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物語は幸せに終わらせる  作者: 成瀬 せらる
アルビレオの瞬き
9/20

3等星は夢を見る 1

宝石箱には星屑を、のリビエラ視点です。


なんて素敵なドレスたち。なんて素敵な光景。


「リビー様、今日はどれになさいます?」

「そうね、これがいいわ!」


ここは私の衣装部屋。所狭しと並べられた、色とりどりのドレスに宝石の中で私は今日のドレスを選んでいた。退屈と憂鬱を紛らわせるのはとびきり美しいもの。私は水色のリボンの装飾が付いたドレスと、その隣にある薄緑のシンプルなドレスで悩み、薄緑のほうを侍女のエリザに伝えた。エリザは私に手際よくドレスを着付けていく。


「リビー様、また痩せましたね?」

「なんだか食欲が、なくて」

「…体調が優れないのですか?」

「そういうわけでも無いのだけど」


ドレスのウエストが余っている。

起きると身体が怠くて、食欲が全く無いことが多い。ぐっすり眠れていないのだと思う。なんだか寝付きが悪くて、夢見も悪い。夢は覚えていないけれど。


「指輪はどう致しましょう?」

「いつものをするわ」


結婚2年目のお祝いにローエンが贈ってくれた指輪をはめる。華奢で小振りな石が沢山付いた

可愛らしい指輪だ。ローエンが「リビエラらしい」と言ってくれた、素敵な指輪。薄いオレンジのトパーズと、淡いサファイアが連なる指輪。値段的な価値でいうと大したことのないものだ。マリア様ならきっと見向きもしない。だけど、私にはこの世で最も美しい指輪に見えてしまう。結婚指輪と重ねて付けると、オレンジとブルーがより煌めいた。それからエリザが髪を綺麗にハーフアップに結い上げ、百合の飾りをぱちんと付けて、ネックレスをつけた。


「いつか私も…ローエンとダンスしたいわ」


昔の記憶では、怖い顔か難しい顔のローエンとしか踊ったことがないのだけど。あの頃のローエンは私のことを心底嫌っているようにしか見えなかった。

今の、愛し愛される夫婦として、ダンスをしてみたい。私の今の夢。


いつかきっと私を社交界に連れて行ってくれると、信じている。





「困ります。旦那様も居ませんので」


軽いステップで階段を降りていくと、執事が玄関で何やら揉めて居た。

私が騒ぎに近寄ると、エリザが困った顔になる。だけど見つけてしまったものは仕方ない。


「私はカドガン家の人間なのに家にも入れないってのかい!」

「ナタリー様の家はカドガン領の方でしょう」


喚く婦人と、冷たく切り返す執事。

ナタリーという名前には聞き覚えがあった。ローエンの姉だ。昔、私の我儘で引き離してしまった人だ。


(お姉様と口をきいてはダメよ)


目を閉じると昔の我儘がフラッシュバックした。ローエンを取られるのが嫌で、会うことを禁じた。なんて愚かな間違い。そんなことでローエンを手に入れることなどできないのに。


王女だった私にはナタリーと仲良くすることはできなかった。だけど、今なら?何も持っていない私なら、ナタリーと仲良くできるかもしれない。ローエンの愛する姉だもの。私だって、きっと好きになれる。


「どうぞお入りになってくださいまし」


執事の後ろから声を掛ける。執事は物凄く困った顔をしていたけれど、構わない。ローエンはきっとまだ私がナタリーを嫌がると思って呼ばなかっただけだろう。執事はその命令に従っているだけ。私が許可すれば丸く収まる。


「それじゃ失礼させてもらうよ」


ナタリーは履き古した革の靴で敷居を跨いだ。私は淑女らしく、スカートを摘んで出迎える。ナタリーも小さく礼を返し、私は顔を上げた。余所行きの笑顔を浮かべて歓迎するが、私を見たナタリーの顔は驚愕の表情そのものだった。


私を無遠慮に指差し、口をあんぐりと開けた。


「り、…リビエラ、王女?」

「………リビーと申します」


一瞬戸惑ったが、私は余裕を取り繕って今の名を名乗った。ローエンは家族に私と結婚したことを伝えていなかったようだ。

ナタリーは私を上から下まで舐めるように見た。特に私のネックレスや、指輪に注目しているように見えた。


…なんだか嫌な視線。


「此方でお寛ぎになってください」


サロンに通し、エリザに頼んで取って置きのお茶をお願いする。エリザは渋々といった風に用意をしてくれた。


「良いカップだね」

「ええ。ローエンが買って来てくださいましたのよ」

「紅茶も高いものだね」


何故そんなことばかり気にするのだろう。私は首を傾げた。


「リビー様」

「なあに?」


執事に呼ばれて席を外す。部屋の外の廊下で執事は話し始めた。


「ナタリー様を家に上げてしまうなんて、旦那様はお喜びになりませんよ」

「どうして?ローエンとナタリー様は仲良しのはずよ。私のせいで引き裂かれた家族なのよ。私が態度を改めればまた元に戻れるわ」

「それは」

「大丈夫よ。きっと仲良くなれるわ。良いこと?私が良いと言うまで黙ってナタリー様のご機嫌を取って頂戴ね」


執事も渋々といった風に腰を曲げて了承した。

部屋に戻ると、ナタリー様は私の取って置きの甘いお菓子を両手でぼりぼりと食べていた。


昔から礼儀正しく、行儀の良かったローエンの姉とはとても思えなかった。

私の見方が悪いのかもしれない。王女として育ってきて、他の貴族たちとの付き合いも殆ど無かったし…普通はこんなものなのかも、しれない。それか私が社交界から断絶されて以来、お作法が変わったのかも、しれない。


「ナタリー様。お待たせして申し訳ございません」

「それ」

「はい…?」


ナタリー様はびし、と私を指差した。指先をたどると、私の手に向いていた。


「これ、ですか?」


私が指輪をかざすと、ナタリー様はにたりと笑った。


「そう、それ。それを返して」

「…え?」

「お前、死んだはずの王女なのに何故そんな贅沢なものを持っているの?」


ずき、と胸が痛んだ。私が今まで考えないようにしていたことだった。

処刑されたはずの王女が、ここでのんびり、楽しく贅沢に生きていることに対する罪悪感は、常に私にはあった。漠然とした不安のような、言葉にならないもの。ローエンと生きていたいという気持ちは何があってももう変わらない。だけど、私が生きているということに対する疑問は…


「そもそもローエンの財産は全てカドガン家のもの。カドガン家の正当な後継は私。つまり、お前が持っているものは全て私のもの」

「でもローエンはそんなこと」

「ローエンは不当に爵位を父から奪った裏切り者であって、正当な後継者ではない。それともお前はまた私という民に嘘をついて、騙して生きるのか?」


そう言われると、私には抵抗ができない。過去の、王族の罪を思い出して頭が重くなる。私は指を差し出した。ナタリーは私の指から指輪を無理やり引き抜いた。指輪はすぐに痩せて緩くなった指から抜けていった。ナタリーはそれを指にはめる。ナタリーの指には、はまらなかった。第二関節で止まった指輪に、ナタリーは舌打ちした。


「その髪留め」

「これは、っあ!」


ナタリーは私に近付いて、エリザが綺麗に結ってくれた髪に留められた百合の花の形の髪留めを掴んだ。そのまま私の髪ごと髪留めを奪う。ぶちぶちと頭皮から毛が抜かれる痛みが走る。痛みに呻くと、慌てて執事が止めに入ろうと動く。私は手でそれを制止した。


「私は大丈夫だから、下がっていて!」


ナタリーは私のこの言葉に満足したようだった。執事とエリザは、2人で壁際に立って眉をひそめている。


「私ら国民が受けた苦痛は全てお前のせいなのだから、お前がこの程度のことで苦しむわけがない。苦しんで良いわけがない」


ナタリーは私の髪留めを自分の髪につけ、今度は私のネックレスに目をつけた。これはローエンとの3年目の結婚祝いの品で…と喉まで出かかったが、壊されたくなかったから自分から外した。震える指でナタリーにそれを捧げる。ナタリーは太い指で私からネックレスを奪い取った。


「良いご身分だこと」


ナタリーは私のドレスをじっと見つめた。

流石に脱ぐわけにはいかなくて、一歩後ろに退く。


「アンタ、そこの侍女。アンタは今日から私の侍女だからね、わかった?」

「私の主人はローエン様です。ローエン様の命令でリビー様にお仕えしています。貴女の命令を聞く謂れは、」

「お黙り!カドガン家の正当な後継者は私だと何回言えば分かるんだ!」

「きゃ…っ!」


ナタリーは激昂して、エリザに平手打ちをお見舞いした。ぱちん!と乾いた音が部屋に響く。エリザがよろけて、執事がエリザを支えた。執事はエリザを守るように一歩前に出る。


「やめて、やめてください!」


私はエリザを守るために声をあげた。


「私には、何をしても、構いません。でも…エリザは、エリザは悪くないわ。だからエリザには何もしないでください」

「あの子が私に手を挙げさせたんだ。言うことを聞いていればそんなことしなかったのに」

「…分かりました。エリザ、ナタリー様の言うことを聞いてね。貴方もよ、お願い」


エリザは泣き出しそうな顔で頷いた。執事にも同じように言う。執事も渋々頷いた。このまま私が、またはエリザが抵抗すればナタリーはますます暴れる。だったら私が我慢していればいい。エリザや執事にも我慢を強いることになるけれど、こうしていれば殴られはしないだろう。


「そうなるとお前が邪魔だね」

「…え?」


ナタリーはまた私を指差した。

邪魔、って、どういうこと。


「執事も侍女も主人が私だと理解しただろう?だったらお前は何だ?お前のような女がカドガン家に入るなんて、恥だろうが。罪深い王女なんか、誇り高いカドガン家には要らない。こんなに贅沢している穀潰し、誰が欲しがるもんか。カドガン家の正当な後継者として言ってやる、お前なんか要らない!消えろ!」


ナタリーは歩いて、花瓶を持ち上げた。呆然とそれを眺める。ナタリーは活けられていた花を取り出して、私に投げつけた。こんなことをされたのが初めてで、私は反応すらできない。ただされるがまま、濡れた花が体にぶつかるのを甘受した。呆然とナタリーを見詰めると、ナタリーは眉を釣り上げる。


「何だその顔は?それでもまだカドガン家にしがみつくつもりか?この死に損ないの、悪逆王女が!」


ナタリーは花瓶の中の水を私に向かってぶちまけた。頭からつま先までびっしょり濡れて、それでも返事もできない。頭が、ぼーっとする。私は、おそらく、ショックを受けているようだった。だけど心が鈍くなっているのか、それが現実にすら感じられなくなっていく。分からない、私がどうしていいのかすら。息が、苦しい。


反応の鈍い私に、ナタリーはイライラしているようだった。花瓶を床に投げ捨て、私の手を強く握る。痛くて、一瞬目が覚めそうになった。ああ、花瓶が割れている。ローエンが買ってきてくれたのに、お気に入りなのに。


だけど私は、私には、それを持つ資格は、ない。


「リビー様!」

「え、エリザ、っ…私は大丈夫よ。大丈夫なの。そこに居て。私はナタリー様と少しお話をしてくるから、ここで待って居てね。それから、ちゃんとナタリー様のいうことを聞いて頂戴。お願いよ」


近寄ろうとするエリザを制して、私は手を引かれるまま歩き始めた。


ナタリーは私を物置としている小部屋に押し込んだ。カーテンを引いて、部屋が真っ暗になっていく。暗い。暗いと、思い出してしまう。嫌なことばかり。


「これこそが、国を破滅させた王女様にはお似合いの部屋だ。牢屋があれば一番だが。今日だけは置いてやる。明日になったら追い出してやるからな!」

「か、身体を拭きたいわ。寒いもの…また体調を…」

「そんなことで体調が悪くなるのか?お前はカドガン家に何か一つでも貢献できているのか?どうなんだ!」


何も言えなくなって押し黙る。

でも、寒い。冷たい水を掛けられて、身体が冷えた。確かに春だから、暖かいけれど…濡れた服を着て居られるほどでは、ない。


「こ、ここには私と話をするために、来たのでしょう?」

「ここに?私が?」

「ええ、私と、ナタリー様で。何か行き違いが、あるようですから」


どうして、どうしてこうなってしまったの。

私には理解できない。だけど、ナタリー様はローエンのお姉さまで、だから私とは今や家族で…話し合いをしたら、お互いを理解して尊重できるはず。だって私はもう、あの頃の王女様ではない、ただのリビーなのだから。


「違うね。あんたは国を破滅させたことを反省していない。お前は何故生きている?王族は全員処刑だろう。ローエンに泣きついて、誘惑して逃れたな、この売女が!」

「ち、ちが」


汚い言葉を頭が処理できなくて、また頭が重くなる。勝手に涙が出る。


「そうやってローエンに取り入ったのか?ローエンを操ってカドガン家を乗っ取って、私にこんな惨めな生活をさせて満足か?どうなんだ!」

「や、めて、やめて…」


もう聞きたくない。聞いていられない。膝から力が抜けて、部屋の真ん中に座り込む。ナタリーが床をドンっ!と強く踏みつけて大きな音を出す。怖くて仕方ない。耳を塞いで、ナタリーの罵声を聞かないように必死で押さえ込む。


「この裏切り者が」


ナタリーはそう吐き捨てて、扉を閉めて出て行った。鍵ががちゃんとかかった音がした。真っ暗な部屋、冷たい身体、狭い空間。

慌てて扉を押すが、鍵は取れない。扉を叩く手が、ふと止まった。頭の中に「王女にお似合いの場所」という言葉が蘇る。体が、思うように動かない。ゆっくり後退して、部屋の真ん中で止まった。


ここが私の、似合いの場所、なの?

暗くて、狭くて、寒くて、ローエンのいないここが。


「やめて、やめてよ…」


身体が震える。耳を塞いでも声が聞こえる。ナタリーの罵声が、色んな人の声で脳内に駆け巡る。ナタリーのように私を蔑む人は、きっと山のようにいることだろう。民のために死んでやることすらできなかった王女を、さぞかし憎むことだろう。こうしてのうのうと生きている私を。


「ローエン、助けて…」


本当ならローエンに助けてもらうことすら、許されないというのに。




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