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同居人の少女は改造されている  作者: はしもと
第一章 便利屋
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その舌抜いてあげる




深夜の静寂が切り裂かれた。

遠慮のない悲鳴が誰もいない商店街に響いた。



ガシャコン。



自動販売機の缶コーヒーを取り出そうとしていた樋口群青は、驚きのあまり固まってしまった。


「え、なんだ?」

 独り言を口走ってしまった。平和な商店街に不釣り合いなその悲鳴は男性のものだった。状況が分からず、思考が停止している状態で缶コーヒーを取り出す。

 ……聞き間違いだったのだろうか。そうに違いない。だって深夜の商店街に物騒な悲鳴がこだまするわけがない。



 もしかして俺は疲れているのだろうか。

 そんなことを思い始め、プルタブに指を引っ掛けた瞬間、

「ぎゃあああああああああッ」

 今度は驚かなかった代わりに、それが現実のものだと認識した。



 群青はため息を吐いた。きっと禄でもないことに巻き込まれてしまう、という嫌な予感はしていた。それでも知ってしまったからには、助けないという選択肢は彼にはなかった。

 群青は命より大切なアコースティックギターのハードカバーを片手にぶら下げて、声のする方へ向かった。頭の上には満天の星空が広がっている。



 あぁ、叫び声さえなければ、今晩は最高の夏の夜なのにな。なんて悠長なことを彼は考えていた。

 現場付近に近づくと、男のうめき声と、若い女の声が聞こえてきた。

 十秒ほど歩いたところの路地裏で見つけることができた。



 そこには土下座をしているガラの悪そうな青年と、金髪ショートヘアの少女がいた。群青からの位置だと少女の背中しか見えず、何をしているのか分からなかった。

 青年は群青の存在に気付くと、うなり声のまま助けを求めてきた。そのせいで、少女が群青の存在に気付き振り向いた。



「……誰? あんた。コイツの仲間?」

 そういいながら金髪の少女は、ジーパンの後ろポケットに入れてあった小型のスタンガンを群青に向けた。スイッチを入れて電撃の空撃ちをした。電気が弾ける音。

 群青はかぶりを振った。悪い予感はよく当たるものだ。やはり禄なことではなかった。

 少女は仲間ではないと分かると、プイと前を向き直し、ついでのように青年に電撃を浴びせる。皮の薄い首元にスパーク部を密着させての一撃。悲痛の声があがる。青年は殺虫剤をかけられた虫のようにもがいた。




「うるっさい。近所迷惑でしょ。その舌抜いてあげるね」

 痺れて抵抗出来ない青年の口元に手を突っ込み、無理やり舌を引っ張りだした。


「アハッ、あんた口は悪いくせに舌は綺麗な色してんのね。もっと目立つようにピアスあけてあげるね」

 少女はジーパンの腰辺りに無数にぶら下げている安全ピンのうちの一つを取り出した。片手でピンを外す。青年は泣いて何かを懇願しているが、舌を引っ張られているために言葉になっておらず、残念ながらその訴えは少女には届かない。



「大丈夫よ。心配しないで。あたしこう見えても医者の娘だから。手術は得意なの」

 冗談か本当かは分からないが、こんなものは手術とは呼べない。少女は引っ張りだされた綺麗なピンク色の舌に針先の標準を合わせると、一思いに安全ピンを貫通させた。ピンク色だった舌は真っ赤に染まっていく。



 今までのどの叫びよりも悲痛に満ちた声をあげた青年の姿は、もはや動物のようだった。痺れてがまだ取れていないのだろう。思うように体が動かせない代わりに、表情が梅干しの種のようにしわくちゃになっている。心なしか顔のパーツがセンターに収縮されているようだ。



「あんたピアスとか持ってないもんね。せっかく穴あけてあげたっていうのにさ。じゃあとりあえず今はこれで我慢しなさいよね」

 少女は舌に貫通している安全ピンを閉じた。穴をあけた場所がよくなかったのか、閉じられたせいで舌の肉が食い込んでいる。



「さってと。次はどこにあけてあげようかな? ねぇねぇどこがいい? 言ってみて?」

「んぐぅ……。ふっ……あぁあぐ」

「いくら知能レベルがゴキブリ以下だったとしても、日本語くらい話してくれないと困るなぁ……。

 あっ、そうだ。耳がもっとよくなるように鼓膜に穴あけてあげるよ。そうしたらリスニング能力高くなるよ。せめて母国語は話せるようにならないと困るでしょう?」



 まるで蟻の巣にお湯を注ぎ込んで溺れる様子を楽しむ子供のように、少女はキャッキャッとはしゃいでいた。

 極力関わりたくない喧嘩だが、知ってしまったものは見過ごすわけにはいかない。群青は腹をくくってため息を吐いた。

「おいおい……、お嬢ちゃん。もうそれくらいに――――」



 そう言って少女の肩に触れようとしたそのとき、自分だけ時が止まってしまったのかと錯覚していしまうほどのスピードで少女は振り返り、寸分の狂いもなく群青の首にスタンガンのスパーク部を押し当て、スイッチを入れた。

 大量の針を同時に刺された痛みが走り、気付けば群青は空を仰いでいた。体は痺れて動けない。

「……あっ、なんだ。さっきの通りすがりの人か。もうどっか行っちゃったんだと思ってた。急に声かけれくるからビックリして正当防衛しちゃったじゃない」



 これは正当防衛の範囲に入るのだろうか。絶対過剰防衛だ。しかし相手の少女は明らかに自分よりも年下であることは間違いがない。

 痴漢冤罪が認められないように、おそらくこの件も正当防衛にされてしまうのだろう。仰向けで痙攣している群青は体が動かないので、そんな自分の知識では判別出来ない判決の行方を予想するしかなかった。



 まどろみのようなサイレンの音が聞こえてきた。最初は気のせいだと思っていたその音は、次第に大きくなってきたのでこちらに向かっているのだろう。

 群青は動かない体に力を込めて、かろうじて首だけを動かす。横目で見られたのはこちらの様子を見ている少女と、青年がいたはずの何もない空間。



 あいつ逃げやがった……。

 なんて男だ。いくらなんでも俺を置いて自分だけ逃げるなんてあんまりじゃないか。やっぱり禄でもないことになってしまった。

 気付けば自分の体が宙に浮いた感覚。

 何事かと思って下を見たら、少女が群青をおぶっていた。



「逃げるよ。補導とかされたらめんどくさいから」

 俺はなにも悪いことはしていないから置いていってくれてもいいんだけど。

「……んっ? アンタ軽いわね。ガリガリじゃない。ちゃんとご飯食べてるの?」

 そのまま立ち去ろうとする。しかし大事なものを忘れている。

 群青はなんとか声を振り絞る。




「……ギター……も……持っていっ……て」

「ギター? は? なに言ってんのさ。イヤよ」

「命より……大事なん……だよ……」

「……」



 少女は不満そうに鼻を鳴らすと、その重たいハードケースを片手で持ち上げて夜の中に溶けていった。



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