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それから一週間後、ワイゼル将軍はこのアナハイトからパーラースワートロームへと三万の兵を率いて出立した。
その表情は、実に意気揚々としたもので、まるでこれからハイキングにでも向かう子供のそれのようだ。
「本当に、このまま行かせてしまっても宜しかったのですか? フォスター」
共和制キルバレスの属州国としたアナハイトの元・宮殿三階のベランダから進軍するワイゼル将軍の姿を呆れ顔に眺めていると、背後からカスタトール将軍参謀がそう声を掛けてきたのだ。
フォスターは困り顔に肩を竦め見せ、口を開く。
「私が言ったところで、行くのを辞める様な男ではないだろう? あの男は……」
「それは確かに、そうですが……」
「言うだけ無駄なだけだから、放っておくさ」
フォスターが諦め顔に肩を竦めそう言うと、カスタトールは困り顔に言う。
「ですが、仮にもし彼の地をあの男が攻略した場合。その利権を全てあの男が手中に収める可能性だってありますよ。
フォスター、君だって魔道の力は目にしたから解るだろう?
あれは大変、危険な力だ。人知を超えたものであるのは、間違いない。
今回は相手が独りだけだったからまだよかったものの、彼の地に行けば、《あの力》を多数扱える者が居る可能性だってある。
その力を、あのワイゼル将軍が全て手にしたら、どうする気ですか?」
「ハハ。別にどうする気もないさ」
「――べ……どうもしないって、本気かぁ?! フォスター」
「ああ、まあそう心配するな。あんな男でも我々と同じ共和制キルバレスの同胞で、しかも将軍だ。仮にそうなったとしても、その力がこちらへ及び向かって来ることはないと信じているよ。
でも……そうだな、余り君を心配がらせてはいけないね。
そういう訳で、出来るだけ速く動くことにしよう」
フォスターは、友人であるカスタトールに対し笑顔を向けながら、軽くからかうようにそう言った。
それを受けたカスタトール参謀将軍としては、相変わらずイタズラっぽさのある古くからの友人に対し肩を竦め見せ、ただただ困り顔に苦笑うばかりであった。
そんな最中、一人の伝令官が急ぎ足に二人の傍までやって来た。そして敬礼をし、口を開く。
「総督府閣下、キルバレス本国から書状が届いております」
「キルバレス本国から?」
「ハッ。《科学者会》元老員カルロス技師長から、総督府閣下宛ての書状です。
『直接手渡せ』と厳命されております」
フォスターは伝令官からその手紙を受け取り、その場で直ぐに封を開け中身を取りだし読んでみた。
そして間もなく、フォスターは複雑な顔を見せ。顎に手をあて唸り、悩み顔を見せる。
「返信はあとで書状にして渡す。それまで、待機していてくれ」
「ハッ」
伝令官はその回答を受け、足早にこの場を立ち去っていった。
「フォスター、カルロス技師長からは何と?」
「ああ、御覧の通りだ」
フォスターはそう言って、カスタトールにその手紙をそのまま手渡し、肩を竦めている。
カスタトールは呆れ顔にも手渡された《機密文書である可能性のある》その手紙の内容を読み、やはり同じ様に難しい表情をしてみせている。
「この手紙に書かれてあることは、評議会を通した正式な命令文なのかぁ?
この様な内容で、あの貪欲な最高評議会が納得するとは、到底思えないが……」
「さあ~な? だけど君にとっては、期待通りの展開になりそうで良かったじゃないか。ハハ」
フォスターのそんな楽天的な言葉を受け、カスタトールは困り顔を向けていた。
それから一ヶ月後のこと。
治安維持に向けた努力の末、この地の有力者達との折り合いもつき。フォスターは早速、パーラースワートローム侵攻に向けた軍議を各諸侯と話し合う場を設けた。その話し合いの中で、カルロス技師長からの手紙に書かれてあった戦略方針を含め、外交による解決を念頭に置いた作戦を各諸侯に対し説明してゆく。
そんな最中、
「報告します!
ワイゼル将軍、僻地パーラースワートローム内にて現地王国軍と交戦。《緊急なる支援を乞う》とのことです」
「――な……まさか、負けたのか?!」
会議場内がざわめく中、ワイゼル将軍の身勝手を許してしまったことに対し、フォスターは頭を抱え込み後悔する。
勝っていれば、話し合いは優位に進められる。
しかし負けているとなれば、途端に話は変わり難しくなる。
「いやはや、とても信じられませんなぁ……相手は小国の筈だ。もしや情報に偽りがあったか?」
「いや、標高千五百メートルもの高台にある平原で、周りは深い山々に覆われた山岳地帯だと私も聞いております」
「だったら何故、負けているんだ?」
「単に要請が来ただけです。まだ、負けているとは断定出来ないでしょう」
「頭は生きている内に使え。緊急支援要請が来たほどだ。戦況は悪いに決まっている。出したのがあの見栄っ張りのワイゼル将軍だぞ。現地で余程のことがあったと、推測くらいは出来る。
総督府閣下、ここは如何するね?」
「……」
共和制キルバレス軍直属ではないというだけで、この者は紛れもない歴戦の強者だ。本来であればフォスターの上官であっても、なんら不思議ではない。言っていることもその相手の性格を見抜き要点を突いたもので、思慮深く、まるで隙が無い。
ただ、少しばかり棘はある様だが……。
「ここで時間を掛けすぎれば、ますます状況が悪化する可能性があります。とはいえ、正確な情報は欲しい。
伝令官は速やかに現地の状況を調べ、報告を。各諸侯はいつでも進軍出来る様、万全の体制を整え、待機願いたい」
「ハッ」
この僅か十日後、フォスターは十万もの大軍勢を率いて進軍を開始した。
「伝説の地……《神秘なる水》か……」
彼がまだ子供の頃、絵本などで見聞きしたことのある童話の世界、神秘の国パーラースワートロームへと向かって。
それはフォスターにとって、期待と不安を胸に秘めながらの行軍であった。
ここまでがリメーク版となります。




