりと重く、足を取られる森の中では更に体力が必要だ。それに伐採役の体力が尽きたら、見張り役が代わりに斧を振るうことだってある。彰浩は己を見上げる鈴子に、心配そうな顔で問いかけた。



「あの、大丈夫ですか?」

「大丈夫。がんばる」



 鈴子に断言されてしまった彰浩は、不安を抱えつつもいつもの伐採場所へと向かった。

 本来ならば伐採とは木々の密集しすぎた場所を間引く作業であるが、生憎狭すぎる空間では満足に斧を振るえないため、彼らはいつも同じ場所の木々を伐っていた。そのせいで、森の西側にはぽっかりとした空間が空いている。

 その空間の端にある小さめの木を前に、彰浩は右手に持っていた斧に巻かれた布をとった。斧の歯はギラリとした鋭さを持っていて、まだ研ぐ必要性はなさそうだ。薪割り作業が初めての鈴子に、彰浩は自分の背後にいるように言って斧を構える。

 一回、二回、三回。同じ場所を打つように努めるが、どうしても場所がずれてしまう。彰浩の強靭な腕力で本来ならば五回も打てば半分ほど削れてしまいそうな細さの幹だったが、彼の斧を振り上げた回数はその倍以上を必要とした。ようやく幹の中心まで達した斧を抜いて彰浩は反対側へと回り込む。

 初めは彰浩も、一方向から斧を振るい木を切り倒していた。しかしそのやり方では自分の方向へ倒れてしまい、危険が多い。何度か危険な目に遭い頬に擦り傷を作らなくなった頃、同じく伐採を経験していた隼人が生み出したやり口を教わった。

 隼人のやり方は、左右に受け口と追い口を作るものだ。とはいっても、彼がその存在を詳しく知っていたわけではなく、「どこかでこんな感じでやってた気がする」という曖昧なものだ。その証拠に、受け口には地面と平行に30度ほど角度をつけなくてはならないだとか、追い口は受け口よりも高く作らなければならないというようなことは守られてはいない。だが自分の方向へ倒れてくることは、初めのやり方よりもずっと減っていた。



「倒します」

「うん」



 彰浩の合図と共に、甲高いホイッスルが鳴り響く。その音を聞きながら、彰浩は両方から削り取られた木を足で蹴りつけた。何とか均衡を保っていた木も、傾き自身の重さでバキバキと幹を折っていく。



「おお、すごい」



 鈴子が感心したように呟いた。彰浩はそれに何と答えればよいかわからず、曖昧な顔で頭を下げる。



「次が、枝打ち?」

「はい。倒した木を安定した場所に移動させて、運搬に邪魔な枝を落とします」

「私がやる」



 彰浩は渋ったが、結局口のよく回る鈴子に丸め込まれ手斧を渡した。彼女は柄まで金属でできた手斧の重さに驚きわずかによろめいたが、滑り止めとして巻かれた布をしっかりと巻きなおしバランスを確かめるように何度か横なぎに空を掃った。



「大丈夫ですか?」

「ん、問題ない。これでも元陸上部」



 そう言って鈴子はたどたどし手つきで枝を落としていく。力の弱い彼女は細い枝とは言え一度では断ち切れず二度、三度と斧を振ってようやく一本の枝を切り落とす程度だ。上から下へと振り落とされる斧は、いつ彼女の白い足を傷つけそうで彰浩は見ているだけでそわそわと落ち着かない。



「変わりましょうか?」

「…………うん」



 枝が半数程に減った頃だろうか。鈴子が額に浮かんだ玉のような汗を拭って大きく一息吐くと、彰浩は遠慮気味に彼女へと尋ねた。慣れない力仕事をした鈴子の呼吸は乱れ、背中にまで汗が滲んでいる。

 彰浩は手斧を受け取り、随分と慣れた仕草で枝を落としていく。流石にもう何度もやっている仕事であるし、鈴子と彼の腕力は比べ物にならない。危なげなど欠片もなく、そして素早く枝を落としていく彰浩に鈴子は小さくため息を吐いて、赤くなった自身の手のひらをじっと見つめた。

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