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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第一章 便利屋
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便利屋の仕事




 午前八時、今日も群青は河川敷でギターを弾いていた。

 早朝はウォーキングをしている老人くらいしかいなかった。誰も彼の唄なんて聴いていない。睦美一人を除いて。

 そんな睦美も彼の唄を聴いているだけでは暇なので、彼が演奏している横で絵を描くことにした。水彩色鉛筆で描いて、上から水を滲ませる。温かみのある絵柄だった。



*


 また一曲が終わる。汗だくになりながら演奏しても、聴いているのは睦美だけだった。そんな彼女も絵に集中しているので拍手はしない。

 ただ意識の中で、「あっ、一曲終わったな」と思う程度だった。



 群青が休憩がてら水分補給をしているとき、チラリと睦美の描いている絵を見た。彼は絵のことはよく分からないが、端から見てもそのレベルの高さは分かった。このレベルの絵を描けるものは美大生の中でもなかなかいないのではないだろうか。



「絵に興味があるのか?」

「ないけど。こんなの暇潰しだし」

 睦美は自傷気味にため息を吐いた。まるでこんなことが出来たところで自分の人生にはなんの意味もないのだというように。



「コンクールとかに出す?」

「出さないよ」

「じゃあ、俺の家に飾ろう」

「は……はぁ? やだよ」

「俺はお前の絵が好きだ。いつまでも見てみたいと思った。だから飾らせてくれ。それとも他の誰かにあげるのか?」

「……いや、あげないけど」



 はたしてあの狭い部屋に絵なんて飾る余裕があるのかは分からないが、この絵は群青に贈呈することになった。

 この人といると調子が崩されるな、と改めて睦美は認識した。

 絵を描き終わってもまだ群青は唄を歌っていた。誰も聴いてやいないのに。



 そんな群青に一人の老人が近づいてきた。

「群青くん。ちょっと仕事を頼まれてはくれんかね? 今忙しいかの?」 

「ファンの頼みだというのなら、ライブを中断するのも仕方がない。どうした爺さん」

「実はの。ちょっとお使いしてほしいんじゃ。急用が出来てしまってのう」

「お安い御用だ。片付けたらすぐに行く」

「助かるよ。いつもありがとう」




 ***




 群青が向かったのは個人経営の小さな書店だった。お爺さんとアルバイトで運営している。今日シフトに入る予定だったアルバイトが、急な体調不良により出勤出来なくなってしまったそうだ。

 なんでもお爺さんは今日受け取らなければならないものがあったのだが、受取場所が隣町なので行けない。そこで、群青たちにお使いを頼んだ。



 お爺さんから店の地図と現金を預かる。

 二人は電車に揺られて隣街を目指した。車内には仕事終わりのサラリーマンや、学校帰りの学生が多かった。一方、睦美の隣に座っている男はというと、ボロボロの服に、ボロボロの靴を履いている。髪の毛は無造作に伸びきっていて、見るものによっては小汚いという印象をもたれてしまっても仕方がなかった。



「こういう仕事も請け負うんだね」

「あぁ、みんながオレに頼んでくれるから、幸いにもなんとか生活はできている」

「便利屋さんにとっては、私の保護も仕事の一つなのかな」

 睦美が抑揚もなく、そう言った。



「自分の娘の世話を仕事だという保護者がどこにいるんだ?」

 睦美の気持ちもしらずに、さも当たり前のように、群青はそう言ってのけた。

 真実を知って傷つくつもりでいた彼女は、予想外の言葉に救われた。そして群青に傷つけてもらおうと思っていた自分があまりにも弱く、あまりにも馬鹿馬鹿しいことをしようとしたことを恥じて、群青にバレないように微笑んだ。



 お爺さんから預かった小さなメモに書かれた地図の通りに進むと、ケーキ屋に辿り着いた。

 予約していたものですが、というと販売員がにっこりと笑ってくれた。そして「ご予約のお品物はこちらでお間違いないですね?」とケーキをみせてくれた。

 生クリームがたっぷりかかったホールケーキ。その上にはチョコレートの板に『幸代 誕生日おめでとう』と書かれていた。



 今日はお婆さんの誕生日だったのだ。だからどうしても今日中に受け取らなければいけなかった。群青はそれを丁寧に受け取って店を出た。

「よし、帰るか」

 彼がそういうころには、日はもう沈んでいて、大きな月がぽっかりと空に浮かんでいた。




 *




 書店に辿り着くと、お爺さんが店のシャッターを降ろしているところだった。

「ちゃんと頼まれたもの買ってきたぞ」

「おおっ! ありがとう。そうだ。群青くんもよかったら一緒に誕生日を祝ってくれんかね? そちらのお嬢さんもどうかの?」

「いいんですか?」

「もちろん」



 睦美の問いにお爺さんはゆっくりと微笑んでそう言った。

 ケーキにろうそくを灯し、部屋を暗くすると、どこからともなく群青がいつものアコギを持って現れた。

 そして定番の「happy birthday to you」を演奏した。お爺さんも睦美もそれに合わせて歌う。歌い終わるとお婆さんはろうそくの火をふっ、と吹き消した。



「こんなに楽しい誕生日は初めてよ」

「よーし、じゃあ、お婆さんのためにスペシャルミニライブを開催するぞ。聴いてくれ」

 その歌は、生クリームたっぷりのケーキにも勝るくらい、甘い甘いものだった。しかし、今日だけはその甘さも忘れられないものになった。

 百万年も醒めない恋があれば、どれほど幸せなのだろうかと、睦美は思った。



「また来年もここでお祝いしてもらいたいわ」

 シワシワの顔を笑顔でもっとシワシワにしたお婆さんは、優しい声でそう言った。



「はい、また来年もぜひ」

 睦美も笑ってそう答えた。






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