どっちでもいいんだよ
「どういう意味だ?」
唖然としている群青を横目に、睦美は自分のお腹を優しく撫でながら言う。
「そのまんまの意味だよ。私の体、両腕も、両足も、体の中の臓器も全て、千夏さんのものなんだって。本当か分からないけど、とりあえず私のものではないね」
群青はあの日のことを思い出した。睦美と手を繋いだあの日。たしかに千夏のことを感じていた。そんなことはありえないと分かっていたけれど、確かにあの手は千夏の手だったような気がした。
「ほら、群青さんも知ってるでしょう? 私、手首にたくさんリスカのあとがあったのに、綺麗サッパリなくなってるよ」
睦美はわざと戯けた口調でそう言うと、長袖を捲ってみせた。そこには細くて雪のように白い腕があった。傷跡は綺麗になくなっていた。なくなったというよりも、初めからついていなかった、と表現するほうが正しい。
「……ちょっと、手を見せてくれ」
千夏は左手の甲に正三角形を織り成すようにホクロが三つあった。千夏はそのホクロを気にしているようで、よく不満をもらしていたことをよく覚えている。
そして右手の甲の親指の付け根には、ホクロが二つ並んでいる。そのホクロの真ん中を指で摘んで、「象さん」といった一発ボケをしてもらった記憶があった。
睦美の両手にはどちらも寸分違わずまったく同じ位置にホクロがあった。
「やっぱり……千夏の……手だ……。どう……して……」
「さぁ、私も詳しくは教えてもらってないけど、あそこには悪趣味な奴もいてね。私の個人情報を知った奴が面白がって教えてきたよ。どういう反応するか見たかったんだろうけど、私は特になにも反応を示さなかったから、拍子抜けした顔してたけどね」
「千夏は……どうなってるんだ……?」
「さぁ、私には全く分からない。私が分かっていることは、私はただの実験動物で、私を改造する材料の部位がたまたま千夏さんのものだったってだけ。すごい偶然だけど、これが狙ってやられたものなのか、たまたまなのかは知らない」
睦美は極力、感情を込めないように淡々と話した。先ほどまで流れた涙はもう消えていた。
「だから聞いたの。どっちがいい? ってさ。私は今、一ノ瀬睦美であり七海千夏でもあるからさ。分かるんだよね。なんとなく。この体は私のじゃないってさ」
「俺は睦美にいてほしいよ」
「……え?」
「お前は睦美だ。それ以外の誰でもない。お前は睦美なんだ」
「さっきと答え違うじゃん……。嘘つき」
群青が睦美を抱きしめた。体のほとんどはもう千夏になっている睦美をギュッと抱きしめた。一方、睦美の心臓は大きく高鳴った。ドキドキと、脈を大きく打つ。まるで、群青にその音を主張するように。
『私はここにいるよ』
そんなふうにドクンドクンと、大きな音が鳴った。
体が熱かった。群青の体温が移ったせいじゃない。熱がまた出てきたわけでもない。これは私の体が発熱しているんだ。この体の中の臓器全てが、嬉しいといって発熱している。
恋をしているんだ。きっと、この体は恋をしていた。
この手は、この腕は、群青さんを抱きしめるために生まれてきたんだ。
分かってる。だって、分かるよ。私の意思なんて全部無視しちゃってさ。
好きだったんだよね。
ピク、ピクと痙攣して睦美の指先が動いた。睦美の意思ではなかった。
震えながらゆっくり、その右手は群青の頬に触れた。
「……千夏……?」
「そうみたい。だって私、こんなことしないもん」
群青はその手にそっと触れた。まるで触れた瞬間消えてしまう雪にでも触れるように。睦美の右手を頬から離した。
「どっちでもいいんだよ。私は別にどっちにでもなれるから」
睦美は悲しそうにそう言って笑う。




