【読書感想文】『人間の條件(文春文庫)』五味川純平
人間の尊厳を問う不朽の名作、私の原点ともいうべき名著、の感想文。
拙著『ゆるいまんげつ ショートショート』所収の一編です。
わたしは二十代半ばに転職した。そこで社内イジメにあって悩んでいたときに、二歳上の先輩に薦められて読んだのがこれ。
読後、先輩に感謝した。ああ、こんな腐った社会にも人間がいるのだなあ、とおもった。
あらすじはこんな感じだ。
第二次世界大戦下に鉱山技師として満州に派遣された主人公の梶が、人間の尊厳について悩み、最後はおのれの信念を貫いて野垂れ死にする。
特に印象に残ったのは、こんな場面だ。
梶の勤める鉱山で、七人の反抗的な中国人労働者が刑場に引き出され、次々と首をはねられていく。梶はその蛮行を阻止したいのだが、なかなか勇気が湧いてこない。さあ行け! 動け! 何も考えるな! 動くだけだ! 踏み出すだけだ! 恐れるな! お前はこの山に何しに来た!
三人目の中国人の首が地上にころがったとき、梶は遂に一歩を踏み出した。
「待て!」
叫んで、飛び出すように進み出た。
「やめて頂く」
はっきり云ったつもりだが、自分の声がまるで借りものとしか聞こえなかった。
「どけ! 出しゃばると貴様も叩っ斬るぞ」
首切り役の憲兵が怒鳴りつける。
「それが恐くていままで動けなかった」
その後騒ぎが大きくなることを恐れた現場責任者のひとことで、どうにか処刑は中止される。
梶はこの騒動の責任を取らされて日本帝国軍に編入され、軍人として数々の理不尽を経験していく。
話は前後するが、この処刑に先立ち、中国特殊工人(ほぼ捕虜)のインテリ(知識人)の王享立が梶に長い手記を渡す。
そこには、中国人の現状や人間の尊厳などについて書かれてあった。十二ページほど。たいへん興味深い内容だがここでは割愛する。
その手記を梶が読み終えた頃、王が梶に云う。
「日本の憲兵と梶さんの違いを、梶さん自身が意識しているなら、その違いを発展させるか、消滅させるかで、あんたの人間が決まるのではないだろうか? どちらを選ぶかは、あんたの随意だが。…………。人間のこういう種類の精神機能は、発展させることを怠ると、無駄に消滅してしまう。人間は誰でも二十歳前後には多少ともヒューマニストで、真理を愛するが、三十を越すと、たいてい実利を取るようになるし、四十を過ぎると、私利私欲だけに走るようになる。つまり、発展させることを怠るからだ」
王はその後逃亡する。
この本はわたしの原点だ。