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水中



「さぁ、さっさと家に帰ってお祭りに行くぞ」

「えっ? 群青さんも行くの?」

「あぁ、祭りは好きだが?」



 そう言われればそうか。群青さんはあたしと違って賑やかなのが好きなのか。普通に今までの行動を思い返せばそうか。でも、群青さんは「金がねぇ」って言って家でカレーを食べているイメージだったから、そんなに自分から意気揚々と祭りに行くだなんてイメージがなかった。



「じゃ……、じゃあ一緒に行く?」

「ハナからそのつもりだ。他に誰と一緒に行くってんだよ。だから今日はいつもより早くライブを切り上げて、お前が家に帰る時間帯に帰ってきたんじゃないか」

「……はぁ」

 睦美はなんだかバカバカしくなって、小さなため息をもらした。一人で行こうと思っていたのに、自分と一緒に行くつもりで予定していた人間がいたことが嬉しかった。しかし、なんだかその嬉しさを群青に読み取られるのが癪に障る気がしたので、プイ、と明後日の方向を向いた。




 *




 どうやら今日の祭りはここでは一番大きいものらしく、どこを見渡しても人だらけだった。屋台が並ぶ列も一番奥が見えず、どのくらいの長さなのかも想像がつかない。普段から睦美はこういうイベントには疎かったので、尚更この人の群れの中に入っていくことを躊躇してしまった。



 カラン、と下駄の乾いた音が妙に睦美の耳に響いた。たぶん、聞こえたのは睦美だけ。ざわざわと騒々しい祭りの熱にあてられた。

 そんな睦美の手を引っ張ったのが群青だった。



「いこうぜ。お小遣いは一人千円までな」

 普段は禄に仕事もしないで歌ばかり歌っているダメ人間のくせに、今夜だけはなんだか頼もしく思えた。

 何種類もの食べ物と、濃厚なソース、誰かの香水、蒸しかえる汗、そして夏が終わっていく匂いがした。雑音の中でも見つけられる群青の声を必死に聞いていた。

 人形焼、たこ焼き、お好み焼き、焼きそば、綿菓子。ほぼ粉もんで構成されている屋台の連なりが眺める暇もなくどんどん通り過ぎていく。

 眩しいライトの光が、視界を一瞬奪った。



「あっ、待って」

 睦美は群青の袖を引っ張った。

「あたし、あれやりたい」

 そう言って睦美が指差したものは金魚掬いだった。



「やめとけ。うちに水槽なんてねぇぞ」

「金魚の水槽くらいだったら今時百均で売ってるよ。ダメ?」

「まぁ、別にいいけど。最悪金魚って食べれるし」

「え、やだ。食べないでよ絶対」



 了承をもらった睦美はウサギのようにピョコピョコと歩いて金魚掬いの前まで行った。一回分の料金を支払い、ポイを受け取る。それを一度光に透かしていた。薄い。一匹掬えれば御の字だろう。

 しゃがみ混んで浴衣の袖を捲った。睦美の綺麗な腕が露出される。その白さは光に反射するほど繊細さを放っていた。

 群青はそんな彼女の横で金魚掬いの行く末を見守っていた。



 たくさんの金魚が入っている水槽には二本のバブルから空気が送られている。水面はその二点を中心にして波紋を広げていた。真っ黒な出目金と、真っ赤な金魚が二対八の割合で泳いでいる。おそらく黒い出目金は人気がないのだろう。食べられるか知らないし……、と群青は水槽をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていた。



 右手にポイを、左手にお皿を。睦美は構えて、金魚の動向を見つめていた。数十秒見つめたが、生き物の金魚が泳ぐ法則性などは結局見つからず、なんとなく一番手前を泳いでいる金魚に狙いを絞る。



 チャプン。

 水切り石のようにポイを水中にスライドさせ、その上に金魚を捕まえる。だが、あっけなく紙は破れて睦美の金魚掬いは終わりを迎えた。



「馬鹿だな。お前右利きなんだから、左から右に向かってくる金魚を狙わないと破れるに決まってんじゃねぇか」

「むぅ……、そんなこというなら群青さんがやってみせてよ。金魚ほしい」

「やだよ、屋台の金魚なんてすぐ死ぬじゃん」

「……じゃあ、なおさら、一緒にいたいよ」



 睦美が悲しそうな声で、泳ぐ金魚を見つめてそう呟いた。なんだか悪いことを言ってしまったようで、ばつが悪くなった群青は後ろポケットの財布を取り出した。



「一回だけだぞ。とれてもとれなくても、これきりな」

「え? あれだけ人のこと馬鹿にしといてとれないとか……マジ?」

「うっせぇ! じゃあとれるまでやってやんよ! はい。三百円」

 親父の毎度! の声と引き換えにポイが渡させる。光に照らしてみる。



「これ……薄くねぇ?」

 と親父には聞こえないように呟いたことを、睦美は見逃さなかった。

「とれるまで……ね」



 語尾に甘ったるいハートマークをつけてエールを贈る。初めて脅迫されたときのような笑顔で。でも今日はそれに加えてなんだか楽しそうだった。

「あー、もう分かったから、待ってろ。とるから」

 乱暴な言葉とは裏腹に、群青がポイを構えた瞬間、空間が固まったような錯覚が起こった。圧倒的集中力が、この場を支配した。



 スッ――。

 音もなく、まるで化学のテストで出てくる注釈「なお、水の抵抗は考えないものとする」といったように、水と空気の境を無視して、入水したポイは、当然のように真っ赤に光る金魚を水中から移動させ受け皿にその身を落とした。



 あまりにも滑らかなその動きに睦美は目を奪われた。その腕を辿った先に、群青の満足そうな顔がなければ最高だったのに。と睦美はため息を吐いた。



「ギタリストの繊細さをなめるなよ」

 そう決めゼリフを残し、親父に掬った金魚を袋詰めしてもらう。小さなビニール袋に入れられた小さな命。それを群青から睦美は受け取る。



 今までたくさんの水中に同じ価値として存在していたものが、宝物になった瞬間だった。





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