日々の暮らし
日曜日の河川敷は多くの人で賑わっていた。
整備されているグラウンドで野球をする子供たち。バーベキューをしている家族。その他にもバドミントンやキャッチボールをしている人や、散歩をしている人。様々な形で多くの人が余暇を楽しんでいた。
群青はその隅っこに植えられている木の傍らのベンチにギターケースを置いた。影になっているので、暑さは和らいだ。
遠くの景色は強い太陽光のせいで歪んでみえる。蝉の鳴き声も全方面から聞こえてくるので、視覚と聴覚を奪われた気分になる。コンクリートは触れると火傷してしまう熱さだった。
群青はギターのチューニングを始めた。一本ずつ音程を合わせていく。六弦全ての音程の調節が終わったところで「はじめるか」と、呟いた。
隣で準備の様子を見ていた睦美は、せっかくなので群青の正面に回った。直射日光のせいで途端に汗が流れ始める。
ギターが掻き鳴らされる。悲鳴のようだった。
睦美はギターのことはよく分からないが、あんまり上手くないな……と思った。それが初めて群青のギターを聴いたときの感想だった。
Bメロが終わり、サビに入ろうとした瞬間。
「うるせえ!」
「んぐぅっ!」
近くにいた小学生が、群青にサッカーボールをぶつけてきた。横っ腹に入ったようで群青はその場に倒れこんで唸っている。
「くっ……、なにすんだこのクソガキ」
「毎日毎日下手クソな唄を歌ってんじゃねぇよ! さっさと仕事しろよこのニート!」
「変な横文字ばっかり覚えやがって最近の小学生はッ……! オレの唄を聴け!」
群青は小学生の妨害から立ち上がり、コードを掻き鳴らす。それがちゃんと鳴らせているのかは分からないが、少なくとも睦美から観た群青は真剣だった。
ギターの音色に声を重ねる。その声は荒々しく、決して上手くはなかったが、心にくる何かがあった。時折、掠れる声が現実を受け入れられない子供の叫びのようにも聴こえた。
睦美は正面に座って聴いていたが、全部の歌詞を聴き取れたわけではなかった。ただ、その唄の中にあった、
『体がなくなろうとも、心がなくなろうとも、君はここにいる。ここにいるのが君だ』
この歌詞だけが、いつまでも頭に残っていた。
ジャジャジャジャーーーーン!
空気の震えが終わる頃、周りにいた数人の小学生たちはブーイングをしていた。正面に座っていた睦美はやる気のない拍手をした。一曲聴き終わって分かったことは、やっぱりあまり上手くはないということだった。
五曲ほど続けて演奏すると、ギターを片付けた。
「ファンサービスの時間だ」
小学生がサッカーをしている中に群青は飛び込んでいった。突然の乱入に小学生たちは一瞬戸惑っていたが、すぐに馴染んだ。
いつもこんな感じなんだろうな、と睦美は楽しそうに子供たちと遊んでいる群青を見て思った。
群青は小学生相手でも手加減はしない。全力でシュートすることは当たり前。ボールのある所へ全員群がるお団子サッカーの中に、まるでアメフトでもしているかのように突進して子供たちを蹴散らしている。容赦のない死角後方からのスライディングもあった。もちろんこれらのほとんどはファウル行為で下手したら退場ものなのだが、審判がいなかったので彼の罪が裁かれることはなかった。
それでも子供たちは終始笑っていたので、嫌われているわけではないのだろう。
しばらくすると汗だくになった群青が、息を切らしながら睦美の元に帰ってきた。
「お待たせ」
「別に、待ってなんかないけど」
「じゃあセカンドライブを始める」
ギターを取り出し、演奏を始める。休憩中の子供たちが傍からヤジを飛ばしているが、群青には聞こえていないようだった。
目の眩むの光。蝉の声。川のきらめき。青々と茂る植物。生命の匂い。汗。
全部、夏が生んだもの。全部、今自分たちの目の前にあるリアル。
たしかに今、二人は生きている。
いつ終わるか分からない夏。いつかは終わってしまう夏。またやってくる夏。
二人でこうして過ごせる夏は、また来てくれるのだろうか。
これが最初で最期の夏になるんだろうな、なんてことを足元に生えている緑色の葉っぱを引っ張りながら睦美は思った。
ライブとファンサービスを交互に繰り返すと、河川敷は次第に人の影が少なくなっていった。子供たちも陽が沈まないうちに家路についた。
真っ赤に染まった夕焼けのおかげで、影がどこまでも遠くに伸びている。
「あんたって、いつもこんなふうに過ごしているの?」
「あぁそうだよ。唄を届けることがオレの仕事だからな」
「一銭も稼げてないんだから、仕事じゃないでしょう?」
「ふっ……」
愚問だな。とでもいいたげな表情で睦美を見た。睦美は若干呆れた顔で、目を細めて群青を見ている。
「アーティストっていうのは、お金がもらえない時間の方が長いんだ。お金をもらえるときは一瞬だけ。でもそこまで辿りつくまでの時間だって立派な仕事だ。
評価されるのは一瞬、努力は一生だ。
たしかに経済にはオレは参加していないかもしれない。でもこうしてギターを鳴らすことによってオレはこの世界に参加しているんだ」
もっともらしい持論を語ってくれた。たしかに、アーティストの仕事はお金をもらえないことも多い。
でも、なんだか納得出来ないのはなんでだろう、と睦美は思った。
綺麗な夕日が向こうの世界に沈んでいく中、睦美は首を傾げながら帰路につく。




