六日目 3
木こりを終えて戻った彰浩と省吾は、一番大きなタープの中で緑の器を手にあぐらをかいていた。その大きな緑の器の中には、さらさらとしたシチューのようなスープがそそがれている。紅山芋の色素でほんのりと赤く染まったスープは口に含むと塩気とかすかな甘みが丁度良い塩梅で、ほっと体を温めた。
具のタコ貝も肉が厚くぎゅっと詰まった身はジューシーで、そのまま煮らずにひと手間かけられた焼き色が香ばしくスープの味を深めていた。長時間かけて煮くずしたであろう紅山芋も、スープのうま味を吸って口に入れればほろりと崩れてしまう。全てをまとめ上げている白アボカドの濃厚なジュースを飲み干し、彰浩は感嘆の息を漏らした。
「まだあるぞ」
「……いいんですか?」
「お前ら以外は全員食い終わっとる。体動かしたんだから好きなだけ食え」
笹原にスープのおかわりをもらうと、彰浩は次にこんもりと葉の上に盛られた赤山芋へと箸を伸ばした。紅山芋のマッシュサラダはほくほくとした歯触りで、塩気も甘みも薄めだ。色以外はマッシュポテトのようではあるが、果実ゆえかじゃがいもにはあるはずの土臭さはまったくない。焼かれたタコ貝と共に口を運ぶと強めに塩をふられたそれととてもよく合い、白米のようにかき込んでしまう。
「ごちそうさまでした」
彰浩が箸を置くと、笹原は満足そうにうなずいた。腹の中ではどっしりとした満腹感があり、今すぐにでも寝ころんでしまいたいくらいだ。現に彰浩より先に食べ終わった省吾は腕を枕にしてひと眠りに就いている。
腹具合を見ながら休んでいると、ようやく鈍い色をしていた空が雫をこぼした。皆が慌てるように蒸留装置である土鍋をタープの下に回収したり、空のペットボトルや空き缶を並べだす。どうやら雨が降った場合のことをフェイに先だって支持されていたようで、一か所に集められた空き容器はすぐにタープの周りや砂浜に並べられた。
「わ、降ってきた降ってきた」
そういって大きなタープの中に駆け込んだのは真凛と隼人、依里奈である。彼らは昼食が終わった後も近場で食材を探していたようで頭をほのかに濡らしていた。真凛がタープの中で2枚重ねた長靴下――島草履やサンダルしか履物を持っていない者は、肌を守るために靴下を重ね履きしている。真凛からはダサいと不評だ――を億劫そうに脱ぎ、丸めた。その間にも雨足は強まり、作業を終えた者たちが一番大きなタープへと戻ってくる。
彰浩は指示されるがままに女性陣が就寝している背の低いタープと薪や荷物が入れられているタープをたるませ、重石を置いた。中央のタープ以外の二つの小さなタープは、上部を木に結んではいるが下部は砂浜に石を乗せて飛ばないようにしているだけなので、張り直しも随分と楽な作業だ。ざあざあと振る雨はあっという間にたるんだタープの中に溜まり始める。
「はい、皆ちゅうもーく!」
空の容器が設置し終わると、髪から雫を垂らした真凛がパンパンと手を叩いて注目を集めた。
「雨が降りこんでくるから壁を作るって! フェイがロープ貼るから、隼人と省吾と彰浩、あと米村のおじさんは葉のついた枝をあっちのタープから持ってきて」
そういわれて雨の降る中外へと出る。丸太にする際に切り落とした枝もそのまま運んでいたので、大小は様々ではあるが十分に数がある。どのくらいの大きさにすればよいかと男陣で相談していると、真凛がびしょぬれになりながらこちらへと駆けこんできた。
「葉っぱがいっぱいついてる奴ならどれでもいいから」
そういって彼女はあるだけの手袋を投げてよこす。元より運びやすいように大まかなサイズはそろえてあるので、特に葉が茂っている枝を抱えて一番大きなタープへと戻るとフェイとジェシカがロープを3本L字型に張っていた。
二人の指示に従いピンと張られたロープに枝をかけていくと、隙間があるとはいえ海に面した広い面と女性陣の眠るタープ側に壁が作られた。ちょっとした雨風は防げるし、今までは解放感があって眠りづらかったタープもこうしてみると小さな小屋のようにも見える。残念ながら一番大きなタープを覆いつくすほどの枝はなかったので、今後徐々に増やしていく予定だ。
中で火を焚いているが森をもう一辺はそのままであるし、葉の隙間から風が通るので問題はないだろう。焚き火用の枝は大量に消費してしまったが、まだ丸太もあるので快適な生活をする上では必要な支出だろう。
「家っぽいな!」
「どう見てもあばら家だけど」
出来上がりにはしゃぐ隼人に、隆太が呆れたように呟く。確かに、ところどころ枝は飛び出しているし、ここで寝泊まりしているだなんてこの島に流れ着く前の自分に言っても信じないだろう。
「じゃあ、あたしら洗濯しとくからあんたらは体洗ってきな」
彰浩はそういった真凛にぽんと固形石鹸を渡される。オレンジ色をした固形石鹸は沖縄で手作りされたものらしく、摩耗しているとはいえ月桃の花のような掘り込みが残っていた。
「匂い、やばいから。あんたらが終わったら、私たちもやるし」
「雨で、ですか?」
「そ。天然のシャワーでしょ。冷水だけど」
□
いくらこの島が初夏ほどの気温があるとはいえ、長時間雨にうたれると体が冷えた。洗う傍から流されていく石鹸は、余程体に垢がたまっていたのか中々泡立とうとはしない。しかし頭からつま先までしっかりと垢を流すと、随分とさっぱりした気分になる。水は貴重品なので洗顔程度にしか使えず、かといって海水では余計にべたついてしまうので清潔さを保つのは困難な生活なのだ。
彰浩が腰に濡れたタオルを巻いて戻ると、少しごわごわとしたタオルを渡された。鈴子曰く、どうしても必要なものは海水で洗って最後に真水でゆすぐだけの洗濯をしていたらしい。引き上げたスーツケースの持ち主の中にはホテルのバスローブを持ち帰っていた者もいるらしく、ふろ上がりだからと真凛に半笑いで勧められたが彰浩は丁重に辞退した。
彰浩から僅かに遅れて隼人や隆太、省吾、フェイ、笹原、米村と麟太郎も駆け足で戻ってくる。いつも髪をオールバックにまとめていたフェイは髪を下ろすとずっと若く見えるし、恰幅の良い米村は真凛から手渡されたバスローブが妙に様になっている。ちなみに麟太郎は美香と共に女性陣から一緒に行こうと誘われていたが、十歳にもなると羞恥心が勝るのか耳まで顔を赤くして拒否していた。
タープの出入り口で、空にしたスーツケースを桶代わりにして衣類を洗濯していた真凛と鈴子、さよ、ジェシカが彰浩たちと交代で石鹸を手に外へと出る。ちなみに真凛からは「覗いたら殺す」と脅しをかけられ、ご丁寧に依里奈を見張り役として残されている。美香もさよに連れられて出て行ったし、漂流してきた少女は未だ寝込んでいて名前すら聞き出せない状態なので留守番だ。
仕方がないので彰浩、隼人、省吾、隆太の四人は依里奈から教えを乞い女性陣の洗濯を引き継いだ。米村と笹原は体が冷えたのか、かまどの前でぶるぶると体を震わせている。
まずは焚き火の灰を入れられたスーツケースで彰浩が洗濯物を揉むようにして洗う。布同士をこすり合わせると傷んでしまうので、両手でぎゅっぎゅと握る作業を繰り返すのは数が多いと中々骨だ。力も必要なので、女性にはきつい仕事かもしれない。今まで任せきりにしていたことを反省する。
次に隼人が水ですすぐ。灰がついているので、隼人の前の水桶――とは言ってもスーツケースだが――はすぐに濁ってしまうので、頻繁に水を張り替えなければならない。
ある程度灰が落ちると最後に隆太の前にある水桶ですすぎ、省吾へと手渡される。省吾は受け取った衣類を雑巾のように絞りあげ、依里奈がタープの中に通した紐へとひっかける。これが一連の流れだ。
「何で灰を使うんだ?」
塗れたワイシャツを手に、省吾が首を傾げた。
「灰はアルカリ性だから、汚れを落とす作用があるんだよ。石鹸が輸入されるまではこれが洗剤替わりだったらしいし」
隼人が手を動かしたままスラスラと答える。隆太が「さすが優等生」と茶化すように笑った。
「優等生じゃねぇし!」
「いや、お前は十分頭がいい。誇っていいぞ」
「省吾は勉強しなさすぎるだけだろ……義務教育レベルの話だぞ、これ」
「隼人さんは博識なんですね」
彰浩が感心したようにふむふむと首を縦に振ると、隼人は照れくさそうに視線を逸らしながら頬をかいた。
「あー……俺、今まで勉強しかやってこなかったんで」
「うちの高校、そこそこ偏差値高かったんだ。隼人はそこで上から数えた方が早いくらいのがり勉だったんだよ」
「がり勉言うなよ!」
「いや、隼人大学デビューじゃん。この人に二か月前の写真見せてあげたいくらいだよ」
スマホの電池が切れてなきゃなあ、と隆太は隼人をからかうようにケラケラと笑う。
「省吾も、勉強できるんですか?」
「俺は一芸入学だし」
「一芸?」
「省吾は運動奨学生っすよ。野球ですっげー強かったらしいっす」
「なるほど」
「なるほど、じゃねぇよ。納得すんな」
濡れた洗濯物を抱えた省吾が足で彰浩を小突く。それを期に始まった彼らの学生生活の思い出話は、女性陣が唇を青くして戻るまで続いた。




