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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第四章 逃避行
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エンジェルロード



 二人は下山したあと、近くで徳島ラーメンを食べた。睦美の錠剤は残り三回分しかなかった。電車に乗って香川県に再び戻ったあと、小豆島行きのフェリー乗り場へ向かった。最後にどうしても行きたい場所があると、睦美の最後のお願いだった。



 フェリー乗り場にはたくさんの人がいた。チケットを購入して時間まで待つ。チケット売り場の中は空調が効いてはいるが、人が多すぎるので外と違いはあまりなかった。

 睦美は人が多いところは疲れると行って、外に出て海を眺めていた。四国に来て眺めることが増えた。景色を眺めていると、これまでのことも、これから先のこともなにもかも、考えずに済んだからだ。

 出航の時間になったので、フェリーに乗り込む。



「あたし、そういえばフェリーに乗るのって初めてかも」

「またか」

「十七年も生きてきて、この世界のことの殆どを知ったような気でいたけど、なんにも知らないんだね。なんにも知れないことを、最後に知れてよかったよ」

「最後なんて言うな。今度の夏にまた来よう」



 睦美は返事をしなかった。

 地元の人と思われる人たちはみんな船内に入って休息している。群青たちはせっかくなので船のデッキに出てみた。夏の太陽が容赦なく二人を照りつける。



 海は、澄んだ蒼がとても深いところまで潜っていて、どれくらい深いのか全く予想が出来ない。そんな海を躊躇うことなく突き進んでいくフェリーを、睦美はなんとも頼もしく感じていた。

 島が見えた。それが目的地であることはすぐに分かった。フェリーは磁石のように、真っ直ぐ島に引き寄せられるように進んでいく。

 睦美が柵にもたれ、塩気を纏った風に吹かれている。その傍らで、群青は船酔いしてグロッキー状態になっていた。



「もうすぐ着くから頑張って」

「船酔いなのになにを頑張ればいいんだ……」

「じゃあ、頑張らなくていいから我慢して」

「……分かった」



 真っ青な顔面に、荒い呼吸の群青はどうしていいのか分からず、ただ思考を停止させて船が到着するのをただひたすら待っていた。

 小豆島に着いた。オリーブが有名らしいのだが、睦美の目的はそれではなかった。



「小豆島オリーブバスってのがあるみたいだけど、これに乗るのか?」

「ううーん、なんかね。徒歩で三十分くらいみたいだから、歩いていかない?」

「いいよ」



 二人は港の自動販売機で飲み物を購入して鞄に詰めた。現時刻午後五時半。太陽が傾き初めている。急ぎ足で目的の場所まで歩を進めた。空が色を変えていく。それでも蒸し暑さは相変わらずで、汗が大量に出ることに変わりはなかった。

 潮の匂いが漂う。両側に木が生い茂っている道を抜けると、橙色に染まった空と、海の中から表れた砂の一本道が見えた。



「エンジェルロードだ……」

「エンジェルロード?」

「そう、引き潮のときにだけ現れる道なんだ」

 睦美はそれ以上説明しなかった。

「ねっ、群青さん?」

「ん?」

「手、繋ごうよ」



 群青は手を差し出した。睦美はその手を引っ張るように歩いた。

 引き潮の一瞬だけ、現れる天使が作った白い道。

「ずっと一緒にいれたらいいのにね」

 道の丁度真ん中で睦美は祈るように言った。

 エンジェルロードを往復した二人は、売店で貝殻の絵馬を購入した。



「なに書こうか?」

「……そうだな」

 群青は勝手にペンを走らせた。

「ちょっ、こういうのは二人で考えるものでしょ。なにを勝手に……」

「ほらっ」

 書き終えたものを睦美に手渡した。




『結婚しよう』




 貝殻には、そう書かれていた。

「……これ、一人で……書かないでよ……」

 呆れたように笑ったあと、手に持っていた貝殻の上にポタポタと大粒に涙が溢れた。笑おうとすればするほど、それは止まらず貝殻が全部受け止めてくれた。



「ちゃんと伝えられるときに、伝えたいんだ。オレはこれから先もずっと睦美と一緒にいたい。だから、全部が終わったら、結婚してほしい」

「うん……。ありがとう。あたしもずっと、一緒ににいたよ」

 睦美は涙を流しながら、笑った。

「油性で書いておいてよかった。泣いても消えないから」

 指先でそっと、睦美の頬を拭った。



「全部が終わって、また一緒に来たときに、次は睦美が返事を書いて」

「うん……、分かった。……絶対書きに来る」

 太陽が遠くの海に沈んでいく。一日が終わっていく。最期の輝きは、この世界を一番強く照らしてくれた。忘れないように。

 大切な人を見失わないように。 



「……道が消えていく」

「あぁ……」

 満ち潮で飲まれて徐々にエンジェルロードが細くなっていく。群青たちがつけた足跡も波に攫われて消えていく。二人はその様子をただ眺めることしか出来なかった。



「大丈夫だ」

「……なにが?」

「オレたちは大丈夫だ。なにがあってもきっと乗り越えられる。今回もきっと、大丈夫だ」

 気がつくと群青の目からも、一粒の涙が頬を伝っていた。






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