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祭りのあと



金魚に出来るだけ負担がないように慎重に歩いた。大きい男性にぶつかりそうになったときは、腕の中で金魚を守った。群青はそんなことは気にせず綿菓子を食べている。



「なにそれ美味しいの?」

「ん? お前もしかして綿菓子食べたことないのか?」

「ないよ」

「ったくこれだから平成生まれは」

「群青さんだってほとんど昭和の片隅みたいなところで生まれたくせに」

 一口齧る。雲が千切れたように、ふわりと分かれた。



「ううーん。よく分からない食べ物だね。甘いけど」

「それはお前が綿菓子を食べたことがなかったからだろ。今度からはちゃんと分かるようになってるよ」

 人混みに揉まれて、首筋に小さな汗をかいた。薄い煙のドームがこのお祭りを包み込んでいるようだった。そのせいで夜の星は見えない。辺りをキョロキョロと眺めていると、見つけてはいけないものを見つけてしまった。いや、この場合では先に見つけたことで助かった。正確には出会ってはいけない人間を見つけてしまった。



 ずっと昔、睦美がボコボコにした不良が三人いた。幸いにもまだ向こうは睦美の存在に気付いていないが、それも時間の問題だろう。睦美の金髪は悪目立ちしすぎている。今は大事な命も抱えているので、見つからないうちにこの場を離れなければならない。



 慌てた睦美は屋台と屋台の間をすり抜けて、その奥の雑木林に身を潜めた。べったりと嫌な汗をかいた。それは睦美の体温を奪った。最近マシになってきたとはいえ、あの日から睦美の体調は万全ではなかった。なので追いかけられたら逃げ切ることは出来ないし、闘うことなど論外だ。それにあいつらなら絶対に金魚をあたしから奪い、目の前で踏み潰すことすら厭わないだろう。



 心臓の鼓動を抑えるために、大きくゆっくりと息を吐いた。そんなことも知らずに金魚は口から気泡をプクプクと吐き出している。



 何分経っただろうか。たぶんもうどこかへ行ってくれただろう。よく考えると、あんな人混みで喧嘩にでもなりそうなものなら周りの大人が止めるだろうに。焦って馬鹿な選択をしてしまったことを恥じた。

 さっき来た道を引き返し、屋台と屋台の間を通り抜け、また人混みの中に戻る。さっさと群青さんと合流しないと、と彼女が思ったときにはもうすでに手遅れだった。

 どこを見渡しても群青はいない。



 やってしまった。という声が何度も彼女の中を反響して、だんだん大きくなっていった。とりあえず一旦、落ち着こう。そうだ。スマートフォンがあるじゃないか。そう思い巾着袋から取り出したはいいものの、そういえば連絡先を交換していなかった。いつも一緒にいたから必要を感じていなかった。今日は全てが裏目に出ているような気がする。いわゆる厄日というものか。



 迷子になったら、その場を動かないっていうのが定石でしょうに。とため息を吐いて睦美は群青を探しにいくことに決めた。この場合、どう考えても睦美が迷子なのだが、本人は気付いていない。おそらくどちらも相手が迷子だと認識している最悪の状況である。



 睦美は道を進むことに決めた。群青の性格から考えて、後戻りすることはないだろうから。この祭りの端まで行けば、そこで立ち止まるか折り返すかするだろう。なので、進めばきっと、この先で群青に会える。群青がもしも戻ってしまった場合は、この先で会えないだろうが、どうせ私も端まで行けば折り返す。勝手に帰ることはさすがにないと信じたい。

 なので、群青がこの場から進んでいようが折り返していようが私は進むことが最適解のはずだ。彼女の中でそう結論づいたので、歩を進めていく。



 一人ぼっちで歩く祭りは、なんだかさっきとは違う世界のようで。

 楽しいはずの空間に、突如出現した無のスポットにぴったりはまり込んでしまったように、ここだけなんだか寂しい。私のところだけなにもない。なにもないことを知ってしまった。ここ数週間、ずっと誰かといたせいだ。ずっと群青といたせいだ。連絡先を交換する必要性を感じられないくらい、ずっとそばにいたせいだ。



 睦美はクスクスと笑いだした。端からみたらおかしな人だったかもしれないが、それでも構わず彼女は笑った。おかしくてしかたなかった。誰かといないことを寂しいと感じてしまうようになってしまった自分が。ずっと一人だったのに。お腹の下辺りが妙にくすぐったい。温かい。

 一人になってみて初めて分かった。彼の存在はこんなにも温かかったのだと。



 屋台の列を進んでいくと、人の密度が増し始めた。睦美は何事かと思い人混みの先を見た。神社の神殿があり、ここで歩みを止めている人たちは参拝者の列だった。そこは正方形に近い形の広場のようになっていて、神殿の周りは護符等を販売している社務所がグルリと囲んでいる。



 困ったことにかなり混み合っていて身動きをとることがやっとだ。この空間で群青と行き違ってしまえば、当初の計画が狂って会うことが困難になってしまう。どうしようか考えた末、睦美がとった行動は参拝することだった。つまり神頼みだ。もう自分ではどうしようもない。諦めて運命に任せよう。

 三十分ほど並び、ようやく睦美の番がまわってきた。賽銭箱にそっとお金を入れ、鈴を鳴らし二礼二拍手。後ろにはまだまだ人が並んでいるので簡素に『群青と再会出来ますように』と願った。最後に神様が自分の願いを見失わないように、自分の名前を告げる。住所はそういえば知らない。最後に一礼をしてこの場を離れた。



 さて、ここの神社の神様は果たして私の願い事を叶えてくれるのだろうか。よく考えたらあまりにも急すぎる願い事だ。ネット通販でも希望の商品が届くまでに二日は要するというのに。少し図々しい願い事をしてしまっただろうか。五円しか入れてないからな。うーむ。千円くらい入れれば、願いの速達便に出来たかもしれないが、あいにく持ち合わせがない。残り三百円ほどしか入っていない悲しい財布だ。クレジットカードはあるけれど、最近の神様はカード払いにも対応しているのだろうか。



 人の群れの中でも、私たちだけに見える光があればいいのに。

 そんな綺麗なものでなくても、もっと何か私だけしか見ようとしないものでもいいのに。あぁ、今の時代、それを容易にしているのがスマートフォンで、メールアドレスやIDなのか。でも今私が欲しかったのは、そういう誰でも簡単に手に出来るものじゃなくて、もっと二人だけにしか分からない。意味をなさない。他人から見ればガラクタだけど、私たちからしたら宝物のような。そんなもの。

 そんなものはきっとないのだろうなぁ。



 広場を三周ぐるりと回ってみたけれど、そう都合よく群青が見つかったら苦労はしないわけで、でももうそろそろ探すのにも飽きてきたので、睦美は広場を後にした。階段を下り、また屋台の列の中を歩きだろうとしたそのとき、声が聞こえてきた。



 よく聞き慣れた声だった。それは声というにはあまりにも美しく、歌と呼ぶには滑稽なものだった。



 ……群青さんの歌だ。

 辺りを見渡す。すると、ちょうど階段の麓と屋台の間の小さく盛り上がった丘の上で群青は歌っていた。今日はギターを持ってきていなかったので、歌だけだ。必死に歌う彼の前を、聞こえているだろう人々は何事もなかったかのように通り過ぎていく。



 そんな中、一人の少女が立ち止まった。

 人混みの中でも見つけた。それを見つけることが出来たから、二人にとってこれが大切なものだと知ることが出来た。

 彼の歌が二人を繋いでくれた。



 パチパチパチパチと、一人だけの拍手がたくさんの雑音の中にのみ込まれて消えた。それでも群青には届いた。二人だけの、この世界に残らない宝物だった。



「おお、ようやく俺の声が届いたようだな」

 群青が不敵に笑うと、彼の後ろで、胸の中心まで響く大きな炸裂音が空気を揺らした。

 夜空に大きな花が咲いた。



「きれい……」

「あぁ、もうこんな時間か。この祭りは最後に花火が上がって終わるんだ」

 咲いた瞬間散っていく光の花びらの行方を追った。それを忘れてくれというように、次の花が咲いていく。太鼓の音のように、体が震える。

 きっと明日にでもこの花火の正確な形は思い出せなくなるだろう。でも、一緒に花火を見た思い出は永遠に残ってくれるのだと、少女は青年の横で願うようにそう思った。



「神様って本当に願いを叶えてくれるんだね。さっき参拝で群青さんに会えるようにって願ったの。そしたら叶っちゃった」

「それは違うぞ。俺がお前を見つけたんだ。神様じゃない。俺がお前に会えるように歌うことを選んだ。だから会えたんだ」



 神様の敷地内で平気で罰当たりなことを言ってのける青年は、少女の手を掴み、もう二度と見失わないよう自分に誓った。






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