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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第三章 人を人たらしめるもの
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人を人たらしめるもの



「だからオレは毎日あそこで歌ってるんだ」

 話が終わる頃にはすっかり日が暮れて夜になっていた。少し長話しすぎたな、と窓の景色を見て呟いた。



 引き出しに仕舞われた千夏の写真を撮り出した。

 千夏がもう戻ってこないことは、睦美にも分かっていた。しかし、それを口にすることはなかった。口に出す必要もなかったし、口に出したらいけない気がした。もしかすると、群青は本気で千夏の帰りを待っているかも知れない、そう感じたからだ。



 千夏がもう帰ってこないと、本当に認知したとき群青が狂ってしまう気がした。

 睦美は千夏の話を聞いて、群青が飾った絵のことを思い出した。彼にとっての河川敷は、千夏との大切な場所だったのだ。もちろん睦美が描いた絵だということもあるが、それだけではなかったのだと知った。



 ピリリリリリリリリ。



 二人の沈黙は破ったのは、群青のスマートフォンだった。三回目のコールが終わる直前に、ようやく画面を見た。『非通知』という文字が表情されている。



「コーディネーターの田中です」

 いつもの感情の分からないノイズ混じりの機械声が、毎度同じように律儀に名乗った。

「知ってるよ」

「左様ですか」

 冷たい合成音声が、さらに冷たく群青の鼓膜を震わせた。

「そもそもお前ら、睦美の体に何しやがったんだ」

「……ご本人から聞いてませんか?」

「訊くっ……」



 話の途中で、睦美がスマートフォンを取り上げた。

「知らなくてもいいことだよ。あたしの病気のことだから」

 棘のある言葉のわりに彼女は申し訳ない表情を作ってみせた。スマートフォンから何やら声が聞こえる。睦美はそれに気づいて耳を当て、十秒ほど会話をした後、通話を切った。切断音だけが、虚しくこの空間にぶら下がっている。



「病気って……なんだよ。話したくないことか?」

「うん、そうだよ。群青さんには、知られたくないこと」

「……」



 そう言われてしまうと、これ以上追求することが出来なかった。

「……病院は行かなくていいのか?」

「あ、うん。それは大丈夫。お薬もらってるから」

 淡々とした声で睦美が答えた。



「もしも、お前が急に体調を崩してしまった場合は、普通の病院でいいのか?」

「そのときはたぶん、向こうから連絡してくるよ」

 睦美のいう『むこう』とは、コーディネーターの田中のことだろう。



「あたし……、監視されてるから。……大丈夫。なにかあっても大丈夫だから」

 自分は監視されているから大丈夫。

 睦美は静かにそう告げた。



「監視ってなんだよ……」

「んーと、内緒……かな」

「またかよ」

 群青はそう言われて黙ってしまった。



「……群青さんって律儀だね。それって優しさ? それともあたしにはそこまで興味がないの?」

「人の尊厳を護りたいだけだ。自分が絶対に正しいだなんて思ったことねぇよ」

「……ふぅん」

 睦美は不満げだった。その態度に群青は苛立った。彼は含みのある言い方をされることが嫌いだった。



「言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」

「誰しもが自分の伝えたいことを、はっきりと伝えられるわけじゃない」

「はぁ? なんだよそれ」

「そのまんまの意味じゃん。バカなの?」



 本当はこんなことを言いたいわけではなかった。本当はもっと、どうでもいいことを話したかった。河川敷の小学生の話や、昨日見たテレビの話がしたかった。

 意地を張っても仕方がないことを睦美はよく理解していた。なので、憤りや怒り、悲しみストレスその他諸々の負の感情全てを、一つの息にまとめて、腹の底から吐き出した。長い長い息だった。肺に溜まっていた空気を全て吐き出したかのようだった。



 体中の悪いガスを抜くように。自分のことばかりでいっぱいいっぱいになってしまって破裂寸前の自分の心の栓を抜くように、腹の底から深く深く息を吐いた。



「ごめん、ちょっと余裕なかった。ごめんなさい」

「こっちこそ悪かったよ」

 睦美はニコっと可愛らしく笑った。何か良からぬことを言うときにするいつもの顔だった。それは睦美の強がりでもあったから、だから二人ともそれには気付かないふりをした。



「そういえば、さっきの電話はなんだったんだ?」

「あぁ」

 彼女は言葉を区切った。

「明日の正午に迎えに来るってさ」

 それだけ言うと、睦美は半分こしている布団の中にくるまった。

「少し早いけど、今日は明日に備えてもう寝るね」

 その半分で群青も眠る。天井の照明に繋がっている紐を引っ張り、部屋の電気を消した。



「……群青さん」

「ん?」

「答えのない問題を出してもいい?」



「ん、いいぞ」

「漫画とかでよくあるさ。二人の男女がぶつかって、意識が入れ替わっちゃう話あるじゃん。男の子の名前をA君。女の子の名前をBちゃん。二人はぶつかって意識が入れ替わっちゃうの。そしたらね。A君の体にBちゃんの意識が入っている人間と、Bちゃんの体にA君の意識が入っている人間。二人がいるよね」

「そうなるな」



「それで肝心の、問題はここからなんだけどさ。群青さんから見て、どっちの人間をBちゃんだと認識する?」

「間違いなく、A君の体にBちゃんの意識が入っている人間」



「どう……して……? だって、体はA君なんだよ? 身分証明も意識よりも体の方が優先されるはずだよ。知らない人から見たら、A君の体の人間が女子風呂入ったら犯罪じゃん。それなのになんで?」

「俺にとって、その人たらしめるものは社会的地位でも、見た目でもない。もちろん性別でもない。目に見えない心だ。たとえ、Bちゃんの意識がパソコンの中に移植されたとして、その空になった体に他の誰かの意識が入っても、俺はパソコンをBちゃんって呼ぶよ」



「……そっか」

 睦美は小さく納得した。

「で、俺は正解なのか?」

「答えのない問題って言ったじゃん。ありがとう」

 それが何に対してのありがとうだったのかは、後日、彼は知ることになる。



「じゃあ、次の問題ね。その人間がもしも、完全記憶喪失にあってしまい、回復することがない場合、その子はまだBちゃんって呼べるのかな? もうその人にはA君の要素しか残っていないわけなんだけど」

問題を出している睦美の方がなんだかこんがらがって来てしまった。

「呼ぶよ」

 群青の温かい声が、睦美の心に届いた。



「どんなに変わっても、消えても、それがBちゃんの意識なら俺は名前を呼ぶよ」

 群青から布団を剥ぎ取って、それをくるんと身に纏って隠れた。

 啜り泣く声が聞こえてしまったが、群青はなにも言えなかった。



「ごめんなさい」

 と声がした気がした。





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