保護者というお仕事
午前三時。あまりにも静かだったので、電話口の声は睦美にも届いていた。群青はこの女の意図が分からなかったので、睦美に目配せをしたが、彼女は無反応だった。
おそらく睦美は家出娘なのだろう、と群青は思った。睦美は持ち物が少なすぎるので短期間の家出に違いない。もしも、それだけの荷物で知らない男の家を転々としているのならば、大したものだ。
電話口の女は群青の反応を待っているようだった。耳障りなノイズがいつまでも鳴っている。
この電話から立てた推測は二つ。
・睦美が家出娘だということ。
・コーディネーターの田中と名乗る女性は俺のことを保護者だと勘違いしていること。
どうやって電話番号を特定したのかは不明だが、現に今、田中は睦美の現在地を特定し、同伴の者の電話番号まで特定している。不鮮明なことだらけだが、彼はまず質問に答えることにした。
「違います」
と、一言。
「口座に入金致しました報酬の前金の一部をすでに利用されていたので、当財団で契約の意思があるものと判断し、契約完了させて頂きました。
契約後のご返金は受け付けておりません。途中で契約破棄される場合ですと、報奨金の三倍の額の違約金が発生致しますので、くれぐれもご注意下さい」
最初に脳裏に浮かんだ言葉は詐欺だった。勝手に振り込んでおいて、入金された金を使用すると契約完了? 契約破棄すれば報奨金の三倍の違約金を払わなければならない。詐欺以外の何者でもない。
家賃やクレジットカードの支払いが滞っていて、金に困っていたことは正直に認めるが、さすがにこれは危ない。と群青の直感は告げていた。
「誤解をされていらっしゃるかもしれませんが、樋口群青様が営んでいらっしゃいます『便利屋』に対しての依頼でございます」
群青は便利屋をして生活費を稼いでいた。便利屋といえばなんでも万能に出来ると誤解されてしまうが、業者ごとに得意不得意がある。群青は主に近所の商店街の日給いくらの小さい商売をしているだけで、長期的な仕事を請け負ったことは未だにない。誰かの紹介でこの番号に掛けてきたのだろうか。
詐欺にしろ正式な依頼にしろ、まずは内容を提示してもらわないと困る。
「仕事内容を教えてくれ」
「一ノ瀬睦美様の保護者となっていただきます。終了期間は半年程を予定しております。一ヶ月毎に報酬を分割して口座にお振込致します」
「保護者っていうのは、面倒を見ればいいだけだな?」
「大きな差異はございませんので、その認識でよろしいかと。ごく稀にこちらから指示を出すこともございますが、健康管理程度ですので手間はかかりません。
それでは改めまして、樋口群青様。よろしくお願い致します」
ブッ。ツー……、ツー……。
非通知で一方的にかかってきた電話は、一方的に通信を切った。
群青と睦美は、スマートフォンのディスプレイの明かりだけで照らされた部屋でお互い顔を見合わせたが、言葉が出てこなかった。
あの悲鳴を聞いてしまったことが全ての始まりだった。あの悲鳴を聞いたせいで、睦美に会い、電撃をくらい、家に転がり込まれ、仕上げとばかりに突然の仕事依頼。
されるがままに転がされた気がした。
「なんなんだこれ。なにか知ってるか?」
「知らないわよ」
「だよな……」
突然の出来事のおかげで目が冴えてしまった。今後のことで確認しておきたいことが群青にはいくつかあった。
「保護者っていうのは、世間一般でいう未成年の世話をする者って認識でいいんだよな」
「それでいいんじゃないの……? あたしだってよく分からないけど、差異はほとんどないって言ってたじゃない。なにか間違ってたらまた電話かかってくるでしょ?」
「お前はそれでいいのか? ここに住むってことになったんだぞ?」
「なんでもいいよ。あたしも家に帰りたくなかったしさ。
あんたは収入が入る。あたしは寝所が確保出来る。お互いメリットのある契約じゃない?
まぁ……、あんたがあたしの保護者なんて死んでもやりたくないっていうのなら、断ってもいいと思うけど」
「オレは構わないよ」
「あたしもいいよ」
お互いの意思を確認しあうと、安心したのか睡魔が襲ってきた。どちらかともなく横になり、今度こそ二人は眠りにつくことが出来た。
深夜四時。今まで一番長い夜を越えた。




