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カラン、コロン、カラン、コロン



「ありがとうございましたー」

 睦美はこの前の書店でアルバイトをしていた。たまたま群青から書店のアルバイトが一人辞めたことを聞いて、その代わりとして雇ってもらった。体はまだ完璧には動かなかったが、それでも物を落とすことも減った。それに書籍なら、落としてしまっても壊れてしまうことはないので少しだけ気が楽だった。睦美は相変わらず金髪だったが、店主は特に気にしておらず、むしろ群青の知り合いなら安心だと言っていた。




 夏の夕暮れ。西日が街に差し込んでいる。今日来店する客は、なんだか浴衣を着ている女の子が多い。どこかで祭りでもあるのだろうか。でも睦美には関係のないことだ。そもそも人が多いところが嫌いなのだ。イベント事を素直に楽しめないことはつくづく人生を損していることは自覚しているのだが、それでもどう楽しめばいいのか分からなかった。



 午後五時前、次のシフトの男の子が来た。彼は学生で名前は本田という。本田はあまり人懐こい性格ではなかった。それは睦美も同じで二人は雑談を交わすことなく、最低限の会話だけで引き継ぎを済ました。でもそれが嫌だと思ったことは一度もなかった。むしろ彼女にとってこのやりとりは心地よい距離感だった。



「お疲れさまでしたー。本田さん来られたので、あたしあがりますねー」

 店の奥の事務所にいたお婆さんに声をかけた。

「あ、睦美ちゃんちょっと」

「あ、はい。なんでしょう」

「おはぎ、近所の人からたくさんもらっちゃったから、おひとつどうぞ。お茶も淹れるわね」



 おはぎ。群青と生活を初めてから甘いものはほとんど食べる機会がなかった。群青曰く、甘いものは贅沢品らしい。うちは「パンがないのならケーキを食べればいい」ではなく「パンがなければカレーのルーだけ食べろ」の方針なので、睦美は素直に喜んだ。

 事務長で淹れたての熱い緑茶を啜り、柔らかいおはぎを口に運ぶ。

 甘い! 美味しい!

 恍惚の表情でほっぺたが落ちるのを左手で止めた。



「そういえば、今日この近くでお祭りでもあるんですか? 浴衣姿のお客様が多かったのですが」

「ええ、近くの神社でお祭りがあるわ。あっ、そうだわ。せっかくだから、行ってきなさいよ。いいもの貸してあげるから」

「……いいもの?」



 なんとなく嫌な予感がした。いや、一般的感覚でいえばそれはとても喜ばしいことだろう。しかし、睦美にとって、その価値観がそのまんま彼女に当てはまるかといえばそういうわけではない。睦美はややこしい性格をしているのだから。



「浴衣貸してあげるから、行っておいで。睦美ちゃんかわいいから、誘われた男の子喜ぶわよ」

「え……、でも、私そんなお祭りに行く人いないですよ」

「いいからいいから。睦美ちゃんの歳なら気になる男の子の一人や二人くらいいるでしょう? さぁこっちにきて」



 そういうと奥の部屋に連れていかれた。綺麗な和室だった。お婆さんは几帳面さがよく表れていた。畳は決して新しいものではないのに、その使い古された感じが、むしろこの空間に落ち着きを与えている。壁の白も純白ではないのに、どこか安心させてくれる。長い間大切に使用されていることが、初めて入室した睦美にもよく分かった。

 お婆さんは古くなった箪笥の引き出しをあけて、その中から綺麗な浴衣を取り出した。花の絵が刺繍されていた。



「これこれ、本当は孫に着て欲しくてずっと置いておいたんだけどね。あいにく私のところの孫は全員男の子なのよ。睦美ちゃんに着てもらえたらこの浴衣もきっと喜ぶわ」

 手にもった浴衣よりもキラキラと輝くお婆さんの笑みを見せられると、さすがの睦美も断れないと悟った。仕方がない。せっかくのご厚意だ。ありがたく頂戴しよう。

 お婆さんは睦美から了承を得ると、さっそく着付けを始めた。その慣れた手つきは目を見張るものがあり、思わずその技術の高さに睦美は目を奪われた。



「やっぱり若いって素敵ね。腕も真っ白でスベスベ。私の手なんてほら、皺だらけになっちゃって渋柿みたいでしょう?」

「そんなことありませんよ。お婆さんの手の方が素敵です」

 今まで生きていくうちに、喜びも悲しみも、たくさんの大切な人の手を繋いできた手だ。たくさんの人に幸せを与え続けてきた手だ。お婆さんは自虐的にそんなことを言ったがとんでもない。私の幼い手と比べることすら出来ない素敵な手だ。と睦美はスルスルと流れるように動いていくお婆さんの手を見て思った。



「ほら、やっぱりよく似合う」

 着付けが終わったお婆さんは一歩下がって、満面の笑みで睦美を見た。

 あいにく髪は金髪ショートだったので結べなかったが、鏡を見た睦美も確かによく似合っていると思った。まるで自分じゃないみたいだ。



「あ、ほんとだ……。よく似合ってる」

「でしょう。睦美ちゃん可愛いから絶対似合うと思ってたの。返しにくるのは後日でいいからね。今日は楽しんでいらっしゃい」

 そうは言ったものの、一緒にお祭りに行ってくれる友達など、睦美には一人もいなかった。男なんてなおさらだ。慕ってくれている人の数より、恨みを買っている人の数の方が明らかに多い。そんな生き方をしてきたのだから。



 最悪の場合、一人でお祭りにいこう。

 カラン、コロン、カラン、コロン。



 お婆さんに貸してもらった下駄の踵をリズムよく鳴らしながら歩く。あれ? これはこれでなんだか楽しくなっていく。平成生まれだけど、なんだか昭和みたい。

 カラン、コロン、カラン、コロン。



 身に纏うものが違うだけで、こんなにも外を歩くのが楽しくなるのか。知らなかったな。いつも同じ系統の服ばっかり着ているから。

 夏の風が正面から吹き抜けた。睦美の金に染められた白い前髪はくるりとめくれて踊った。耳元を通り抜ける風は、懐かしい匂いがした。



 とりあえず、紙袋に入れてもらった私服を置きに家に帰ろう。

 いつもの河川敷を歩いていると、偶然群青に出会った。



「うおっ! えっ? 睦美?」

「えへへ、そうだよ。どう? 私綺麗?」

 戸惑う群青の反応が嬉しくて、ついつい上機嫌になってしまう。それで都市伝説に出てくる女性のようなことを口走ってしまった。そのことに気付いて「あぁー、やべい、あたし、調子乗っちゃった」と反省したがそれは後の祭りだった。



 群青は笑って

「あぁ、綺麗だよ」

 と幼児をあやすようにそう言った。




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