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野生の牢獄  作者: 鴨野朗須斗
14人の漂流者たち
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六日目 1

 麟太郎と美香の兄妹がさよ――笹原の妻だ――と楽しそうに石を積んでいた。子どもたちには森や海は危険であるためあまり近づかないように言い含めていたが、特にこれといった仕事もない彼らも退屈だったのだろう、フェイから割り振られた仕事を嬉々として行っている。

 六日目の朝になったが救助の兆しは見えない。しかし幸いなことに、可食テストの実験者たちの体調にも問題はなく皆元気に割り振られた仕事をこなしている。彰浩はというと、手斧を片手に木を伐り倒していた。昨日隼人が頑張ってくれたが成果はあまり芳しくなく、これからのことを考えると薪は潤沢にあればあるほど良い。何せ、水の確保にすら大きく火に頼らざるを得ないのだ。彰浩は額に浮かんだ汗を袖口で拭って、大きく斧を振り下ろした。


 麟太郎と美香、笹原、サヨ、フェイ、ジェシカは何やら難しい顔で浜辺に積まれた石を見下ろしていた。石は昨日のうちに手の空いた者が集めてきたもので、大小さまざまである。彼らはひとまず一番大きなタープの中央に小さな穴を掘り、その穴を囲むようにコの字型に石を積み上げていた。

 本来ならば風の流れを考え、掘った穴にはなだらかな傾斜をつけるべきだが地面は柔らかな砂である。フェイは拠点を森の中へと移すことを検討しながら、ジェシカの通訳越しに少年たちへと支持を出す。大きな重い石を配置して後は子供たちへと任せた笹原も、空の土鍋を持って石の積み具合の調整をしていた。


 隼人は一番大きなタープの下で筋肉痛に呻いている。その隣には、未だ名の知らぬ少女が寝かされていた。

 少女は熱が出たのか、少し寝苦しそうではあるが呼吸は安定している。昨日の夜更けにも目を覚まし水を与えたので、ジェシカは昼にでも消化にいい食事を与えようと考えていた。幸い、食材が増えたことにより調理の幅がわずかではあるが広まった。料理人である笹原も、どこか嬉しそうに見える。


 米村と依里奈は潮だまりや海岸で貝を始めとした海産物を集めている。現状魚を捕まえられる装備はないし、精々貝や蟹が良いところだ。「あ、そこ。滑りますよ」と依里奈の声が聞こえた頃には、どんくさい米村はしりもちをついていた。依里奈に助け起こされ、下着まで濡らした米村はへにゃりと情けない笑みを浮かべている。


 真凛、隆太、鈴子の三人は重ね着をして森へと入っていた。彼らはどんぐりもどきを拾い、山芋のような果実を収穫している。時折鈴子が手元のノートに何かを書き込んでいるが、それを見て隆太がノートに書かれた地図の上を指さした。



「たぶんこれ、もうちょっとこっちだよ」

「そうかな?」

「うん、だいたいだけど」

「……まあ、隆太の方向感覚は、信頼できる」

「そう?」



 真凛が首を傾げる。



「マリよりかはまし、絶対」

「は? あたしが方向音痴みたいに言わないでくれる?」

「いや、そのもの……かな」



 隆太と鈴子が大まかな地図を描く横で、真凛は文句を言いながらもどんぐりもどきを拾う手を休めない。彼女とて、この森に散らばる木の実や果実が生命線であるとしかと理解しているのだ。足下に散らばる木の葉や枯草をかき分け彼女は叫ぶ。



「もー! いいから拾えよ!!」

「ちょっと待って、今大事なとこだから」



 そんな彼女の叫びをさらりと流して、隆太と鈴子はノートへと向き合った。





 今日は朝から空が灰を煮詰めたような色をしていた。ようやく直径三十センチほどの木を三本切り倒した彰浩は、枝を落としながら空を見上げる。どうやら天はいまだに鍋の火を休めていないらしく、今朝見上げた時よりもずっと濁った色をしている。



「戻りますか?」

「ああ」



 彰浩が小さく切った薪と枝を運んでいた省吾が頷いた。このままでは、じきに雨になるだろう。せっかくの薪が濡れてしまってはことだ。最後の木はまだ玉切り――とはいっても、素人が手斧で切っているため切り口もぎざぎざとしている――のままではあるが、それもロープでなんとか固定し背負うように抱える。



「雨なら、薪も屋根の下に置かなきゃいけませんね」

「ああ、何かさっき聞いたら一番小さいタープ使ってもいいって。隼人も女の子も起きてたし、女たちはもう一つの方で十分寝れるって言ってた……言って、ましたんで」



 省吾が何度もつっかえながら、使い慣れていないであろう敬語を口にする。その様子に彰浩は微笑ましそうに笑った――つもりだったが実際は眉の端が下がった程度である。



「あの、言いづらかったら自分には敬語は使わなくても構いません」

「だけど、年上なんで。彰浩さんも皆に対して敬語使ってる、ますし」

「自分は癖のようなものなので。それに、気を使っていると疲れますよね」



 しばらく経ってから、省吾は小さく頷いた。それからふたりは、枯草を足で踏み固めるように足場の悪い森の中を歩む。時折、どちらかの枝を踏む音や草をかき分ける音、姿を見たこともない鳥のような鳴き声が聞こえるだけで会話は少ない。

 行きに省吾がナイフで傷をつけた木を目印にして、彼らは黙々と森の中を進んでいく。どちらも寡黙な男ではあったのか、沈黙を避けたのか、あるいは本当に疑問に思ったのか、省吾が口を開いた。



「あの……彰浩さんは、何でそんな丁寧なんだ?」



 省吾の言葉に、彰浩は立ち止まった。言葉を探すようにうつむいて、地面を見つめる。省吾は黙って彼の言葉を待っていたが、僅かばかりの時間の後に振り返った彰浩は右手に持っていた手斧を省吾へと差し出した。



「それが?」

「持っていてください。自分の話を聞いたなら、多分、省吾さんはこれを僕に持たせたくはないと思います」



 彰浩のさも当然であるというような言い方に、省吾は眉をひそめた。



「いらねぇ」

「…………」

「どんな話を聞いても俺の答えは変わらねぇ。そいつを引っ込めてくれ」

「……自分には前科があります」



 梃子でも受け取らない様子の省吾に、彰浩は緊張で乾いた口を開く。



「少年院ですけど、入所していたこともあります」

「それが?」

「……自分は犯罪者、ですよ?」

「別に。そりゃ、人殺しとかレイプとか、人道的に間違ってるんなら俺だってドン引きするが今普通に生活できてるってことは違うんだろ?」

「……でも傷害です」

「あー、まあ確かに輩に絡まれそうなツラしてるもんなぁ」



 へっ、と小馬鹿にした顔で省吾が笑う。彰浩はそんな彼の様子を、不思議そうに眺めていた。



「確かに俺とアンタの付き合いはたった五日だが……ん? 五日か?」

「六日目です」

「まあいいさ、短い付き合いだけど俺は自分の人を見る目を信じてる。見る目つっても、直観みたいなもんだが。その直感が言ってる、アンタは良い奴だって。それに人間は極限状態に追い込まれると本性が出るっていうだろ? 今はその極限状態みたいなもんだと思うんだがよ」

「そんな、適当な……」

「勘だけど、案外間違わねぇもんなんだ。俺の連れを見てくれよ、皆良い奴だろ?」



 省吾が得意げな顔でウインクのつもりなのか片目をつぶる。そのへたくそなウインクに、彰浩は涙が出るほど笑ってしまった。


 それから、互いの身の上を話しながらふたりは歩みを続けた。途中会話に熱が入りすぎて目印を見失うというハプニングもあったが、小一時間ほどかけてようやく薄暗い森の中から砂浜を目にする。



「彰浩が自衛のために丁寧な口調で話してるってのはわかったが、俺からすると他人行儀に感じる。他の奴は知らんが」

「省吾は自分と背丈も左程変わりませんので威圧感のようなものはあまり感じないでしょうけど、小柄な人には大きいというだけで恐怖の対象になります。それに自分は、こんなナリなので」

「そうか?」



 別に誰も気にしないと思うが、と省吾は適当な感想を述べる。いつの間にかふたりは、お互いを彰浩、省吾と呼ぶまでに距離を縮めていた。



「それにもうこの口調は五年以上続けていますので、癖みたいなものですし」

「あー、まあアンタがそういうならいいさ」

「はい、すみません」

「あやまるなって」



 そういいながら省吾は彰浩を小突く。彰浩からも、小さな笑い声が漏れる。ふたりの気の置けない友人のようなやり取りは、彰浩を尊敬しているらしい隼人に見咎められるまで続いた。

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