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物語は幸せに終わらせる  作者: 成瀬 せらる
アルビレオの瞬き
15/20

サファイアの誘惑 4

※あくまでファンタジーです。




「綺麗!」


汽車の外の景色があまりにも綺麗だから、私は思わず感嘆の声を上げた。

結局夜はマリア様のお屋敷に行って、みんなで休んだ。私は全然眠れなくて、ぼうっと夜が明けるのを待っていた。マリア様は私に気を使って、蝋燭の火を灯したまま眠ってくれた。


夜明けと共に用意を済ませ、朝一番の汽車に乗ってローズヒルズにやってきた。ローズヒルズは私の憧れの地でもある。


ローズヒルズは万年、春の気候だ。年中薔薇が咲き乱れ、どこもかしこも美しく飾られた場所。マリア様のような、美しいローズが誕生する、ファッションの聖地。マリア様を迎えにきた馬車に乗って、エリザと3人でマリア様が所有する屋敷に向かった。


「本当ならローズヒルズの本家に行くのが良いのだけど、私…嫌われているから」


マリア様はちょっぴり寂しそうにそう言った。

街から少し離れた閑静な場所に、マリア様のお屋敷があった。私はそのうちの1室を与えられ、エリザが荷物を解いていく。


「ルース、こっちよ!」


それから遅れて、ルース様がやってきた。ルース様は笑顔でマリア様に駆け寄る。


「ルースもプチ家出中なんです。みんなで仲良くしましょうね」

「宜しくお願いします」


ルース様がぺこりと頭を下げて、つられて私も頭を下げた。


「さて、お茶にしましょう」


マリア様はそう言うと、私たちをサンルームに連れて行った。暖かい部屋で熱い薬草茶が出される。味は…美味しくない。ルース様も顔を顰めて飲んでいた。


「リラックスティーです。味は…リラックスできませんけど」

「ですよね」


ちょっとずつ、ほんの少しずつ。ちびちびと飲んでいく。マリア様だけはほんの数分で飲みきった。


「さて。腹を割って話しましょうか?」


マリア様は飲み終わった杯を侍女に預け、ゆったりとソファに背を預けた。


「腹を割って…って、お姉さま、どういう意味ですか」

「ルース、私に言いたいことがあるでしょう」

「な、」


ルース様は薬草茶を机に置いて、戸惑ったように明後日の方向を見た。


「言うなら今ですよ」


ルース様は、ごくりと唾を飲み込んだ。それから、ゆっくりと、言葉を選ぶように唇を動かしていく。


「えっと、その。…マリアお姉さまは、サムお兄様とは、今は…どういうご関係、なのかしらと、思っていたわけです」

「ずばりお答えしますが、今も昔も変わらず大親友です。恋愛関係にあったことは一度もありません」

「っ、でも、婚約を…」

「婚約していたのは駆け引きのためです。私が夫と結婚するためにサミュエルと仕組んだ罠です。特別な意味はありません」

「それに、サムお兄様は、今でもマリアお姉さまのお屋敷に…泊まりに行きます」

「人の家を避難場所だと思ってますからね。でも気になるなら強く言ってみてください。絶対に辞めるから」

「避難場所…?」

「そ、ヘタレなサミュエルが、ルースに嫌われてしまったと思い込んだ時に凹みに来る場所。それが私の家。迷惑千万よ」


ルース様は絶句していた。


「ご、ごめんなさい。私には何が何だか分からないのですけど…」


私が小さな声でそう言うと、マリア様は美しい笑顔で答えた。


「サミュエルがルースにプロポーズしました。…が、ルースは冗談だと思い込み、サミュエルはそれに落ち込んでうちに入り浸りになりました。それで私とサミュエルが復縁しただの何だのと変な噂が立ち、ルースがびっくりしている…とまあこんな感じです」

「ルース様…お兄様と結婚なさるの?」


ルース様は顔を真っ赤にした。


「こんなの変、ですよね?兄と…結婚なんて。実の兄妹ではないけれど…」

「実の兄妹ではないのですか?」

「私は捨て子でして。サムお兄様が拾ってくれたのです」

「その頃からサミュエルのお嫁さん計画は進行していたわけですけどね」


マリア様がそう言うと、ルース様はさらに顔を赤くした。何を思ったのか薬草茶をぐいっと飲んで、ますますむせた。


「消え去りたい…」


むせ終わると、ルース様は顔を赤くして頭を抱えてしまった。


「ルース様は、サミュエル様と結婚は考えられないのですか?」

「だって、義理とはいえ兄妹なのですよ?ずっと好きになってはいけないと思っていたのに、急にここに来てこんな…」

「こんな?」

「何でもありません!それに私、怒っているんです!サムお兄様が私を避けるから仕事が滞るし…っ!もう!お茶のおかわりお願いします!リラックスしたいんです!」


マリア様がくすくす笑っている。ルース様はパニック状態のまま熱々の薬草茶をぐいっと飲んだ。そしてまたむせる。


「ちょっと頭を冷やして来ます!」


ひとしきりむせたルース様はそう言い残して席を立ってしまった。


「さてリビー様。貴女も私に話があるでしょう?私はありますわよ」

「…ええ、あります。マリア様はローエンとずっと社交界では一緒で、私より妻らしかったのね、と…」

「ええ、そうです。5年間ずっとパートナーでした。私が実は既婚者だというのは秘密ですから、私には一緒に行ってくれる方が必要でした。下心のない、純粋なパートナーとして。ローエン様とは、お互いに下心がないという点において非常に都合が良かったのです。他意はありません。私はリビー様の同意があるものと思っていましたけど」

「私は…何も、知りませんでした」

「あの人が大切なことを言わない人だとすっかり忘れていたのです。貴女の夫を連れ回して申し訳ありませんでした」


マリア様は深々と頭を下げた。なんだか、怒る気も失せてしまった。私もローエンが大切な事ほど言葉にしない悪癖を、忘れていたのだから。それにローエンが、一応は私とも付き合いのあるマリア様をパートナーにしてくれて良かったとも思う。これが見ず知らずの令嬢だったら…もっと嫉妬して、もっと辛かった。


「ありがとうマリア様、もう良いのです。どうせ私は…社交界には誘われもしないのです。出ようにも出れませんでしたし、パートナーがいないなんていう恥をローエンにかかせるわけには」

「え?」


マリア様は私の言葉を遮った。


「招待が無い?」

「ええ」

「…本当に?」

「ええ、本当です。今度の舞踏会だって」


ローエン宛の招待状には、同伴の許可すらなかったのだもの。


「リビー様、舞踏会に行きたいですか?」

「ええ、行けるものなら」

「分かりました」


マリア様はそれだけ言って、私がやっと半分飲んだカップに薬草茶を注いだ。ああ、せっかく頑張ったのに…


「とにかくお飲みください。美味しくないですが、貴女の身体には必要です」

「え、あ、はい」

「それから医者に会いましょうね」


マリア様はそう言って、私を残してルース様を追いかけに行った。


やっとお茶を飲みきった頃に医者がやって来て、簡単な診察を行なった。

医者は薬を処方しなかった。私に、薬草茶を続けるようにだけ言った。


その日の夜は、やっぱり眠れなかった。眠ろうと目を閉じると牢獄が見えてしまった。だから、眠るのはやめた。眠気も覚めた。

蝋燭の火がゆらゆらと揺れるのを眺めて、夜が明けていった。



----------------



「…貴方の妻が今どこにいるか知りたいのですが」


リビエラが消え去った翌々日の城で、漸く探していたマリア嬢の夫を捕まえられた。マリア嬢の夫は、にやにやと僕を観察している。隣に連れた幼い少女まで僕を見て笑っているように見えた。


「俺も知らね」


嘘つけ。

僕が苛立っているのを分かってそう言っていることは、理解していた。


「流石に舞踏会の日は帰ってくるんじゃないか?それまでは気長に待ってろよ」

「…君の妻は僕の妻を拉致したんだ、分かっているのか?」

「自分の意思で出て行ったようだがな」

「マリア嬢に唆されたに決まっている…!」

「あーはいはい、面白い面白い」


へらっと笑ったマリア嬢の夫を睨みつける。


「自分の何が悪くて出て行かれたのか、ゆっくり考えといたほうが良いんじゃないか?俺ならそうするけど」


マリア嬢の夫は、連れていた少女を抱き上げて、歩き始めた。その背中に向かって僕は言葉を投げつけた。


「貴方に何が解る…!」

「俺には『何があったか』くらいは分かるけど、『何を考えているか』は分かんねーよ。残念だけど。でも何があったかを繋ぎ合わせたら、色々見えることもあるだろ?俺はそうやって察してるだけ」

「リビエラは、」

「お前がリビエラちゃんに黙ってることがあるように、リビエラちゃんのほうも黙ってても不満に思っていることくらいあるさ。そういうもんだろ?夫婦って難しいよな」

「……僕は貴方のことが嫌いだ」

「あっそ。じゃあな」


片手を上げて、マリア嬢の夫が去って行く。少女が僕に小さく手を振った。マリア嬢と同じ青い目をした少女に、僕はぎこちなく手を振り返した。



仕事が手につかなくて、早退して屋敷に帰る。見慣れたサミュエルの馬車が屋敷の前に停まっていた。リビエラが帰って来たのかもしれない。僕は大急ぎで屋敷に入った。


「リビエラ!」


僕が思わず叫ぶと、慌てて執事が出迎えに来た。


「リビエラは!」

「まだお戻りになっていません。サミュエル様がいらしています」

「…サミュエル1人?」


力が抜けて、壁にもたれかかった。ここ数日の仕事とリビエラの心配で疲れた僕には少しばかり目眩がした。

サロンに入ると、サミュエルがソファに横になっていた。


「酒臭い」


鼻を押さえてサミュエルに膝蹴りをすると、サミュエルはごろりと転がって呻いた。

テーブルの上にはワインボトルが沢山空いていた。1人で飲んでいたらしい。真昼間から、わざわざうちで。


「マリアに捨てられたぁ」

「…ざまあみろ」


薄い外套を執事に預け、僕はどっかりとサミュエルの向かいに座った。


「ルースにも捨てられた」

「…泣かないでくれよ、頼むから。…僕に君の面倒は見れないぞ」

「君もリビーさんに捨てられたんだろ」

「…怒らせたいのか?」


サミュエルはワインをラッパ飲みして、首を振った。頭を振るとそのまま、またソファに倒れこんだ。


「…何しに来たの」

「何って。自分の家に帰りたくないから来たんだ。マリアの家に暫く居たけど、ついに追い出されたし」

「…ああ、君振られたんだっけ」

「容赦無さすぎない?」


ついにサミュエルは義妹にプロポーズした。しかし義妹の方は、サミュエルが自分を揶揄っていると思ったらしい。「やだお兄様おもしろーい」と言われてサミュエルの意外と繊細な心は粉砕した。それ以来マリア嬢の屋敷に入り浸っていたらしい。


「…って、もしかして、ルース嬢もマリア嬢と一緒にいるのでは」

「ああ、いるんじゃない?」

「サミュエル、居場所は分からないのか」

「いやむしろ今は知りたくない…」

「…君ってやつは、本当に必要な時は全く使えない男だな」

「これ以上傷つけるのはやめてくれ、頼むから」


サミュエルは空になったワインボトルを床に置いて項垂れた。サミュエルに新しいワインボトルを一本渡されたが、僕には飲んでる暇はない。丁重にお断りしておいた。酔いたい気分ですらない。


「君の元婚約者は最低だ」

「マリア?あれに喧嘩売られたの?ローエン終わったな」

「いや寧ろ僕の方からラインラルドを切ってやる。もう2度と関わるもんか」

「それ誰が得するの」

「…少なくとも僕の気は晴れる」


と、思う。

またワインボトルを傾け始めたサミュエルを置いて、僕は自室に帰った。



----------------



「貴女の見た夢を教えてください」


ついに医者にそう聞かれてしまった。

私は深く息を吸ってから、話を始める。


「昨日は眠っていないから、夢を見ていません」

「でしたら一番最近見た夢を」

「…どうしても?」


言いたくない。言えばまた思い出す。医者はじっと私の目を見て、質問を変えた。


「目を閉じれば何が見えますか」

「…暗闇が見えます」

「暗闇の先には?」

「何も見えないわ、暗いもの」


医者はまた私の目をじっと見つめた。


「今日はここまでにしましょう。薬草茶をたくさん召し上がってください」

「…ええ」


眠りたいけれど、眠れない。苦しい。ローエンの側にいればこうはならなかっただろうか。私は後悔ばかり。



医者から離れて、マリア様の元へ向かった。マリア様は今日は半日外に出ていて、帰ってくると衣装をどっさり抱えていた。


「これはルースの、こっちはリビー様の」


手際よくハンガーに衣装を吊るして、私とルース様に見せていく。どう見ても舞踏会用の物だった。


「エスコートがいないのに、行けないわ、お姉さま」

「エスコートなんて不要よ。大丈夫、私にもエスコートはいないから!」


マリア様はルース様に太鼓判を押した。私なんてエスコートどころか…


「招待状もないのに…」

「私の顔で入れますからご安心を」


マリア様は私の肩をぽん、と叩いた。私の心配はそれだけではない。


「それに、マリア様にお支払いする衣装代も…持っていないわ」

「お友達のためなら喜んでタダ働きさせて頂きますよ?…というのは冗談で、これは私がしたいからしていることですし、貴女への迷惑料です。だから受け取って頂かないと私が困ります」

「マリア様…」


マリア様は、ぱちんとウインクした。素直に嬉しくて、思わず口元が綻んだ。私にはマリア様が女神にしか見えない。


「有難う、御座います」

「うふふ、見違えるほど綺麗に、豪華に、エレガントにしますからね」


若干マリア様が何かに取り憑かれているように見えた。


「リビー様にはどうしても黄色を着ていただきたいの!これはどうかしら」

「綺麗…」


明るい黄色に黒のアクセントの付いた、実に春らしい軽やかなドレスだった。ふわふわのスカートに施された黒と金の刺繍が、とても美しい。とても高価そう…


「それが気に入らなければこっちもおすすめです」

「いえ、私はこれが良いです」

「良かった!これで決まり!ルースはそれが良いと思います。緑の」


マリア様はいつもの様にてきぱきとドレスを決めていく。ルース様がドレスを決めている間、私はドレスのサイズ合わせをした。痩せすぎて結構サイズを直さなければならないようだった。舞踏会の日は近い。出来るのだろうか。マリア様は、まあなんとかなるでしょう、と楽観的に笑った。ルース様はシャーベットグリーンのドレスに決まった。マリア様はいつもどおり青いドレスを沢山抱え込んでいた。



その日もやっぱり眠れなかった。



翌日、また医者にかかることになった。不味い薬草茶を飲みながら、診察を受ける。医者は私に同じ質問をした。


「夢は見ましたか」

「眠れなかったから、見ていません」

「何故眠れないのですか」

「眠ると怖い夢を見るから」

「どんな夢を?」

「答えなければならないですか」


医者は小さく頷いた。拒絶してばかりでは、良くはならない。私は覚悟を決めて、少しずつ話始めた。


「私は牢獄に閉じ込められています。私は処刑を待っています。先に父や母や…兄が、処刑され、私の番になるのを、待っています」

「続けて」

「私の、婚約者が、私を、処刑台に、追い立てます。群衆が、みんな、私の死を、望んでいます。マリア様や、私の侍女も、その中にいます」

「深呼吸して」


息が乱れる。私は言われるがまま、深呼吸をした。動悸が、激しい。心臓が早鐘を打つ。苦しい。


「はぁっ…首を切られるところで…、夢は、終わる…っ」

「その夢で一番怖いのは、どの部分?」

「………っ、は、分かりません」


息が苦しい。

また、耳を塞いでも群衆の声がする。ローエンの、私を処刑台に導く足音が。寄り添うマリア様の笑い声が。群衆に混じるエリザが。


「落ち着いて。ただの夢です」

「っ、夢じゃ、ないわ!」


夢じゃない。私がそうなるべきだった未来だ。私が逃げてきたものだ。向き合わねばならないものだ。

激昂すると余計に呼吸が苦しくなった。また意識が遠くなる。


「息を吐いて、吐いて」

「はあ、…っ、は、あ、…っ、」


苦しい。苦しくて、また息をすると地下のカビ臭い据えた臭いがする。どうして、また、思い出してしまう。もう嫌だ、もう。


私が口元を押さえた瞬間に、医者は屑篭を差し出した。夢中でもぎ取って、その中に胃に入れていたもの全てを吐き出す。酸っぱい胃液まで出た。吐き気が治らない。


「今日はここまでにしましょう。また明日」

「明日も、…こんなことを、するの?」

「ええ」


私はまた屑篭に嘔吐した。



しかも異世界だからね

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