六日目 2
一番大きなタープの中に自分の満足できるかまどを二つ組んだ笹原は、並べた食料と睨めっこしながら腕を組んだ。真凛たちが大量に拾ってきたどんぐりもどきに、赤い山芋のような果実――笹原は紅山芋と呼んでいる――、加熱するとざらりとした牛乳のようになる白アボカドにタコ貝。どれも安全性が確認された不思議な食物たちである。殻の透き通ったアサリのような貝は少量しか取れなかったので、大判のハンカチに包んで海にさらしておいた。こいつを使うのは取りあえず後日だな、と笹原は流されないよう砂浜に深く突き立てられ石で固定された枝を遠くから見つめた。
昨日、隼人が玉切りしてきた丸太を半分に割り省吾に何とか表面を整えてもらったものをまな板替わりにして、大ぶりのダイビングナイフを手に取る。まな板の上にうねうねと動くタコ貝の触手を置くと、彼は頭を抑え手慣れた様子で背に切れ込みを入れた。仕事前に研いでおいたダイビングナイフは刃が分厚いながらも中々の切れ味である。
薄くやわらかなタコ貝の骨に沿って何度か包丁を入れると、二枚に開く。開き方はうなぎに似ていたが、中央にわずかに主張する骨と内臓を取り頭を落とすと、小骨ひとつみあたらない身の詰まった白い切り身ができあがった。こうなると最早、細長いイカの腹にも見えてくる。端切れでまな板を清潔に保ちながら、半透明の薄皮を剥げばそこに並んでいるのはイカの切り身そのものだった。
笹原が手際よく大量のタコ貝をさばく隣で、彼の妻であるさよは真凛たちの拾ってきたどんぐりもどきを水にさらしていた。この際、水に浮いたものはかつがつと捨てていく。土鍋のひとつを失敬して湯を煮立たせる。そこに沈んだどんぐりもどきを投入し、少しだけ茹でる。中に火を通す必要はない、殻がやわらかくなりさえすればいいのだ。
あとは黙々と殻をはずしていく。ペンチや余分な刃物などはないので、大きめの石を土台に手のひらサイズの石で押しつぶすように殻を割っていく。根気のいる作業ではあるが、裁縫を趣味としていたさよにはその単調な仕事が苦ではなく、隣にいる夫の「水取ってきてくれ」という言葉も耳に入らず没頭した。殻の剥かれた白い実は、そのまま複数の琉球グラスで水にさらされる。ジェシカが身振り手振りで説明してくれた「えぐい」という言葉を、さよはしっかり覚えていた。
集中している妻に自分の声が聞こえないのはいつものことなので、笹原は空になったペットボトルと空いた土鍋を手にタープから出ていく。最早笹原の仕事となった海水蒸留装置をてきぱきと作り上げ、薪を足し、ペットボトルにぬるくなった水を補給する。もちろん、常時稼働していた土鍋で蒸留された水を取り出し、新たに海水を補給することも忘れない。
もう一つの太陽光を利用した蒸留装置――掘った砂浜に海水を撒き、パラシュート生地を貼り中央に石を乗せたもの――も確認してみたが、今日はあいにくの天気なのであまり真水はできていなかった。
再びタープの中のまな板の前に戻った笹原は、紅山芋の皮を剥く。紅山芋とはいっても、本来の山芋のようにぬめり気やねばり気はないし、じかじかと手がかゆむこともない。薄茶色の皮を剥くとそこには赤黒い果実が現れる。色さえ目をつぶれば少々不格好なじゃがいものようなものだ。しかしこれが地中に埋まっているのではなく蔓植物で果実のようにぶらぶらと生えていると聞くと笹原も首を傾げざるを得ない。蒸留装置の番をしていることがほとんどなので彼はいまだに森へと足を踏み入れたことはないが、機械があればこのおもしろおかしい植物の生育環境を見てみたいものである。
紅山芋を食べやすい大きさに乱切りにすると、笹原は白アボカドを手に取った。これも紅山芋と同じく、下処理の手間がほとんどかからない植物である。鮮やかな黄緑色の表皮はやや硬いが、そこを抜ければ中はまるで適温に管理されたアイスクリームのようなやわらかさだ。笹原の親指の爪ほどの黄色い種がいくつかあるが、それも数は少なく取り除くのに苦労はしない。あとはダイビングナイフの先を使ってこそぐように白い果肉を掻き出すだけだ。
下準備が終わったので、笹原は懐から松の実を取り出した。これは、昨日子供たちが拾ってきた松ぼっくりから僅かにだが回収できたものである。それの殻を剥き熱した土鍋で炒る。省吾の作った箸は中々使い勝手がよく、持った感触も悪くはない。この調子で木べらや匙なども作ってもらいたいところだ。
ローストされた松の実が徐々に色付き、僅かにだが香ばしいにおいも漂ってきた。茶色くなったところで煮沸消毒した石に松の実をこすりつけるようにしてすりつぶす。石の表面に細かくなった破片と、汁のようなものが付着する。油だ。笹原の思惑通りの成果に彼はめずらしく口の端を吊り上げたが、いつの間にか彼のことを観察していたらしいさよが咎めるような声で笹原を呼ぶ。
「お父さん」
「…………大丈夫だ、昨日ちゃんとわしが食った」
実は昨日、麟太郎たちが拾ってきた松の実を調理に使おうとした際、彼はさよからこっぴどく叱られていた。
笹原としてはどこからどう見ても松の実であるし、木を見に行っても自分の生家の庭で嫌というほど見慣れたものだったので大丈夫だと確信していたが、さよは懐疑的だったし安全性が確認されるまで使用を禁止された。
なので、彼はこっそりと可食テストというものを試していたのだ。変な味も舌のしびれもなく、今日も体調に変化などはない。この松の実は安全な食料なのである。
勝手に口にしたことをさよは怒っていたが、それを無視して紅山芋を茹でる。鍋がぐらぐら沸く音とさよの小言をBGMに笹原は松の実を砕く作業を続けた。
大量の紅山芋に火が通ると、笹原は薄く色付いた湯を捨てそれらを土鍋の蓋へと移した。水気を拭きとった土鍋の上で松の実をぎゅっと絞ると、少量の油がぽたぽたと落ちる。彼の満足いく量は取れなかったが仕方ないと割り切り一口大に切ったタコ貝を投入すると、強火のたき火で熱せられた土鍋はじゅっと音を立てた。
タコ貝の両面をこんがりと焼くと、次は種を取り除いた白アボカドの果実と水を入れる。ぐらぐらと鍋が沸くころには白アボカドの実は欠片も残ってはおらず、さらさらとした牛乳のようになっていた。それに紅山芋を半分ほど入れ、塩と茶色のまったりとした樹液で味を調えれば一品は完成だ。あいにく、調味料は塩しかないが松の実の香ばしさと樹液の甘さでそこそこの味にはなっている。
残った紅山芋に松の実の欠片を入れて押しつぶしながらこちらも塩と樹液で味をつける。味見をしてみると冷凍のコロッケ――あの、中身がジャガイモのみのほんのりと甘いものだ――のような味で、今でも悪くはないがパン粉をつけて揚げたら悪くはないだろうと笹原は独り言ちる。ふと、彼の妻が下処理していたどんぐりもどきを思い出し妻に声をかけると、さよは「まだそんな量はありません」と無碍に断られてしまった。笹原の満足いく仕上がりではないが、紅山芋はコロッケにはならずポテトサラダもどきで完成だ。
しかし15人もいると大きな土鍋いっぱいのスープとこんもりと盛られた紅山芋のマッシュサラダだけでは心もとない。いくら腹に溜まるじゃがいものような紅山芋をふんだんに使用しているとはいえ、体の大きな彰浩を始めとした食べ盛りの青少年たちが多いのだ。
笹原はスープの土鍋を弱火用のかまどへ移すと、鍋の蓋を使い塩漬けにしようと残しておいたタコ貝を焼き始めた。
調理器具もなく、食材すら十分にない状況で作り上げた食事を笹原は満足そうに見つめた。しかし困ったことがひとつある。紅山芋のマッシュサラダは葉の上に載せればいいとして、メインのスープの器がない。琉球グラスが六つあるとはいえ、内部に気泡を含有する琉球グラスはガラスの中でも特に熱に弱い。きっとかまどの上でぐらぐらと沸き立つスープを入れたら割れてしまうだろう。
どうしようかと頭を悩ませている笹原にさよが気づいたのか、根気強くどんぐりもどきの殻を剥く手を休めて声をかける。
「お父さん、どうしたんですか」
「器がない」
「……ああ、それでしたら」
妻の言葉に笹原は目から鱗が落ちる思いだった。よくよく考えれば、店でも調理は自分でしていたが盛り付けはさよに任せきりにしていたのだ。季節の食材を美しく盛り付ける手を持つさよにとっては、美しく磨かれた陶器やガラスだけが器ではないらしい。
さよの助言通りに笹原は白アボカドの殻を手に取る。それは中の柔らかい果実を包むにふさわしい丈夫さを持っていた。大きさも彼が知っているアボカドよりもずっと大きいため1センチほどの厚みがある。食材を無駄にしないため丁寧に果実を掻き出したので、そのまま器に使えそうである。
今日の昼食では二十センチほどの大きさの白アボカドを四つ使った。すべて中央から二つに割っているので八つの大き目のお椀ができている。人数分には足りそうにないが、二度に分けて使用すれば十分だろう。笹原は大きく頷いて、まずは砂浜で暇を持て余している子どもたちと、採集から早めに戻った真凛たちを呼び集めた。




