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リリウム ルベルム


結局僕はまた出仕した。今日は会議もあるし、リビエラにばかり構ってはいられなかった。リビエラのことを考えすぎて頭が痛むし、他のことを考えたかった。それなのに城で仕事をし始めてもリビエラの涙声は頭から離れなかったし、マリア嬢に嫉妬したという事実は何故か僕の心を満たした。


「夕食ご一緒にどうですか」

「…………ご一緒させていただきます」


先日までマリア嬢の2度目の婚約者と言われていた、サミュエル・サン・マドック公爵が僕を夕食に誘った。断るつもりだったが、早く帰る気にもなれず、仕方なく応じた。マリア嬢の隣に立っても見劣りしないほどの美男子は、僕をニヤニヤしながら眺めていた。

サミュエルの屋敷は僕の屋敷とそれほど離れていなかった。卓上の見事な装飾品を眺めているとサミュエルはそれをひょいと持ち上げて棚に直し、代わりにワインの瓶を数本置いた。


「マリアから話は予々」

「…貴方とマリア嬢は、その、…居心地悪いのでは?」

「どうして?僕はマリアとはとっても仲良しだよ」


サミュエルは朗らかに笑った。

カタンと扉が少し開いて、侍女と一緒にリビエラ並みに細い少女が入ってきた。少女は僕に小さく会釈をして、サミュエルに告げた。その隙に侍女は食事をテーブルに並べる。


「サムお兄様、マリアお姉様のお屋敷に行ってきます」

「うん、行っておいで。ミッシェルとエディにもよろしく伝えてね」


サミュエルの妹は、サミュエルとは似ても似つかなかった。サミュエルが美しい金髪にアクアマリンの瞳を持つ美青年であるのに対し、妹のほうはまるでカラスのような髪に、灰色の瞳をしていて、リビエラのように痩せてみすぼらしかった。


「彼女は我が家の養子、僕の妹のルースだよ。…ゆくゆくは僕のお嫁さん」

「…………」

「知ってるのはマリアだけだから、内緒にしてね」

「…何故僕に?」

「どうしてかな?」


サミュエルはクスクス笑った。非常に楽しげだった。サミュエルは片手に持ったワイングラスを回しながら、落ち着き払って言った。僕はワインには手を付けずにいた。


「君は婚約者が好き?」

「…好き、とはどういうことか分かりませんので」

「飲まないの?美味しいよ」


仕方なくワインを一口飲む。嘘ではなかった、本当に美味しい。


「何故君はリビエラ殿下を助け出したのかな?僕は不思議でならないよ。君はリビエラ殿下に散々困らされていたのでしょう」


サミュエルはヘラヘラ笑いながら的確に僕の腹の痛む部分を突いた。自棄になってワインを呷る。すぐに並々と注がれ、僕はペースを上げて飲んでいった。


「リビエラ殿下に復讐するなら、あのまま地下牢で嬲り殺しにすれば良かったじゃないか。誰だってあんな状態ならすぐに気が狂って死ねるよ」

「…別に僕は、リビエラに困らされていたわけでも、復讐したいわけでもありませんから」

「どうして?」

「…どうして、とは?…貴方はマリア嬢を意味もなく殺したくなりますか」

「まさか!僕はマリアをとっても好きだからね」

「振られたくせに」


僕がぼそっと毒突くと、サミュエルは笑みを深めた。ワインを飲む振りをして誤魔化す、が誤魔化しきれないくらいハッキリ言ってしまった。


「僕とマリアは相思相愛だよ。ただ、僕らは友人としてお互いに尊重しあい、好き合っているだけだけどね。ルースは違うよ、愛しているからね。一目見たその日から」

「…彼女に?」

「僕、見る目があるんだよね。彼女はあと一年も立てばマリア並みに美しくなるよ。君のお姫様もそうでしょう?」

「…リビエラですか」

「僕も好きな人は自分で1から磨きたいタイプなんだよね」


君もでしょう、とサミュエルは面白そうに僕を覗き込んだ。


「…いいえ、僕は妹に躾をしたまでです」

「普通妹には牢獄に1ヶ月も入れるなんて仕打ちはしないものだけどね」

「…」

「可愛さ余って憎さ百倍?君って典型的だよねえ。リビエラ殿下が好きなのに、認められないのはどうして?」

「認めるもなにも、そもそもリビエラへの気持ちは言葉では言い表せないほど複雑で」

「じゃあ代わりに僕が一言で表してあげようか」


サミュエルは口元だけで笑った。僕はワインを飲み干して、グラスを乱暴に置いた。


「君はね、リビエラ殿下を、昔から愛しているんだよ」

「…顔しか取り柄のない彼女を?まさか」

「人を好きになるのは理屈じゃないからね。どうしようもなく惹かれてしまうものなんだ。マリアもそうだし、僕も。血生臭いアリシア陛下でさえね」

「でもリビエラは、僕は」

「君がリビエラ殿下をその手で幸せにしたいと思うなら、それは愛だよ」


その言葉は不意に僕に馴染んだ。

リビエラを、幸せにしてやりたいのは、間違いではない。それは愛なのか?僕はリビエラが好きなのか?殺しかけておいてその言葉は虫が良すぎるのでは?


「リビエラ殿下は相当我儘だったと聞いたけど、そのあたりはどう?」

「べつに。彼女の我儘は、ダメだと言われればすぐに撤回するし、本当に嫌がることはしないし、気に入らない人がいるから殺してきて…なんて邪悪なものでもなかったし」


無茶は言うけれど。リビエラの我儘は、実に可愛らしかった。僕に会いたいだけにあれこれ理由をつけて駄々を捏ね、全方位に嫉妬して僕の行動を制限して、おまけに僕が暗くて髪も長くて格好が悪いと陰口叩かれていたら我慢出来ず僕の髪の毛を格好良く切って服まで揃えた、それだけ。それに引き換え彼女の姉達に兄達ときたら、あそこの貴族は誘いに乗らなかったら取り潰してしまえだの、古い民家のせいで景観が台無しだと同意も得ずに家を取り壊したり、邪悪な我儘ばかりだった。


「リビエラが我儘だというのは…そもそも僕が流したガセネタですよ。そうでもしないとリビエラに縁談が舞い込む。そうでなくても見た目だけで男が寄り付いて仕方ないのに」

「酒で饒舌になってきたね、もっと飲みなよ」

「結構です。…それに、リビエラは侍女をすぐに辞めさせていたけれど、それだって元を辿ればリビエラの姉達の手の者が侍女に紛れ込んで、リビエラの髪を梳かす振りをして引っ張って泣かせたせいですからね。侍女達に敏感になるのは致し方のないこと」


気が付いた時にはボトルが床に何本も転がっていた。サミュエルも顔を真っ赤にして背中を椅子の背もたれに預けてグラスを傾ける。


「リビエラは僕が守ってあげなきゃいけなかったんだ。リビエラには僕しかいなかった。父も兄も可愛がるだけで護ることなど1つもしなかった。母も覇権争いにしか興味がなくて、ほとんど相手にしていなかった。僕しか彼女を愛してあげられなかった」


侍女がリビエラのグラスに毒を盛った時も、変質者がリビエラの部屋に忍び込んだ時も、嫌がらせでネズミの死体をベッドに投げ入れられた時も。リビエラが被害に合う前に気付いてあげられたのも、犯人を見つけて牢獄に蹴落としたのも僕だ。父も兄も母も面倒なことには一切関知しなかった。特に父は自分の名前を使うことを許した以外には、リビエラにはどんな防御も与えなかった。王位を継承する第一王子には何十人という騎士を与えたのに、リビエラには僕が1人だけ。何の力もない僕がただ1人。僕が力を付ける以外にリビエラを守る道はなかった。リビエラは守ってあげなきゃいけない女の子だ。リビエラは泣き虫で、寂しがりやで、とても臆病だ。どうしてそんな女の子があの怨念渦巻く城で、ただ1人で戦えるというのか。無邪気に僕を慕う天使をどうして突き放せるだろうか。


「なんだ、君、そんな昔から歪んでたんだね」


サミュエルは、またへらりと笑ってワインを呷った。

リビエラを想うあまり、汚いことに手を染めすぎて、リビエラには相応しくないと思っていた。だからリビエラへの愛は認められなかった。あまりにも想いすぎた。僕がリビエラを牢獄へ1ヶ月も入れたのは、僕をここまで堕としておきながら婚約を解消して逃げようとした彼女への、子供じみた反抗だった。僕は、僕から逃れる彼女を許せない。彼女を死の直前まで追い込んで、やっとこの手に堕とした。彼女のたった1つの武器である美貌も、彼女を形作る自尊心も、完膚なきまでに砕いた。だから彼女はもう逃げられない。逃がさない。


「暴力で側に置いても、逃げるだけだよ。うんと優しくして、離れられないようにしないといけない。君はもう彼女に十分酷いことをしてきたのだから、誠心誠意謝って。それからどうして彼女がいつも泣いているのか、ちゃんと理由を考えるべきだね。ちゃんと君がどう思っているのかも伝えないと」


足元が覚束ないくらいに酔った僕は、サミュエルに馬車に乗せられて自分の屋敷に送り返された。サミュエルは晴れやかに笑って、僕もいつになくて気分が良くて、珍しく自分の屋敷へも今度来て欲しいと招待した。サミュエルは僕のことを歪んでいると言ったが、正直彼も僕と良い勝負をしていると思ったのは、黙っておいた。



翌日は休みだった。元々リビエラと過ごすつもりでスケジュールを空けていた。

朝一番に手紙を送ると、すぐにマリア嬢が追加料金無しで来てくれた。マリア嬢は僕が晴れやかな顔をしているのに驚いていた。サミュエルと話したと伝えると、楽しそうに笑った。


「あの人と話すと、何故か余計なことまで話しちゃうんですよね。自分でも思っていなかったようなこと。答えが出ていないことを、サミュエルに相談するとどうしてかいつも帰る頃には答えが出ているんです。不思議な人ですよね」

「…まさに。…あのワインに何か薬でも入っていたのかと思うくらいに、この僕が沢山話しました」

「それは良かったですね。…とはいえあの人、善人ではないので話す内容は気を付けた方が良いですよ。強請られますから。私ももう何回出張費用をタダにされたことか…」


マリア嬢は悔しそうに拳を握った。僕がそれを笑うと、マリア嬢もつられてケラケラ笑った。マリア嬢に、昨日の件はリビエラの誤解で、僕の愛人だと思ったらしいということを伝えると尚更笑った。鼻で笑った。僕はお呼びではないらしい。

その瞬間に、隣の部屋からがしゃん!とガラスが割れる甲高い音がした。僕とマリア嬢は顔を見合わせ、すぐに移動した。


リビエラの部屋は修羅場になっていた。リビエラは泣いているし、エリザも今にも泣きそうだし、マリア嬢が持ってきてくれた香油が入っていたガラス瓶が見るも無残に飛び散り、中身が床にじわじわと染み込んでいた。


「あらあら、お部屋を掃除しなくちゃいけないようですね」

「…マリア嬢、申し訳ないが隣の部屋でお願いできるだろうか」

「私は構いませんよ」


採寸はこの部屋でする予定だったが、ここでは居心地が悪いだろう。僕はガラスの破片を拾って集めた。それを侍女に渡して、床の掃除をお願いした。

1つ向こうの部屋に移動したマリア嬢は、ものの数分で引き返してきた。リビエラがまた何かしたのかと思えば……マリア嬢は令嬢とは思えないほど素晴らしいフォームで僕の左頬を殴った。打たれた僕は、訳が分からず目を白黒させた。


「貴方、昨日サミュエルからあれだけ言われておいてまーだ何も言ってませんのね」

「…昨日の今日で話す時間が」

「生意気言ってる場合ですか?」


マリア嬢は笑顔のまま、また平手打ちを繰り出した。避けるなと顔に書いてあった。僕は大人しく打たれた。頬がヒリヒリ痛む。本当に令嬢か、この人。ゴリラか何かの間違いじゃなかろうか。


「リビエラ殿下はまだ私が彼女を追い出しに来た愛人だと思っていましたけど!」

「……はあ、」

「いい加減になさって!本当に彼女が好きならとっとと好きだと言いなさい」

「…それはちょっと」


もっと相応しい時に告げたい。それに、多分リビエラの中では地の底まで落ちているであろう僕の評価が、もう少し上がるまでは。好きだと思ってもらえるように僕は努力する。

何気なく鏡を見ると、僕の左頬は腫れ上がっていた。うっすら血の味もする。


結局僕はマリア嬢についてリビエラの採寸を見ることにした。といっても、衝立が設けられて2人の姿は見えない。リビエラは最初は泣いていたが、マリア嬢がリビエラにあれやこれやと持ってきたものの説明をすると、リビエラはぱあっと顔を輝かせた。やはりリビエラは、自分の容姿が悪くなったのを気にしていた。

でもマリア嬢が帰ると、リビエラはまた塞ぎ込んでしまった。僕がマリア嬢に支払いの話をして、馬車までエスコートして帰ってくると、リビエラはまた目にいっぱい涙を溜めて、大事そうに化粧品とアクセサリーを握りしめながら訴えかけた。


「受け取れません」

「…気に入らない?…気に入らないなら、全部交換させるから」

「違います。返す当てがありません。私の現状はよくお分かりでしょう」


嬉しいくせに、痩せ我慢して。しおらしくて、いじらしいが、僕は彼女にそうなって欲しかったわけではない。少なくとも今の僕は彼女を甘やかすためにここにいるのだ。


「…君は僕の物になったのだから、僕がどう着飾らせても良いのでは?」

「………貴方の気がすむのなら、異存はありません」


僕が彼女に強制した、という体にすれば、彼女は納得した。嬉しそうに頬を緩ませた。それを見ると僕も自然と微笑んだ。僕は彼女の隣に腰掛ける。


「君が喜ぶなら」

「私が喜んでも」

「…僕は嬉しく思うよ。…昔、君が僕に言ったお願いが、やっと1つ叶ったね」


リビエラはハッとしたように目を丸くして、嬉しそうにそわそわと体を動かした。


「…ドレスが届いたら外に出よう」


リビエラは嬉しそうに笑った。




ドレスが届くまでの間にリビエラは大変身した。

ローズヒルズの製品を使い始めると、リビエラは王女だったころのようにキラキラ輝き始めた。退色してバサバサになっていた髪も、艶が出て随分落ち着いた。肌もつやつやし始めた。何より、足が良くなった。リビエラの気持ちが前向きになったおかげだ。リビエラは階段を上り下りできるくらいに筋力を取り戻したし、最近は泣かなくなった。楽しそうにエリザとお喋りしているところも目撃した。

ドレスが届くとリビエラはもっと目を輝かせた。ああ見えて忙しいマリア嬢は、届けには来てくれなかった。ドレスだけ届いたのを見てリビエラはこっそり落胆していた。リビエラはやっぱりマリア嬢を気に入っていた。…僕としては暫く会いたくない。


届いたドレスのうちの1つを身に纏ったリビエラはそれはそれは美しかった。僕はもっと気の利いた台詞を考えていたのに、リビエラの姿を見て完全に飛んだ。僕の口から滑り出たのは、何てことのない凡庸な言葉だった。


「綺麗だよ」

「ローエンもとっても素敵!」


僕も今日のためにマリア嬢に服をあつらえてもらった。リビエラは僕の服をうっとりと眺めた。僕はそれだけで満足した。


リビエラを静かな湖畔へ誘った。リビエラは街へ行くものと思っていたようだが、あんな雑多なところはリビエラを連れて行くに相応しくない。どこか2人きりになれるところが良かった。世界には2人しかいないと思わせてくれるような場所が。静かな湖畔は、アリシア陛下が教えてくれた。美しいのに誰にも気付かれず、ゆえに誰も来ない場所だと。陛下は意外とあらゆる所へ忍んでいたから、城下のことはよく知っていた。


「…体調は?」

「もう、何とも」

「…良かった。足も、もう動くね」


2人で湖畔のほとりに座る。僕はリビエラの足を撫でた。リビエラは一瞬眉を下げて、顔を引き攣らせた。それからリビエラはまるで聖女のように、曇りのない笑顔を浮かべる。


「最期まで良くしてくれてありがとう…。まるで夢だわ…」


僕には彼女の言う最後の意味が、わからない。リビエラはきっとまた何か勘違いしている。僕が彼女を手放すと本気でまだ思っているのだろうか。僕には今でもリビエラがわからない。でも、愛おしいと思うのは、もう間違いがない。僕は彼女を真綿で包んで宝箱に仕舞い込んで大事に大事に愛でたいように、愛しているのだ。


「…また君は間違った想像をしているのだろうね」


今日告白するのは、やめた。リビエラは何か思い悩んでいるし、きっと僕が今日言っても聞きもしないだろう。思い込みが激しいリビエラにまた何か誤解をさせたくはない。

リビエラが寒がらないように、僕はブランケットでリビエラを包んで抱きしめた。リビエラの髪に顔を埋めると、清廉な百合の香りがした。居心地が良くて、いつまでもここにいたかった。ここに、リビエラと2人。煩い世界の中に、僕たち2人だけで切り離されて、永遠にこのまま。


「リビエラ、もう帰ろう。お腹が空いただろう」


夕暮れが迫ると、僕たちはやっと帰ることにした。リビエラは名残惜しそうに夕日を見ていた。また来ようね、と僕は言ったけれど、リビエラは曖昧に笑っただけだった。退屈させてしまっただろうか。


リビエラといつもより豪華な晩餐を食べ、部屋まで送った。リビエラは儚げに微笑んだ。僕はリビエラが消えてしまいそうで怖くて、彼女をぎゅっと抱きしめてから部屋に入れた。リビエラはやっぱりどこかおかしかった。



その日の僕は眠れなかった。

リビエラの儚げな微笑みが、頭から離れない。どこか不吉で、僕にはどうしても不安が拭い去れなかった。

毎日夜中に何度かリビエラが魘されているのを、エリザは心配して毎日見に行っていた。朝になるとリビエラは魘されていたことを覚えていない。呼び寄せた医者は、牢獄での出来事はリビエラに、リビエラの気付かぬ所で深い傷を残しているのだと言った。リビエラが発狂していないのはほとんど奇跡だとも。僕は、リビエラは全然平気だと思っていた。リビエラはそういう人だ。僕はリビエラを買い被っていた。それに僕はリビエラに怒っていた。まともな判断ができなかった。…と言い訳しておく。リビエラがどんな風に狂っても、残りの生涯掛けて彼女を守っていくと誓う。それは僕の責任だし、僕の義務だし、僕はそうしたいと思っている。


「旦那様」

「リビエラの様子は?」


寝室で、眠れずにぼうっと横たわっていると、エリザがノックもそこそこに急いで入ってきた。リビエラに何かあったのだと察し、続きを促す。僕は起き上がって部屋の明かりをつけた。エリザは真っ青だった。震えながらエリザは続ける。


「リビエラ様が…どこにも、いません」


エリザの言葉に、昼間のリビエラの言葉が頭を過ぎった。


(最期まで良くしてくれてありがとう…。まるで夢だわ…)


ああ、そんなまさか。リビエラは死のうとしている。リビエラの、深い傷は、まさに。リビエラはあの場で死を覚悟して、本当に死ぬつもりで、本当に民に詫びるつもりでいた。そんな必要は彼女にはないのに。僕が、彼女にそうさせた。

彼女の最後は、最期は、今日だと思ったのだろう。僕が目一杯優しくして、心残りが無くなってしまったのか。僕が彼女の背を押したのか。


目の前が真っ暗になる。また目眩がした。エリザは、怒った。


「そんな場合ですか!リビエラ様を探さないと!」

「…ああ、そうだね、ごめんね、」


僕の胸ぐらを掴んで揺さぶるエリザを止めて、僕は少し考えた。

リビエラはたぶん、国に帰ろうとしている。リビエラは無一文だし、体力もないから国境を越えようとはしないはずだ。だとしたら、一番近くて確実に国に帰れるルートは1つしかない。

王城だ。城で身分を明かして国に送り返されることを狙ったはずだ。

この国は治安が良いから、夜中に1人出歩いても何かに巻き込まれたりはしないはずだ。リビエラはたぶん大通りを歩いているはず。だったら尚更何もない。僕はエリザに用意を手伝ってもらい、身なりを整えた。城に行くのに寝間着のままでは追い返されるのがオチだ。


エリザは射殺さんばかりの眼で僕を呪った。僕がリビエラをむざむざ殺させると思うのか?この僕が?


「私達が貴方のことが分からないのは、貴方が私たちに何も言わないせいです!」

「…必要なことは教えていると、思うけど」

「リビエラ様は貴方が生きていることすら知りませんでした!」

「…そうだったか」

「それに、貴方がリビエラ様に心を砕いていることも!私を通して教育したことも!なにも!」

「…怒らないで、よく分かったから」

「怒るな?これが怒らずにいられますか!貴方がリビエラ様を追い詰めたのです!あんなに窶れて、夜も魘されて!どんなに心細かったでしょう、どんなに怖かったでしょう」


エリザは半狂乱に僕を責め立てた。

僕のせいなのはよく分かっている。リビエラを壊したのは僕だ。僕がリビエラを追い詰めた。リビエラには言わなくても僕がどうしているか分かっていると思っていた。リビエラは僕のことをよく見ていたし、ほとんど監視していた。だから僕が裏切るであろうことも、もちろんわかっていると。

リビエラはあの檻の中で、僕という存在すら失って、本当に一人ぼっちだったのか。あの牢獄の中でリビエラには、リビエラの手の中には、本当に何も残っていなかった。リビエラは真に孤独だった。それならば、リビエラが生きながらえようとするはずがない。

…僕は愚かだ。

リビエラを何1つ理解していなかった。リビエラに何1つ教えていなかった。リビエラに残酷な選択しかさせていなかった。


馬車を用意する時間が惜しくて、僕は1人で馬に乗って城へ急いだ。



おまけ


たんこぶ事件翌日早朝、サン・マドック侯爵邸前

ル「サムお兄様、ただいま戻りました」

サ「おかえり、僕の可愛いルース。マリア、ルースが世話になったね」

マ「何ですかその顔。二日酔い?」

サ「樽一個分空けたからね。ローエン君酒強すぎた」

マ「何故飲んだんです?」

サ「そりゃ、腹割って話すには酒と自分の秘密を打ち明ける以外ないでしょ?」

マ「樽一個分も?」

サ「僕もそんなつもりじゃ…あ、吐きそうもう帰っていい?」

マ「帰れ」


〜〜〜〜〜〜


リビエラ起床前の2人

マ(樽一個分も空けといてこっちは涼しい顔してますね…)

ロ「…なにか?」

マ「お酒強い方ですか?」

ロ「…一緒に飲む人に寄りますね。…信用してる人の前以外では酔わないので。…昨日は結構、酔いました」

マ(信用する人間違えてるわこの人…)


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