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物語は幸せに終わらせる  作者: 成瀬 せらる
アルビレオの瞬き
7/20

宝石箱には星屑を 3

「…将軍に今日は休んでリビエラの側にいると伝えて。…それから栄養の付く食事を。…吐きっぱなしだからすぐ水も持ってきて」


翌朝、執事とエリザにそう指示すると、2人は見透かしていたように即座に用意を済ませた。エリザは僕が漸くリビエラの世話を命じたことに喜んでいた。執事も安心したようにほっと息を吐き出す。


「ナタリー様は?」


執事が聞きたくない名前を出した。


「…あのまま野垂れ死ねばいいんじゃない?」


リビエラのように、迎えに来る僕のような存在はいないのだし。死んでも誰にも気付かれまい。


「…それよりリビエラが心配だ。…いつもより発作が重い。熱も下がらないし、ずっと魘されている。このままじゃ…」

「医者を呼びましたので、ご安心ください」

「…ナタリーのせいで散々だ」


早く消えて欲しい。でもナタリーの処遇を考えたり、調整や手配をする時間があるならリビエラに付いていてやりたい。だから後回し。


寝室のリビエラの元に戻り、眠ったままのリビエラの髪を梳く。隣に寝転び、リビエラの細い指に触れる。


リビエラはまた痩せてしまった。



階下から執事の怒鳴り声と、言い返すナタリーの声が聞こえた。やはり大人しく地下の倉庫に閉じ込められてはくれないらしい。ドスドスと煩い足音が響き渡り、制止する執事の声と一緒にどこかの部屋へ入っていく。強欲な感嘆の声

、執事の怒鳴り声。リビエラを起こしてしまわないか心配になったので、僕は起き上がって声のする部屋を探した。


「…リビエラの衣装部屋で一体何をしているの」


リビエラの服と装飾品が所狭しと並べられている特別な部屋に2人はいた。ナタリーはリビエラの宝石を右手で掴めるだけ掴んで粗悪なドレスのポケットに押し込んでいる。左手はリビエラのお気に入りの水色のドレスを引っ張っていた。執事は止めようと奔走していたが、相手が女性ともあって強くは出られないようだった。


「これは全部私のもの!」


ナタリーは唾を飛ばしながら言った。


「…これは全て、リビエラのものだ」


僕は努めて静かに返答し、リビエラのドレスを掴むナタリーの手を掴んだ。ナタリーは途端に半狂乱に叫んだ。


「違う!あの王女は死ぬべきだ!だからこれは私のもの!カドガン家の正当な後継者のもの!あの女がこんなところで贅沢に暮らしているのがそもそもの間違い!これは私に与えられて然るべきものだ!」


ナタリーはリビエラのドレスのリボンの装飾を強引に引っ張った。びり、と甲高い音が響き、リボンが引きちぎられる。破れるのは想定外だったらしく、ナタリーは一瞬体制を崩した。その瞬間に僕はナタリーの足を蹴るようにして払う。将軍に教えられた数少ない護身術だった。ナタリーは床に盛大に転び、ポケットに入れていた宝石がガチャガチャと鳴った。宝石の金具が刺さったのか、ナタリーは悲鳴を上げて飛び上がる。


このまま殺してしまおうか。


僕がふとそう思って、ナタリーに手を伸ばす。首でも締めてしまえば人は死ぬ。誰も探しにも来ない、無価値で無意味な命。ここでその灯火が消えても誰も気付かない。ならばここで。


ナタリーは僕の殺気に気付いてポケットから素早く大きな宝石の嵌ったブローチを取り出してピンを外した。僕に突き立てるつもりらしい。…受けて立とうではないか。


「やめてぇっ!」


僕がナタリーに触れようと、そしてナタリーが僕にピンを刺そうとした瞬間にリビエラが飛び込んできた。リビエラは真っ青な顔で僕とナタリーの間に割り込む。僕はナタリーが持つピンがリビエラに刺さるのが怖くて、発作的にリビエラを抱きしめて僕の後ろに隠した。熱の下がらないリビエラの身体は熱かった。


「か、家族は、仲良く、するものだわ。そうでしょう…?」


リビエラは震える唇で僕とナタリーに諭すように言った。


「…僕の家族は後にも先にもリビエラ1人だ」


だからナタリーは、守る対象にはなっていない。だけど養う義務があるから相応の生活をさせていた、ただそれだけ。

リビエラを攻撃するというなら、それはもう庇護の対象ではなく、僕が排除すべき要因でしかない。僕にはどうすればナタリーを義務から外せるか、分かっている。ただ情けをかけてそうしなかっただけだ。やろうと思えばいつでも、できる。


「…たった今この女を殺すこともできる。…誰からも探されないだろうから気付かれないでしょう?…でも、リビエラが望まないならそうしない」


僕がリビエラに問いかけると、リビエラは瞳を潤ませた。


「私はそんなことを、望んでいないわ」

「…そう。…それでも僕はナタリーが君にしたことを決して許せない。だから」


床に座り込んだままのナタリーを見下ろし、家長としての命を下した。


「ナタリー、君を嫁に出す。それも可能な限り早く。リビエラから遠く離れたガーディン地方で、だ」


ナタリーは期待に満ちた顔になった。まさか僕が、彼女に幸せな結婚を望んでいると思っているのだろうか。なんておめでたい頭。リビエラに死ねと言った女を、僕が幸せにしてやるとでも思うのか。


「…そうだ、レックス伯あたりがいいな。辺境でいい感じに没落していて、妻に逃げられたから新妻を募集していると聞いた。それに彼は御歳67、現役の好色爺らしいね。ぴったりの条件だ」


国の中で考えうる限り最悪の相手を思い出した。ナタリーは一瞬表情を失い、直ぐに顔にサッと血が登る。


「あの男に私を?!私が誰だか分かっているの!?貴いカドガン伯爵家の長女、ナタリー・カドガンよ!それがあの貧乏なスケベ親父に嫁ぐというの?冗談じゃない、冗談じゃないわ!」

「…似合いの結末だと思うけどね。…結婚できるときにしておかなかったからこうなるんだ。…身の丈に合わない高望みはこれを機に辞めるんだね」


ナタリーは、聞き取れないような罵声と、キンキン響く奇声を上げた。顔を真っ赤にして勢いよく立ち上がり、そのままリビエラのガラス細工と石で出来た宝石箱を掴んだ。それをそのまま、振り上げた。

その瞬間僕は迷った。


このままナタリーを止めることもできる。でもそれがもし失敗したら、リビエラに宝石箱が当たるかもしれない。またリビエラが怪我をしてしまうかもしれない。

それならいっそ、リビエラを確実に守った方が、良いに決まっている。


僕はリビエラを守るために抱き締めた。ナタリーはやはり勢いよく重い宝石箱を振り下ろす。

ゴンッと鈍い音が頭に響いた。痛みと、目の端に飛ぶ星と、それでもリビエラを守らねばならないという意思が体を支配する。リビエラの叫び声、それから慌てて割り入る執事。視界が、赤い。


遠くなる意識の中で、リビエラが僕の名を叫びながらボロボロ泣いているのが見えた。


ああ、また悲しませてしまった。

僕はまた間違えたらしい。




ーーーーーーーーーーーーーーーー



目が覚めると、そこは僕の家ではなかった。

5年前にリビエラが眠っていた、城の病室だった。僕は病人服を着ていた。頭がとても痛い。表面的な傷のピリピリする痛み。頭を押さえると、包帯でぐるぐるに巻かれていることが分かった。


「死んだかと思った」


そして、僕の傍らには女王がいた。女王は長い髪を指に巻きつけながらため息を漏らす。


「リビエラは」


僕が真っ先に訊ねると、女王はふっと笑った。


「記憶でも無くしているかと思ったが、その様子では問題なさそうだな。リビエラは無事だ。傷一つない状態でお前の屋敷にいる。姉の方は直ぐに嫁いで貰うためにカドガン領に送っている最中だ。こちらで捕らえても良かったが、カドガン家の醜聞になるのは困るだろう?」

「ええ、有難うございます」


別に醜聞になっても構わないのだけど。醜聞になっても屋敷から出ないリビエラにはわからないことだし、使用人達もそんなことは気にもしないだろう。僕が外で噂されるだけだ。僕には気にならない。

それでも女王の配慮だというなら仕方ない。甘んじて受け入れる。


「…目覚めて最初に見たかったのはリビエラの無事な姿、なのですが」

「それは悪かったな。だが、その傷は城の医者でないと処置できなかった。しばらくその包帯は外すなよ。また血が出ても知らないからな」

「…そんなに重症ですか?」

「鈍器で殴られたのだから、死んでもおかしくはなかった。でも、当たりどころが良かった。宝石箱の装飾で皮膚がざっくり切れたのが大きな傷だったらしい。運が良かったな」


その傷なら、さぞかし血塗れになったことだろう。リビエラがすっかり怯えてしまったかもしれない。僕は深い溜息を吐き出し、頭を抱えた。傷は、触れるとじくりと傷んだ。


「どうした?喜べ、お前は生きているんだ」

「…僕はただ、またリビエラを悲しませて、そして怖がらせてしまったと後悔しているのです。…陛下には分からないでしょうから、同情は不要です」

「夫婦は喜びも悲しみも、楽しいことも辛いことも分かち合うものだろう?どうしてお前は1人で全てを背負い込むんだ?」

「…貴女に言われたくない、貴女にだけは」


女王の過去を、考えを知る僕は、女王の夫婦観を受け入れない。


「ふふっ、私は別だよ。私は女王だから。王は孤独なもの。でも、もしも私がただの女だったら、全てを分かち合いたいと思うのにね」

「…だったら愛人とは別れるべきだと思いますが」

「一丁前に私の男関係に口を出すのか?いっそお前も私の愛人になるか?」

「…思ってもいないことは言わないで結構です」


僕はまたため息を吐いた。女王に揶揄われるためにここにいるのではない。


「帰宅してもよろしいでしょうか?」


女王は首を横に振った。


「リビエラに会いたいなら呼べば良い。お前はまだ医者の許可が下りないから、このベッドから出るのも禁止。医者と女王からの厳命だ」

「…そんな。…リビエラは外には出せません」

「リビエラを守るために閉じ込めているのもまた、間違った愛し方だと思うが」

「…ナタリーのような危険が、外にはもっとあるでしょう。僕は彼女を守りたい。…危険は少ない方が良い」

「石頭め。傷が癒えるまでは大人しくしておけよ」


女王は悠然と立ち上がり、病室から出て行った。僕はまた寝台に寝そべり、目を閉じる。傷さえ治れば帰れる。そのためには、休むのが一番だ。



「流石の私も一報を聞いて飛んで来ました」


…休めない。

誰に知らせた訳でもないのに、見舞客が次々と。女王の次は大臣、宰相と続き今は夫を連れたマリア嬢がベッドサイドに座っていた。夫の方は扉に背を預けて此方を伺っていた。彼女の夫とは滅多に話さない、というより話せない人だ。別に親しくもないから、この状況はある意味適切な距離感とも言えた。しかしその目は、何時ものように観察しているというよりはまるで僕を見張るかのように冷たかった。安心してほしい、君の妻にはかけらの興味もない。本当に。


「…別に見舞いは要らないのに」

「あら、リビー様から伝言もあるのに?夫も聞いたから一言一句正確にお伝えできますよ?」

「…君の夫まで僕の家に入り込んでリビーと会ったの?」

「ええ。貴方の執事には嫌がられましたけどね。でもリビー様も喜んで会ってくれましたわ」

「…そう、それなら良いよ」


僕が意識を失っていたのが悪いのだし。

どうせ口喧嘩でマリア嬢には勝てない。背後に佇むマリア嬢の夫も色んな意味で怖い。叶うことならひっそり生きていたいし後世に名を残したくもないから彼に見られたくない。発言には気をつけないと。


「『ローエンの帰りを良い子にして待っている』と言っていました」

「それ一言一句正確?」

「私に泣きながら言えと?化粧が崩れたら大変なんですよ」


泣いていたのか。僕はちくりと痛む胸を押さえた。


「…寝る」

「えっ」

「…寝て早く治す。早く治してリビーに元気な姿を見せて安心させる」


ぷっ、とマリア嬢の夫が可笑しそうに笑った。マリア嬢は呆れた顔で僕と笑っている夫を交互に見て、ため息を吐き出す。


「貴方って人は」

「…僕はそこそこ無事だけど、他に用事は?」

「あ・り・ま・せ・ん!」

「…はい、解散」


いつもの言葉で追い立てると、マリア嬢は地団駄を踏んだ。後ろで夫が笑い転げ、マリア嬢の肩をごく自然に抱いて病室から出て行く。


寝ようと瞳を閉じた瞬間に、また扉が開いた。


「…女王といい、暇なんですか?」


忙しい筈の将軍が僕の病室にいた。マリア嬢によく似た美形が胡散臭く微笑んでいる。


「だって僕が病室にいる時はいつも見舞いに来てくれるじゃないですか」

「…寝かしつけられるような怪我をしたのは一度だけ、しかもあの時は見舞いではなく事後処理のために承認を貰いに来ただけです」

「同じことですよ。丸3日も寝られては作業が滞る」


しかもついこの前。前髪が伸びてわからなくなっているが、アルフォンスの額には戦場で付けられた大きな傷が斜めに走っている。


将軍は構わず仕事の話を始めた。僕は話を聞いて、判断を求められた所は求められた答えを述べる。必要なことを聞き終わると、アルフォンスはさっさと立ち上がった。去り際に僕に一言残していく。


「次はサミュエルが待ってる」


言葉通りに、アルフォンスと入れ違いにサミュエルが入室した。いい加減疲れた僕は狸寝入りで誤魔化すことにした。


「僕の時に限ってそれはやめてくれ」

「痛っ」


サミュエルは即座に狸寝入りを見抜いて僕にデコピンした。


「…頭負傷してるから辞めてもらえる?」

「見ればわかるよ?」

「…じゃあなんでそんなことするの」

「何故って、外でずっと待たされたからだけど。外すごい人集りだったよ」

「…………何故?」

「そりゃ他ならぬ君が負傷したわけだからね。取り入りたい連中は多いよ。若くて優秀で女王の腹心、将軍からの信頼も厚い、社交界でのパートナーはあのマリア、とくればね」

「…望まぬものばかりだ」


僕はただリビエラと居たいだけなのに。静かに暮らすには煩すぎる称号ばかり与えられて、こんなところに閉じ込められて。


「ていうか僕一番最初に着いたのにじゃんけんで負けて一番最後になったの納得行かないんだけど」

「…もう帰れば?」

「冷たい!」


僕は薄く笑って、サミュエルが傍にいることに安心して眠くなった。なんだかんだと言って、僕の一番の友人は間違いなくサミュエルなのだ。僕がゆっくり瞳を閉じると、サミュエルはまた不服そうに唇を尖らせた。


「あ、本当に寝るんだ」

「暫くそこに居ていいよ…次の見舞客を追い出してくれるなら」


もう、見舞いは十分だ。

サミュエルは持ち込んだ新聞を広げて読み始めた。僕はそのまま眠りに落ちた。





次回で一旦区切りです。

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