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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第五章 同居人の少女は改造されている
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おねがい



「群青さんの唄が聴きたいです」と、千夏に頼まれたので、群青はギターケースを背負っていつもの河川敷まで二人で向かった。夏休みは終わったはずなのに、河川敷はいつものように賑わっていた。その光景を見て、今日が日曜日だということを知る。



 いつもの場所で準備をしていると、小さな女の子が駆け寄ってきた。睦美の生徒第一号の柿木伊織だった。伊織は緩く丸めた画用紙を手に持っている。きょろきょろと辺りを見渡す。群青といつも一緒にいる人がいないと、伊織は気付いた。



「ねぇおじさん、今日は睦美先生いないの?」

「あ、あぁ。ちょっと用事があってな。どうした?」

 可能な限り平常心を保つように努めた。睦美の名前を聞くと、大きな石を投げ込まれた水面のように大きく心が荒れた。



「睦美先生のために絵を描いてきたの。この前教えてもらったから。今度いつここに遊びにくるか知ってる?」

「……ちょっと分からないな」

「そっかぁ……。ほんとは直接渡したかったんだけど、おじちゃんお願いしてもいい? 先生に渡しておいてほしいんだ」

「分かった」

「ありがとう。先生にも言っておいてね」



 伊織はにこりと無垢な笑顔で笑うと、一緒に河川敷に来ていた母親の元に戻っていった。おそらく、睦美が来るのを母親と共に待っていたのだろう、と群青は思った。持ったままではギターを弾けないので、千夏が受け取った。千夏は鞄に入れてたポーチの中からヘアゴムを取り出し、画用紙が傷まないようにそっと通した。



 千夏が群青の目の前に腰を下ろす。砂がスカートにつくことも厭わない様子だった。もう見られないと思っていたあの頃の景色が、目の前にあった。そういえばギターを演奏するのは久しぶりだ。睦美が連れていかれてから、練習は欠かさなかったが、ここで演奏するのはもう随分としていない。理由は分かっている。群青は誰かに届ける音楽しか奏でることが出来なくなっていたのだ。



 群青はずっと演奏した。それは日が暮れるまで続いた。千夏がいなくなってからもずっと作り続けていた曲たちだ。千夏に聴いてもらうためだけに生まれてきたものだ。全曲弾き終わるころには、着ている服の半分くらいまで汗が染み込んでいる。千夏も汗で髪の毛が頬に張り付いていた。



「……群青さん……ありがとう」

「こちらこそ……、最後まで聴いてくれて、サンキューな」

「いつの間にこんなにたくさん曲を作ったのですか?」

「いや、まぁ作り方が分かってきたっていうか」



 群青は言葉を濁した。千夏は消息不明になっていた記憶がすっぽり抜け落ちている。これまでのことを千夏が傷つかないように説明する自信はなかった。傷つけてしまうことが怖かった。できればこのまま、なにも知らないでいければいいと、群青は思った。

 本当にそれでいいのだろうか、という心の声は無視するしかなかった。

 千夏と夕ご飯の材料を買いにスーパーへ立ち寄った。本日はうどんの特売日だったので、これとお揚げを購入した。今日の夕食はきつねうどんに決まった。

 自宅に戻った。すぐに夕食作りに取り掛かる。



「これ、使いかけのがありますね。使っていいですか?」

「いいよ」

冷蔵庫の野菜室から使いかけのネギを取り出し、手際よく輪切りに刻んでいく。ラップに包まった生姜を取り出し、摩り下ろす。片栗粉の水を溶いたところで、涙が出た。

「……群青さん?」

 睦美に作ったうどんと、同じものだった。



「あ……、すま……ん……」



 ポタポタと涙が足元に落ちた。千夏は眉尻を下げて困ったように微笑んだ。

「いいんですよ。群青さんはきっと、いろいろあって疲れてるんです。このおうどんは、体に良いものがたくさん入っていますから。今日はこれを食べたら休みましょう」



 千夏は優しく労ってくれるが、睦美のいたことを思い出すたびに涙が止まらなかった。まるで、心の中にいる睦美が、忘れないでと言っているみたいだった。



 ネギと生姜がたっぷり入ったトロトロのうどんは、五臓六腑に染み渡っていく。うどんを食べていると、睦美との四国で過ごした日々が蘇ってきた。あの日、睦美との最後に会った日、彼女が言った言葉を思い出した。




『……また名前を呼んでくれたら嬉しい。私が私じゃなくなっても、名前を呼んでくれたら嬉しい。ありがとう』




「む……つみ……」

「……」

 千夏は、声も出さずに微笑んだ。



「……よかったです。群青さんに大切な人ができて、よかったです」

「あっ……」

「さぁ、うどん食べちゃいましょう。そして今日はゆっくり休みましょう」



 なぜか、千夏の笑顔を見るのは、これで最後になる気がした。





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