半分以上
その日の晩ご飯は、生姜とネギがたっぷり入って、片栗粉でトロトロになったうどんだった。片栗粉のとろみが、根菜の成分を含んで喉にしっとりと染み渡る。
この暑い夏の夜に、さらに汗のかく料理だったので、二人は汗でベトベトになった。
「美味しいね。この料理。なんだか懐かしい味がする」
「だろ。俺が子供のとき風邪をひいたらいつもこれを食べてたんだ。これだけネギと生姜を摂取すれば医者いらずだぞ」
「これだけでお医者さんいらなくなったら、世界がうどん屋だらけになっちゃうよ」
群青は千夏の名前を出すことに何の躊躇もなかった。普通はなくなった人を呼ぶとき、少しの哀しみが言葉に混じるはずだが、そんなことを微塵も少女は感じなかった。きっと、この人の中ではまだ死んでいないんだ。自分の中でちゃんと殺せてないのだ、と少女は思った。千夏の写真と群青の顔を見て、なんとなく背筋が冷たくなった。
しかしそれもこのトロトロうどんのおかげで直ぐに吹き飛んだ。確かに体の芯から温かくなっていくのがよく分かる。汗がとまらない。その汗と一緒に悪い菌も流れるような気がした。本当は悪い菌など一つもないのに。
「いやぁ、それにしても睦美とこうしてご飯を食べるのもなんだか久しぶりな気がするな」
「そうだね」
睦美は、うどんをすすった。生姜うどんは食べたことがないのに、懐かしい味がした。久しぶりの料理だったせいか、素直に美味しく感じた。
「俺の料理もなかなかのもんだな」
「ぷっ、なによそれ」
睦美は笑いだした。堰を切ったようにそれは止まらなくなった。お腹を抱えながら苦しそうに笑った。
「おいおい、笑いすぎだろ」
「あはは……」
ポロポロと大粒の涙が瞳からこぼれた。笑いながらなら、誤魔化せると思った。でも両手で顔を覆っても、涙は手の隙間から逃げ出した。
脱走した涙たちは、手の甲や顎の先を伝っていく。だけど、一人残さず捕まえてくれた。逃げ出す感情を、処理しきれない感情を受け止めてくれたのは群青だった。
「ごめん……なさい。私、まだ私なのかな。私だと思っていいのかな」
「なに言ってんだよ。睦美は睦美だろ」
「……群青さん」
「なんだ?」
「もしも、一人だけしか選べないとして、私と千夏さん。どっちがこの場にいたら幸せ?」
群青は一瞬固まった。
「それは……どちらかを今この場で選ばないといけないのか?」
「……選んでほしい」
「それを選んでなにになる?」
「……」
睦美は答えなかった。
「どっちを答えても本当になるし、嘘になる」
「……それが群青さんの答えなんだね。今ここで私を選べば、私は傷つかないで済む。千夏さんを選べば千夏さんは傷つかないですむけど、千夏さんはこの場にいないから傷つかない。つまり、ここでその答えを出すっていうことは……そういうことだよね」
「ハッキリ言えよ」
「ハッキリ言ってないのは、群青さんも一緒でしょ?」
「答えられるわけないだろ。もしも、母親と父親どちらかしか救えないと言われて即答出来るのかよ」
「出来るよ。両方死ねって答える」
「お前な……」
睦美はもう一度狂ったように笑った。そして自分の体を見つめながら言った。
「今の私の体の半分以上、千夏さんだよ」




