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ガラクタ。  作者: ゆ~の
ホワイト・ノイズ
4/9

騒音メーカー




神様って、公平なのかも。

嘘、神様なんて信じてない。


でも、これだけは思うんだ。

生き方に見合った報酬と制裁があるんだなって。

そんな気がするだけなんだけど。


他人を羨んでばかりの人間だとか、バカ丸出しな明け透けさでもって、他人を信用しちゃう人だとか。


そう、アノ時期の私がまさにそうだった。



「真帆ちゃん」


「んあ?」



由太が、怯えた顔で私を呼んだ。


凄い、顔してたのかも。


でも、ゴメンね。

綻ばないわ。



「あの、ね」



上目遣いをする、まだあどけない弟の仕草。

益々、不機嫌になる私。

それだけで、由太の言いたいことが分かる私って、だってバカみたい。



「帰って死ねって伝えて」


「っ……でも…と、冬馬さん。帰国してからずっと真帆ちゃんに会いに来てるから」


「もう来んな。日本から出て行け。そして死んで。そう伝言してくれればいいの。他にないの!!」



読みかけのファッション雑誌を片手に、私はフローリングに腰を落とす。



「……」



そんな責めるような目で見ないでよ。



「由太、お願いだから……」


「……真帆ちゃん」



毎回懇願。

同じことの、繰り返し。



だって、そうすればお人好しの弟は、俯いた後で頷くから。

アイツは由太のことも猫っ可愛がりしてた。

だから、当然由太だってよく懐いた。



だけど、知らないの。

知らないのよ。



あの男の正体を。

最低最悪のケダモノで。

犯罪者なんだってこと。



「冬馬さんっ!?」



研ぎ澄まされて、玄関へと集中する意識が、その非常事態を真っ先に捉えた。

由太の制止声と同時に、二階の自室へと一気に駆け上がる。


迫る足音を振り切って、内側から下ろした施錠。



安堵して、うずくまる。



「冬馬さんっ」


「由太。頼むよ、直ぐに終わるから」


「……ん」


「おい、真帆」



耳を塞ぐ。

塞ぐのに、どうして聞こえてくるの?


ナンデ?



「真帆」



柔らかな、甘い声。

“アノ時”の声とは全然違う。

聞き慣れたはずの声。


なのに、一度きりだった“アノ時”の声が、優しい記憶を塗り潰す。



「タダイマ」



あまりに、厚顔無恥。

卒倒しそうになった。

私は待ってなんかいない。



顔なんて、二度と見たくはなかった。



「……五年、かかっちまったけど。向こうの大学、卒業できたんだ」



そんなの、私には関係ないじゃない。



「真帆。ここを開けてくれ」



イヤよっ。

死んだってイヤ!!



ナニサマだろう?

どうしたら、そんなことが言えるわけ?



「……顔、見せて」



死んじゃって!

死んじゃってヨ!!



「……真帆ちゃん」



由太が堪りかねて。

口を挟む。


そうやって、私の家族まで丸め込んで。

悪者になるのはいつだって私なの。



「カエッテ!!」


「やっと、声が聞けた。相変わらずなのな、ハスキーなのは」



……っ。



なに、コイツ。


バカじゃないの?

バカじゃないの??

バッカじゃないの!?


狂ってる。


早く、死んじゃってくれたらいい。



「また、来る」



もう来るな。

二度と来んな!!



会いたくない。

会って、私にどうしろって言うの?

アイツの顔なんて見たら吐いてしまう。

だって、強姦魔。



遠ざかる足音を聞きながら、口元を覆う。



涙が溢れて、とまらない。

震える身体はまるで低体温症。

冷たくて固い。



これが、恐怖ってやつなのかな?

だったら、あまりの恐怖心で心底愚鈍になっているらしい。


息をしているだとか。

身体中の動脈が、激しく心臓に怒鳴り散らしているだとか。


そんなことさえも、認識出来なくて。



ああ、心臓ってどこにあるんだった?



連日夜ごとにうなされて。

やっと、安らぎを得られるんだって安堵した。

ヤツが渡米した翌日から。



アノ日の、アノ出来事さえなくなってしまえば。

私だってきちんと言える。

「おかえりなさい」って。


笑って、顔を見て。


でも、現実は無理だ。

私は、あの男を許せない。


中学2年生の冬休み。

人生初のカレができて。

幸せの絶頂にいた私。

それを絶望のドン底に突き落としてくれた、叔父さんの義理息子。



アノ時から、狂ったままのベクトル。



男の人を疎んじて。

厳つい手のひらと、鼻につく女性ではない特有の香りに吐き気を催して。

思わぬ近い距離感に脅える日々が、どれだけツラいことか。

アイツに分かるわけがない。



努力だってしたの。

ガンバったの。

だけど、ダメだったの。


だから、初恋も常套句をそのまま。

実るはずもなく。

腕の中をすり抜けて行った青春。



「死んじゃえばいいのに」



何度も、何度も繰り返す。


どんなにツラくたって、死を選ぶ勇気は持ち合わせていない。

意外と、生きることにご執心。

ああ、人間て簡単には死ねないように出来てるんだって知った。

臆病に、生きていくだけ。



だから、どうか。



関わらないで。

放っておいて。

触らないで。

見つめないで。


静かに、埃くさい床の上に置き去りにしておいてほしい。


それだけなのよ。



……それだけなの。







*


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