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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第一章 便利屋
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保護者失格



 睦美の描いた絵は、書店のお爺さんが使わないからと譲ってもらった立派な額に入れて飾られている。睦美がどうしてその絵がそんなにお気に入りなのか訊ねると、



「オレの一番大切な場所だからだ」

 と、答えた。おそらく、いつもライブ(というより弾き語り)をしている場所だから思い入れがあるのだろうな、くらいに睦美は受け取った。それにしても毎日料理を作ることがこんなにもめんどうなことだとは思わなかった。日を重ねるごとに手の抜き方も分かってきたので、かかる時間も随分と短縮されていた。それでもめんどくさいことに変わりはなかった。



 しかし、どれだけ手抜きな料理を出しても目の前の男は美味しい美味しいとバカみたいに喜んでくれるので、やめようにもやめれなかった。料理を作らなければならないという義務は、実は睦美にとっては面倒くさいが嫌なことではなかった。こうして誰かに必要とされたり褒められたりされることで、たったそれだけのことだけでも、この世界での自分の居場所を見つけることが出来たから。



「今日はご飯食べたら、また実家に必要なもの取りに帰るから」

「……親御さんは、なんて言ってんだ?」

「別になんにも。でもちゃんと伝えてるし場所も言ってあるから大丈夫だよ」

睦美は吐きすてるようにそう言った。睦美は親の話をするとき、いつも最低限のことしか話さなかった。それも群青が訊いたときだけだ。自分から親の話をしたことはない。夕食を食べ終わると睦美は出て行った。

 群青は後片付けをしたあと、することもないので作詞作業に取り掛かった。白い紙と鉛筆を目の前に、その長く伸びきった髪の毛をわしゃわしゃさせていた。文字を書いては消して、書いては消して、全然別のことを書いて、それも消して。結局自分は何を伝えたいのだろうと考え、がんじがらめになった思考をリセットするために紙を丸めてゴミ箱に捨てた。気付けば寝てしまっていた。




*




 意識の遠くで着信音が鳴り響いていた。おそらく長いあいだずっとだ。ようやくそれが自分のスマートフォンからのものだと分かると、群青は飛び起きた。眠気まなこを擦りながら、スマートフォンを持ち、その流れのまま通話ボタンをスライドさせる。



「このままでは、保護者失格になります」



 寝起き一発目の言葉がそれだった。まだ脳みそが半覚醒状態だったので現状が掴めないでいた。壁時計を見ると深夜一時を回っていた。睦美の姿は部屋にはなかった。

 睦美が帰ってきていない。ようやくそのことを把握出来たとき、電話口の機械音混じりの女は言う。



「健康管理ももちろん保護者の義務ですが、生活改善も保護者の義務でございます。今後はこのようなことが起こらないように、よろしくお願い致します」

 前回と同じように全く感情が読めない、抑揚のない機械の声で注意された。



 ブッ。ツー……ツー……。



 例の如く、通話は一方的に終わった。丁寧な言葉遣いをするくせに、どうやらこういった人間らしい礼儀は知らないらしい。今は電話口の女のことを考えたところで仕方がないので、急いで夜の街へ飛び出していった。



 何か事件に巻き込まれてしまったのだろうか。あてもなく群青は走った。河川敷も見回ったがどこにもいない。スーパーなんてこんな時間にやっているわけもない。あとアイツがいくとこなんて……。

 シャッターが全部しまっている商店街を探した。なんとなく、ここで睦美を見つけたくなかった。だからここは一番最後の候補にした。しかし良くない予感というものはいつも当たるものだ。




「ぎゃあああああああ!」

 あの夜と同じような叫び声が深夜の商店街に響いた。治安の悪い商店街だな、なんて呑気なことを思った。叫び声が男のものだったので、群青は少しだけ安堵の息を吐いた。

 声のする方向へ行ってみると、路地に人影が二人いた。また奥の男が四つん這いにされていて、手前の金髪がしゃがみ込んでいる。



 この後ろ姿は……やっぱり睦美だった。



「……うるさいなぁ」

 睦美は履いていた靴下を丸めて、目の前の男の口に押し込んだ。

「んんんんんんんッッッッ!」

 男の叫び声が呻き声に変わった。

「夏の時期の靴下だから蒸れてて臭いでしょう? 吐いたらもっと酷いことしてあげるから。分かったら返事をしてごらん?」

「んんんんんんんんッッッッ!」

「返事がちゃんと出来ないボウヤにはおしおきが必要だねぇ。そうだ。鼻にピアス穴あけてあげるよ。動物みたいに泣き喚く君にピッタリの穴をあけてあげる。それに紐つけて飼育してあげるね」

 彼女は戦意喪失している相手の男の頭を優しく撫でた。そしてジーパンの腰部分に常備している安全ピンを一つ取り外した。




 ――――パンッ!




 睦美の後ろで破裂音がした。咄嗟に睦美が振り向いた先には、群青が立っていた。さっきの破裂音の正体は群青が手を叩いた音だ。前回は不用意に近づいたせいで電撃をくらってしまったので、今回は睦美の舎弟範囲外から自分の存在を気づかせることにした。



「帰るぞ」

「……群青さん」

「あんまり心配をかけさすな」

 睦美は俯いたまま、自傷気味に笑みを浮かべた。



「……心配してくれるんだね。それは保護者として? それとも仕事として?」

「人としてだ」

 群青は前髪の隙間から、まっすぐ睦美を見てそう言った。彼女はその目をじっと見つめている。どちらも自分から視線を逸らすことはしなかった。一瞬の沈黙が流れた。その静寂を壊したのは、男の逃げる足音だった。



「あーあ、逃げちゃった」

 言葉とは裏腹に、獲物が逃げたことに対してそこまで嘆いていなかった。男からの返り血が睦美の綺麗な頬に飛び散っていて、その白と赤のコントラストは美しく街灯に照らされていた。

 彼女はこの蒸し暑い夏の夜には不似合いの、長袖でそれを拭った。



「いいからもう帰るぞ」

 群青は彼女の腕を掴み引っ張った。彼女は一瞬顔をしかめた。

「なんだ。怪我したのか? 見せてみろ」

「……群青さん」

「なんだよ」

「……きっと怒るよ」




 彼女はそう言うと、観念したように長袖を捲った。そこには無数の切り傷があった。偶然ついた傷跡というよりは、意図的に傷つけられたものだということはすぐに分かった。



「……普通じゃないの私」

「だからなんだ。自分だけが特別だなんて思ってんじゃねぇよ」

 群青は彼女の手を握った。離れないように。離さないように。

 もう自分で自分を傷つけてしまわないように。



 そんな彼から伝わる熱は、睦美にとってなによりも温かかった。






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